仕事をやめるたった一つのやり方~21話
第21話 ここで片付ける
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凄まじい拷問は続いていたが、衛宮は一向に口を割らなかった。
痛みで何度も意識を飛ばしながらも、衛宮は頑なに沈黙を守り続けた。肉体はすでに限界を迎えていたが、精神力のみでこの状況を耐え抜いていた。
衛宮は、自分と一郎が生きてこの工場に連れてこられた時点で、この状況を予期していた。
自分たちを殺さなかったという事は、犯人グループの目的は情報であり、情報を引き出すまでは殺されることないだろうと確信していた。
そして、二人が生き延びるための命綱とも言える情報――犯人グループが引き出したい情報とは、鳩原と鵜飼の交わした会話、明日起こると言われているテロの情報が、どこの誰に伝わっているのか、衛宮と一郎の二人だけなのか、第三者に話してしまったのか、すでに警察などの捜査機関に通報してあるのか。
それを引き出すまでは二人は生かされ続け、衛宮が口を閉ざし続ける限り、男たちは二人を殺すことができない。そして衛宮の正体が分からない以上、犯人グループの不安は払拭されることもない。
衛宮は犯人グループの考えや心理を予想し、何とか自分たちが生き残るための手を尽くした。
「お前は警察か、情報機関の人間か? それも同業者か?」
男はスタンガンを衛宮の首元に当てながら、彼の正体を尋ねる。
衛宮はそれを聞き流し、ただ只管痛みに耐え続けた。
すでに数十回と高圧の電流を浴びせられていたが、衛宮は叫び声一つ上げなかった。
「くそっ……どうなってやがる?」
いよいよ衛宮を拷問する男たちの顔にも、不安と驚きの表情が浮かび上がり始めていた。
鈴木一郎の窮地を救い、逃亡の手助けをした謎の男。
この男が一体何者なのか、それが分らないことが犯人グループの不安を増大させていた。
本来ならこの舞台に登場するはずのない人物。得体の知れないこの第三者の存在が、犯人グループの不安をかき立てていた。
もしかしたら、この男は潜入捜査官か何かで、今直ぐにでも警察がここに踏み込んでくるかもしれない。
そんな疑心暗鬼に駆られ始めていた。
「くそっ。さっさと吐けや。こらっ――」
犯人グループが焦る中、衛宮は男たちを静かに観察していた。そして、ここに集まっている男たちはテロには直接関与をしておらず、金で雇われているだけだろうと結論付けていた。
ここにいる男たちには、自分たちを殺す決定権は無い。
そこに付け入る隙があると、衛宮は考えた。
だから今はただ痛みに耐え、時間を稼ぐ必要があると。
「らちがあかねえ、これを使う」
男が取り出しのは工業用の電動ドリルで、刃の太さは親指よりも深かった。
電動ドリルが回転する金属音が響き、男はそれを衛宮に近づけた。
「おら、さっさと喋りやがれ」
回転するドリルの刃が衛宮の太腿に当たり、ゆっくりと進んでいく。肉を抉り、削ぎ、血しぶきを撒き散らした。
「ぐあああああああああああああああ――」
そこで初めて衛宮が悲鳴を上げた。
「もう止めてくれっ。頼む。俺が全部話す」
堪えきれなくなったのは、衛宮ではなく一郎だった。
一郎は涙で顔を濡らし、鼻水と涎を垂らし、歯を食いしばって必死に耐えていたが、衛宮の悲鳴を聞いた瞬間――もう無理だと声を上げた。
こんなひどい光景を前にして、これ以上知らい振りを続けるなんてできなかった。
ドリルは止まり、男は一郎に視線を向けた。
「話せ。さもなきゃ、こいつの足を貫通させる」
「イチロー、や、めろ」
衛宮が掠れた声で言ったが、一郎は首を振った。
