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仕事をやめるたった一つのやり方~49話

第49話 金と銀

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kakuhaji.hateblo.jp

 第一話はこちらから読めます ↑

 

 無人機の乗っ取りと、そこに搭載された地対空ミサイル、そして政権内の内通者が首相の補佐官であったことを聞かされた衛宮は、どうしたものかと悩まざるを得なかった。

 

 これは衛宮が想像をしていた以上の緊迫した事態であり、攻撃の標的によっては日本という国が転覆しかねなかった。

 

 現在、内閣総理大臣を含む全ての閣僚は総理官邸に集まり、このテロ攻撃の対策に当たっているはずだった。他にも各省庁からの連絡官や官邸スタッフなど、政権の中枢が総理官邸に集約されている。

 

 仮に総理官邸が無人機によって攻撃されるような事態が起これば、国家は一時的にその機能を失うだろう。そして政権は機能しなくなり、日本に国家を維持する能力が無いと知れれば、日本の周辺諸国が軍事行動を起す可能性すらあった。

 

 そうなれば東アジアの軍事バランスの均衡を図るべく、日本国内の在日米軍が動き出す事態も考えられ――その先に待っているのは本格的な第三次世界大戦だった。

 

「無人機の攻撃目標はどこだ?」

 

 衛宮はシンに銃口を向けたまま尋ねた。

 

「知らない。私がこのテロ攻撃に関与したのは、先んじて行われたサイバー攻撃のみだ。無人機の乗っ取りは、同士婁の独断で行われた」

「鵜飼という男について詳しく話せ」

「それも知らない。鵜飼は同士婁が計画の間際に引き込んだ外部の協力者だ。直接会ったことも無い」

「鴻上はどんな理由で婁圭虎に協力をしている?」

「協力などはしていない。脅されているだけだ。彼は同士婁の従順な犬だ」

「脅されている……?」

 

 銃を突きつけられてなお微笑の仮面をかぶり続けていたシンは、そこで初めて嘲るような笑みを浮かべた。

 

「衛宮蔵人――貴方なら十分に承知しているはずだ。この国の政治家がいかに腐っているのか。郭白龍が取り仕切っていた東アジアの利権ビジネスの恩恵を受けていた日本人は多くいる。政治家、官僚、民間人にもだ。その中でも、鴻上はその甘い蜜を啜り続けてきた国賊だ。中国には鴻上の為につくられた豪邸があり、欲しいものは全て与えられた」

「それを脅迫材料に使われたわけか?」

「その通りだ。同士婁はリストを持っていた。郭白龍と懇意にしていた者たちのリストだ。そのリストを使って、今回のテロを画策した」

「つまり……鴻上以外にも多くに日本人が、このテロに関わっているという事か?」

「その通りだ」

 

 腐敗の根が深刻であると悟った衛宮は、これはすでに自分一人の手に負えるような事態じゃないことを確信した。

 

「『戦略捜査室』の中に、婁圭虎の協力者はいるのか?」

「おそらくいないだろう。同士婁は戦略捜査室を警戒していた。鴻上から引き出した情報のほとんどが、戦略捜査室に関するものだったと記憶している」

「そうか」

 

 衛宮は疑念の一つを払拭して頷いた。

 

「他に有益な情報はいくらでもある。貴方が望むなら、国内に潜伏しているテロリストや危険分子の情報を提供しても良い」

「その話は、いずれ然るべき捜査機関にしてもらう。貴様を欲しがる機関はいくらでもあるだろう」

「お好きなように」

「貴様の話は分った。問題は、婁圭虎の居場所だ」

 

 衛宮はこの商談の最も重要な商品に手をつけた。

 お互い手の内はすでに見せきっていた。

 シンは有力な情報があると示唆し、衛宮は最も欲しい情報の開示を迫った。

 

「衛宮蔵人、貴方にも分っているはずだ。同士婁の居場所は私の生命線。それを教えることはできない。取引をするまでは」

 

 シンもこの一線だけは譲歩できないと示した。

 

「良く聞け。現状、僕が総理官邸と話をつけて、貴様との司法取引を成立させることは不可能だ。貴様の話では、鴻上の他にも婁圭虎の協力者は存在している。おそらく、捜査機関や各省庁にまで腐敗の根は進んでいるだろう。そんな中で、僕がお前との司法取引を申し出れば、婁圭虎に貴様の裏切りが露呈する」

「残念ながら、この一線は譲れない。私は自分の商品を安売りすようなことはしない。決して――」

「よく考えろ。貴様が今商品として差し出しているのは、貴様の持っている情報じゃない。貴様の命だ」

 

 衛宮は銃口をチラつかせて迫った。

 

「もしも、この商談の最中に婁圭虎の攻撃が起きれば、貴様の情報には何の価値もなくなる。時間が経てば経つほど、貴様の商品はその価値を失っていることを忘れるな」

 

 シンは商品の価値と、衛宮蔵人の言葉の意味を天秤にかけた。

 

「婁圭虎は、間違いなく大規模な攻撃を画策している。もしも僕がテロリストなら、真っ先に捜査の指揮を取っている戦略捜査室か……この国の中枢である総理官邸を攻撃するだろう。そうなれば情報の価値どころか、貴様は取引を行う相手すら失うんだぞ?」

 

 衛宮の切迫した表情を見れば、それが嘘や脅しでないことは明らかだった。

 シンは自分の命を天秤に乗せてその価値を計った。

 

