ライク・ア・ローリング・ストーン
ライク・ア・ローリング・ストーン
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この物語は『にごたん』という企画に参加した際に書いたものです。『にごたん』とは、与えられた『四つ』のお題の内『三つ』を使って『二時間半以内』に『五千字以内』の物語を書くと言う企画です。
今回のお題は『パラダイムシフト』、『妄信的崇拝』、『夢見草』、『命運は君の手に』でした。『沙羅双樹』は特別お題。
『にごたん』の企画内容と、お題を念頭においてお読みください。
『にごたん』に関して詳しく知りたい方はこちらの過去記事をどうぞ!
『にごたん』で書いた短編は、こちらでも読めますよ ↓
「20XX年、人類に変革を齎した革新的技術によって、我々の生活は飛躍的に向上した。それは真の意味での『パラダイムシフト』だった。人々はそのパラダイムシフトを崇めた。ただの技術でしかないそれを、紙のごとく奉ったのだ。まさに盲目的崇拝。『妄信的崇拝』。そして人々は頭に『夢見草』か、『沙羅双樹』を生やしながら生きることになったのだ。我々は陽の光さえ浴びていれば永遠に生きることができる。言ってしまえば永遠を手に入れたわけだが、今ではほとんどものが、働くことも、創作することも、他者と交配することもなく、ただ光合成を行うことによってのみ、生を全うしようとしている。これは由々しき事態であり、我々人類という概念の喪失に他ならない。しかし、我々の世代では、ついぞこの問題を解決すことができなかった。『命運は君の手に』かかっているのだっ」
「先生、それって『月刊にごたん』の編集部から言われた『お題』を全部詰め込んだだけよね? オリジナリティも独創性もないと思うんだけれど。新しいものが書けないのなら、漫画家なんてやめたほうが良いと思うわよ」
僕のネームを見たアシスタントのさくらは、長い黒髪を面倒くさそうにいじりながら言った。さも興味ないといった雰囲気、まるで路傍の石を眺めるような感じで。
「むむっ。オリジナリティや独創性がないとはいただけないな。これは、まだ骨格や土台の段階のなのだ。ここから少しずつ肉づけをして、基礎工事をおこなっていくのだ」
僕は少しだけムキなって言った。
「先生、比喩をお使いになるなら、骨格なのか土台なのかはっきりしてくれないかしら? 先生は頭や腕の生えた建物を創るつもりなの? それはそれで独創的でいいわね」
僕はあまりの指摘に押し黙った。
限りなく不愉快な気分になっていた。
今にもしおれそうな気分だった。
「それに、いちいち比喩やメタファーを連発してもっともらしいことを言っている風を装うのは、先生の悪い癖よ。得てして、頭の悪い人間ほど難しい言葉を使いたがるものなんだから」
「手厳しいじゃないか? 今日はなかなか不機嫌のようだね。僕は大分機嫌が悪くなってきたよ」
「いいえ、先生。私は今、だいぶ機嫌が良いわよ。それはもう有頂天って感じ。天高く上って行く鯉が龍になってしまうくらい。いいえ、風に乗って舞った綿毛が新しい大地で花を咲かせようとするくらい」
「もういいっ。僕の愚かさを分らせるために下手くそな比喩を使って僕を不機嫌にするのは止めてくれっ。自分の愚かさは十分に理解できた」
「そう、それならよかったわ」
さくらはにっこりと笑った。
「それで、このネームはどう直したらいいと思うんだ?」
「それを考えるのは、先生の仕事よ。他人に言われたままに直してただそれを漫画雑誌に掲載するのなら、どこかのAI漫画家にでも任せておけばいいわ。まずは自分で考えて、自分で問題点を見つけてみる。その後で直して、それでもダメならアドバイスを求めなさい」
「はっ、はい……」
僕は涙目になって言った。
「でも、取り敢えずそのネームは全部破棄して新しいものを作ってしまったほうが早いかもしれないわね。そのままじゃケツを拭く紙にだってなりはしないわよ」
「僕のネームがトイレットペーパー以下だと?」