「彼は衛宮蔵人。フリーで働いている危機管理のコンサルタントだ。僕とは会社近くのバーで知り合い、今日テロの話を聞いた時に助けを求めた」
「フリーのコンサルタント? 嘘じゃないだろうな?」
「嘘じゃない」
「こいつの経歴は知っているか?」
「自衛隊に所属していて、その後で警察関係の政府機関で働いていたと言っていた」
「自衛隊と……警察? 通報はしたのか?」
「してない。警察には行くところだったが、鳩原部長が……殺されてそれも意味がなくなった。その後、僕たちは浚われた」
「本当だろうな?」
オールバックの男が脅すようにってドリルを動かした。
「ほっ、本当だ。信じてくれ。全部話した」
男は一郎の顔を覗き込み、その真偽を確かめようとした。
「いいだろう。少し待ってろ」
男は見張りを二人残してこの場を去って行った。
「ごめん……衛宮。もうこれ以上、お前が傷つけらるを……見てられなかった。もう……限界だった」
一郎は項垂れながら衛宮に声をかけた。
涙をこぼしながら、何度も謝った。
もしかしたら、ここで自分たちが殺されるかもしれない。
それでも、あれ以上目の前で悲惨な光景が繰り広げられるのを、一郎は見ていられなかった。
「ごめん。本当に……ごめん。こんなことに巻き込んで。俺が……お前に助けを求めなきゃ、お前が……こんな目に合うことも――」
一郎は涙をこぼしながら言ったが、衛宮から一向に反応がないことに気がついた。
一郎は顔を上げて衛宮を見た。
「えっ、衛宮……?」
クレーンに釣られた衛宮はピクリとも動かなかった。痛めつけられた全身から血を流し、その足元は真っ赤に染まっている。俯いたまま目を瞑った顔は真っ白で、まるで息一つしていないようだった。
「衛宮……? 衛宮? おいっ……衛宮?」
一郎が立ち上がって声を上げると、見張りをしていた男たちもさすがにおかしいと気が付き、表情を厳しくして衛宮に近づいた。
一人の男が衛宮の頬を強く叩く。
反応は無かった。
焦った男は、顔を近づけて衛宮が息をしているかを確かめようとした。
その瞬間――衛宮は目を見開いて男の喉元に喰らいついた。
「――ぎゃああああああああああああ」
男は悲鳴を上げ、歯を立てる衛宮から必死に離れようと身を捩るが、衛宮の両足が絡まって身動きが取れなかった。
「あああああああああ」
噛みついた男の腰元に足を巻きつけている衛宮は、体を持ち上げてクレーンから両手を外すと、そのまま体重をかけて男を押し倒した。
「なっ、何だこいつ?」
衛宮は、突然の出来事に声を上げたもう一人の見張りに視線を向けた。
首元に噛みつかれた男は、頸動脈を噛み千切られてすでに失神しており、絶命が運命づけられていた。
「クソがっ」
見張りの男は一瞬の出来事に驚きながらも、携帯していた銃に手を伸ばそうとした。
しかし、すでに手遅れだった。
この時、この見張りの男にできた最善は銃に手を伸ばすことではなく、大声で叫び仲間を呼ぶことだった。
衛宮は縛られた手のまま机に並べらてらメスを手に取ると、即座に間合いを詰めて男の喉を切り裂いた。鮮血が噴水のように吹き出し――男は銃を撃つ間も、助けを呼ぶ間もなく事切れた。
「――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
衛宮は切れ切れの息を吐き、その場で仰向けになった。彼は全身が張り裂け、今にもばらばらになってしまそうなぐらい激しい痛みを感じていた。しかし、ここで気を失うわけにはいかないと口元を拭い、全身の力を振り絞って体を持ち上げた。
「ぐああ。イチロー、来てくれ」
衛宮は、少し離れた所で呆然と立ち尽くしている一郎を呼んだ。