「しかし、私が同士婁の居場所を教えたとして……貴方が約束を守る保証はどこにある?」

「保証はどこにもない。僕を信じてもらうしかない」

「貴方を信じろと? 到底できないことだ。貴方が私を信じられないように」

「ただ、情報の伝え方はお前に任せよう。正直に吐こうが、貴様が婁圭虎の元まで僕たち誘導しようが構わない」

「まさか……貴方が単独で同士婁を撃つというのか? 馬鹿な、蛟竜は訓練された特殊部隊だぞ。無謀すぎる」

「そうなるだろうな」

 

 そこまで聞いて、シンは素早く算盤を弾いた。

 

 間違いなく、衛宮蔵人は単独で婁圭虎の元に向かうだろう。そうなれば蛟竜との戦闘は必至であり、その戦闘の最中に衛宮蔵人が死亡する確率はかなり高い。仮に衛宮蔵人が死亡せず攻撃の阻止が成功したとしても、自身の情報が正しかったことが証明されれば、その後の司法取引は上手くいくだろう。

 

 シンはまだまだ多くの商品を抱えており、その情報は金以上に価値があることを十二分に熟知していた。

 

「分った。同士婁の居場所を教えよう。ただし、この場で誓ってもらいたい。私との約束を必ず守ると」

 

 シンは衛宮に訴えかけるように言った。

 この場での誓いなど何の意味も持たないが、衛宮に心理的なプレッシャーをかけることが目的だった。

 心理的な重圧はいざという時の決心を鈍らせる。

 その事をシンは知り尽くした。

 

「いいだろう。必ず司法取引を実現させよう。それで、貴様が婁圭虎の元まで僕を案内するか?」

「誠意の証として、この場で同士婁の居場所をお教えよう。どの道、私は同士婁の元まで連れて行かれるのだろう? ここで嘘を吐こうが、直ぐに知れることだ。貴方の怒りを買ってこの取引を危うくしたくない」

「頭が良く回るな。情状酌量得る気か? まぁ、いい。婁圭虎の居場所はどこだ」

「『東京湾コンテナ埠頭』の九区画」

「埠頭? 船を用意しているのか?」

 

 衛宮は即座にテロリストの逃走ルートに思い至った。

 

「その通りだ。攻撃終了後、コンテナ船の貨物に紛れて国外へと脱出する予定だった」

「船籍と逃走ルートは?」

外国籍の貨物船。東南アジアを経由して大陸に出る」

「船が出る時間は?」

「正午丁度だ」

 

 つまり攻撃はそれまでに終わり、国外に出られたら手の出しようはないと言うことだった。

 

「一郎、コンテナ埠頭は調べているか?」

 

 衛宮がシンとの会話をモニタしている一郎に声をかけた。

 

「ああ。だけど……監視カメラの類は一台もない。あったとしてネットワークから切り離さているみたいだ。それと……このコンテナ埠頭の九区画を契約している会社はきな臭い。ほとんど実体のないペーパーカンパニーだ」

 

 間違いはないみたいだと衛宮は確信した。

 

「情報は正しかったみたいだな」

 

 衛宮はシンを見て言った。

 シンは微笑を浮かべたまま、頷きかけ――

 

「もちろん――なっ?」

 

 衛宮のその表情を見た瞬間――

 

 司馬秦しばしんは自分の行く末を悟った。

 自分は生かされることなく、この場所で死を迎えるだろう。

 

 先ほどまでの衛宮蔵人は、間違いなく自分と取引をする気でいた。シンが提供した情報の価値を認めており、今後提供される情報の価値を十二分に理解していた。それらを全て引き出すまでは、衛宮蔵人は何が何でもシンを殺したりはしないはずだった。

 

 その確信があったからこそ、シンは衛宮に婁圭虎の居場所を話した。

 

 自分が商談で相手を見誤るなどありえなかった。このような命を賭けた取引であればあるほど、シンはその商才を発揮してきた。

 

 婁圭虎ですら、自分の足元には及ばないと確信していた。

 しかし、それらは脆くも崩れ去った。

 

「――なっ、何故だ?」

 

 シンは瞳を見開いで尋ねた。

 

「貴様は、この国にとって脅威にしかならない。貴様の情報にどれだけの価値があったとしても、貴様が生きいれば貴様は必ずそれ以上の脅威になる。それに、僕はテロリストと交渉をするつもりはない。お前たちは、死ぬ意外に価値は無い」

 

 衛宮は無表情のまま引金を引き、司馬秦の眉間を撃ち抜いた。

 僅かな躊躇いも逡巡もなかった。ただ死のボタンを押すように、ただ機械的にその処刑は行われた。

 

 死に至る瞬間、司馬秦は全てを理解した。

 

 この男は、最初から自分から情報を引き出して殺すことしか考えていなかったのだ。自分の部下の大半をこの男に殺されていながら、シンはまだ衛宮蔵人を捜査官であると、事件を解決し司法も下で真実を明らかにすることを責務にしていると勘違いしていたのだ。

 

 この男は、そんなことには重きを置いていなかった。

 事件を解決するためならどんな手でも使い、テロリストを殲滅することしか考えていなかったのだ。

 

 商談の席についてすらいない人間に、どうして商品を売ることができるだろう?

 自分が取るべきただ一つの方法は、沈黙を守り続けることだけだったのだ。

 

 自分は金も銀も使いこなせると驕っていたが、最後の最後で命惜しさに雄弁になってしまったことを――

 

 司馬秦は今際の際で学ぶこととなった。

 

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