「いいえ。水に流せば詰まってしまう分、以下なんて手ぬるい言葉ではなく、明白に資源の無駄遣い。ゴミだわ」
「エコではなくエゴであると」
僕は少しだけ上手いことを言ってしまったと、ちらりとさくらを見てみた。すると、我がアシスタントは、まるで詰まったトイレを見るような目で僕を見つめていた。
僕は自分が下水道に流されるかもしれないという恐怖を抱いた。
「ごほんっ。今のは置いておくとして、全部を破棄するのはさすがに厳しいなあ。このネームを考えるのにだって二週間をかけているんだぞ」
「二週間あればカイワレ大根だって食べられるようになると言うのに、先生はこんなゴミをせっせと量産していたのね」
「僕の創作活動をカイワレ大根の成長と一緒にするな」
「食べられるぶんカイワレ大根のほうがだいぶマシな気がするけど」
「僕には大勢の読者が待ってくれている。彼らを満足させることは、カイワレ大根の成長よりも意義のあることだ」
「今どき、ほぼ無名の漫画家の次回作を待ってくれる読者なんてほとんどいないと思うけど? それだったら、毎年夏休みの宿題になって子供たちを喜ばせるカイワレ大根の成長のほうが、よっぽど意義があるわ」
「むむむっ」
僕は押し黙った。
反論の余地はなかった。
僕は紛れもなく売れない漫画家で、紛れもなく知名度のない漫画家だった。
間違いなくカイワレ大根のほうが社会的な地位は高いだろう。
「じゃあ、いったいどうすれば? 今からネームを考えている余裕なんてないしなあ」
僕は絶望して言った。
「簡単よ。なにも考えずに光合成でもしていればいいじゃない?」
「そんなっ、僕は漫画家だぞ。それを放り出して光合成なんかできるものか?」
「だったら、死に物狂いで漫画を書くしかないんじゃないかしら?」
「分っているけど、書こうにもアイディアが」
「先生は、どうして漫画家になろうと思ったのかしら?」
突然に尋ねられて、僕は考えた。
目を瞑り、子供の頃の思い出や景色を思い出す。
「僕が子供の頃、僕たちはとても貧しかったんだ。世界はいろいろ混乱をしていて、喧嘩をしたり、仲たがいを繰り返していた。つまらない資源や技術の奪い合いなんかもしていて、それはそれはひどい有様だった。でも、僕たちの周りにはたくさんの素晴らしいもので溢れてもいた。漫画や映画、音楽に小説、たくさん娯楽が僕たちを支えてくれたんだ」
「それで漫画家に?」
「ああ。子供たちが数人集まると、いつも話題は漫画だった。みんなで回し読みをしながら、キャラクターや必殺技なんかについて語るんだ。主人公がピンチなった時なんかは、次の週まで待ちきれなくて毎日やきもきしていたよ。そんな話を書ける漫画家になりたかった」
「じゃあ、それを描きましょうよ」
「それを描くって?」
僕が尋ねるとさくらはにっこりと笑って続けた。
「変に穿った話を書いたり、読者を脅かせようしたり、小難しい言葉や設定なんか作らないで、子供たちに楽しんでもらえる、ただそんな漫画を描けばいいのよ」
僕は自分の中につっかえていた何かが、ゆっくりと転がっていくを感じていた。
そう、何かが吹っ切れたんだ。
「そうか、分ったよ。僕は子供たちに喜んでもらえる漫画を描くよ」
僕は湧き上がるインスピレーションを抑えきれずに言った。
ああ、僕はなんて良いアシスタンをもったのだろう。
僕の最高の気分だった。
さくらの機嫌も有頂天になっていた。
それは一目瞭然だった。
彼女の頭の上に咲いた『夢見草』は満開の花を咲かせていた。
それと同じように、僕の頭の上に咲いた『沙羅双樹』も満開の花を咲かせていた。
僕は書斎の窓にかかったカーテンを開けて、一面の緑を――
生い茂る青々とした森を眺めた。
「何、読者はこんなにたくさんいるじゃないか? 彼らを満足させ、もう一度人に戻りたくなるような漫画を、光合成なんかしてられないと思わせるような漫画を――僕は描いて見せるよっ」
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