「えっ、衛宮? 良かった……死んでるのかと思った」
一郎は衛宮に駆けより、体を起こすのを手伝った。
一郎が体に触れると、衛宮は激痛で顔を強張らせた。
「大丈夫か?」
「さすがに危なかった」
「ごめん。俺……お前のこと……見ていられなくて……全部喋った。お前のとの約束を守れなかった」
「いいんだ。気にしなくていい。お前が白状してくれなかった、僕は死んでた」
衛宮は気にするなと一郎の肩を叩いた。
「このメスで手枷を切ってくれ。そろそろ奴らが戻ってくるはずだ」
「逃げるのか?」
「いや、ここで片付ける」
「片付ける?」
「ああ。どの道この傷じゃ逃げ切るのは無理だ。奴らは今、僕たちから情報を引き出せたと気を抜いてる。その隙をつく」
手枷が切れたのを確認すると、衛宮は体の傷を確認しながら全身をゆっくりと動かし始めた。幸い致命傷は無かった。殺した男の衣類で血を拭き、傷口にはガムテームを巻いて止血した。
その最中も、衛宮は何度も気を失いそうになったが、何とか意識を保ってこの状況を乗り切るための作戦を考えた。
「イチロー、男たちの銃を回収しろ。それと携帯電話がないかも探してくれ。そっちの男のジャンパーを脱がして持って来い」
一郎は衛宮が傷の手当てをしている間、言われるままに動き回った。
「携帯電話は無かった。銃は二丁だ」
衛宮は一郎から銃を受け取り、マガジンを抜いて装弾数を確認した。そして黒のジャンパーを羽織って、銃を腰にさした。
「良し――今から段取りを言うぞ。奴らがこの場所に戻って来たら、お前はこのライトを叩き割れ」
衛宮は一郎にバールを渡した。
現在、この工場には明かりが灯ってらず、衛宮と一郎のいる一角だけが、天上から釣り下がったスポットライトによって照らされいるだけだった。
つまり、このライトを破壊してしまえば工場は完全な暗闇に包まれる。
「この場所が真っ暗になったら、お前は隅の方で身を屈めていろ。頭を守っていれば死にはしない」
「わ、分った。お前はどうするんだ」
「僕のことは気にしなくていい。いいか? お前は奴らが戻ってきたらライトを叩き割る。それだけを考えろ」
「分った」
一郎は大きく頷いた。
「じゃあ、僕は行くぞ」
衛宮は身を屈めて歩きだし、男たちが引っ込んで行った工場奥の部屋の近くに身を潜めた。片目を瞑り、大きく息を吐いて銃を握る。そして銃のスライドを引いて薬室に弾を送り込んだ。
それからしばらく、頭が割れそうなぐらいの静寂が続き、その後で騒乱と喧騒が一気に押し寄せた。
「奴らがいねーぞ」
「見張りはどうした?」
「早く来い」
男たちが部屋から出てくると、男たちは直ぐに工場内の異変に気が付いた。
見張りはおらず、クレーンの先には何もない。
部屋の奥からぞろぞろと男たちが現れて声を荒げた。
その瞬間、暗闇の帳が工場に落ちた。
「明かりが消えたぞ?」
「早く別の明かりをつけやがれ」
衛宮は瞑っていた片目を開くと、即座に立ち上がって銃を連射した。暗闇に慣らせた目のおかげで、ターゲットを撃ち漏らす心配は無かった。男たちも応戦をしようと銃を抜いたが、暗闇と混乱の前ではなすすべも無かった。
銃弾が飛び、男たちの叫び声が響き渡る。
暗闇に包まれた工場内は混乱と死の恐怖が渦巻き、それはもう一度工場内に明かりが灯るまで続いた。
一方の一郎は、バールでライトを叩き割った後、言われた通りに身を隠していた。
必死に頭を抱えながら、衛宮にどうか無事でいてくれと願った。
そして、暫くすると工場は再び静寂に包まれた。
一郎は体を丸めたまま震えていた。
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