仕事をやめるたった一つのやり方~45話
第45話 アラン・リー
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「イチロー、今からアラン・リーを確保する――この部屋で間違いないな」
「ああ。奴がその部屋に入るところは確認済みだ」
東京コンチネンタルホテルの2055号室――
ドアの前に立った衛宮が、携帯電話のイヤホンマイク越しに一郎と連絡を取った。
ホテルの地下駐車場で衛宮のサポートをしている一郎は、監視カメラの映像を確認しながら頷く。
「良し、イチロー、はじめてくれ――」
「了解だ」
一郎はアラン・リーの部屋に電話をかけた。
「もしもし」
甲高い男の声が、回線を共有している一郎と衛宮の耳に響いた。
「こちらフロントですが、お客様に面会をしたいという方がロビーに来られているのですが……如何いたしますか?」
「俺に会いに? 名前は……?」
「それが、名前は言えないと仰られていて……何でも緊急の用件とのことです」
そこまで聞いてアラン・リーは押し黙った。
「分った。直ぐに行くから、そこで待つように言え」
そこで通話は途切れた。
衛宮の予想では――この連絡を受けたアラン・リーは、自分を保護しているテロリストが自分を迎えに来たのか、または何か問題が起きたのかもしれないと考えるだろうと踏んでいた。
ロビーまで飛んでくるはずだと。
その予想通り、ホテルのドアが勢いよく開いた。
そして、中から長身の青年が飛び出してきた。
その数秒後――金髪の青年は勢いよく後ろに仰け反り、ホテルの床に仰向けに倒れ込んでいた。
ドアから出てきたアラン・リーの顔面を、衛宮が勢いよく殴り飛ばしたからだった。
「―――がはっ、えっ? はぁ?」
アラン・リーは何が起きたのかまるで分らないまま天井を見つめ、その頭の中は完全に混乱していた。
衛宮はゆっくりと部屋の中に入ると、部屋の鍵を閉めて足元の青年を無表情に見つめた。
「アラン・リーだな?」
そして、声音を低くして静かに尋ねた。
「お前……誰だ?」
「僕が誰かなんてどうでもいい。お前は聞かれたことに答えろ。お前は――アラン・リーか?」
「俺に……俺に、こんなことしていいと思っているのか? 俺には、なあ――」
青年のその言葉は、途中で甲高い悲鳴と変わった。
衛宮が青年の細い足首を勢いよく踏み抜いたからだった。
アラン・リーの足首は奇妙な音と共に折れ、想像を絶する痛みが青年の痩躯に伝播した。
「ぎぁああああああああああああああああ、俺の足が……足があああ――」
「もう片方の足も折って、お前を歩けないようにすることもできる。それに、今ここでお前を殺すこともできる」
衛宮は無表情のまま銃を取り出し、それを青年の顔に向けた。
アラン・リーは痛みで歪んだ表情を、今度は恐怖で歪ませた、
「たっ、頼む……止めてくれ。俺が悪かった。何でも話す。そうだ、俺がアラン・リーだ」
「よし、アラン――命が欲しかったら僕の言うとおりにすることだ。まずは立て」
「立つ? 無理に決まってるだろ。足が折れた」
「片方の足で立て。今直ぐだ」
衛宮は引金に指を当てた。
「分った。立つっ、立つから……待ってくれ」
アランは痛みを堪えながら何とか立ち上がった。
「そのまま部屋の中まで歩いて行け」
アランは言われるままに、片足でひょこひょと部屋の中へと進んで行った。
広々としたホテルの一室には、キングサイズのベッドとガラステーブルが備え付けられており、パノラマヴューの窓の外は高層階ならでは景色が広がっていた。
「椅子に座れ」
「分った」
アランは腰を下ろし、怯えた様子で衛宮を見た。
「おっ、お前も……俺の技術と才能が目当てなんだろ? 分った。何でもやる。どこにだって侵入してやるし……どんな情報だって手に入れてやる。お前は、その情報を誰かに売って大儲けだ」
アランは大量の汗をかきながら捲し立てるように言った。
「そうか、なかなか協力的だな」
「ああ、何だってやる。さぁ、言ってくれ。何をしてほしんだ?」
衛宮はまるで虫けらでも見るように、眉間に皺を寄せて目を細めた。そして、その目ざわりすぎる顔面に拳を叩きこんだ。
「ぐはっ、あああああああ……鼻が、俺の鼻が。何で殴るんだ?」
アランは悲鳴を上げて騒ぎ始めた。折れた鼻から大量の鼻血がこぼれ、着ていたゲームシャツが真っ赤に染まって行く。
衛宮がテレビのリモコンを取ってテレビの電源を点け、どこの放送局でも流している緊急速報を映した。
テレビ画面の中では――どこの局も特別番組を編成してテロ事件についてニュースを速報で流しており、スタジオは鎮痛とした面持ち、現場に派遣されたリポーターは緊迫した表情で立っている。事故を起こして衝突した車や、脱線間際の鉄道、そして海に浮かぶ飛行機の残骸が、次々と映し出されていた。
映像の中の人々が恐怖に怯え、悲鳴や泣き声を上げていいた。
「これを見ろ――これが、今日お前たちがこの国で起こしたテロの数々だ」
アランはテレビの映像に釘付けになり、大きく首を横に振った。
「違う……俺じゃない。俺はこんなことはしてない」
言い訳をする子供のように、アランは甲高い声で捲し立てた。
「お前が『マトリクス社』でテロを起こすためのプログラムを作っていたのは分ってる。言い逃れはできないぞ」
衛宮は銃口をアランの眉間に突き付けて言った。
「ひー、止めてくれ。俺はプログラムを書いただけだ。ファイヤーウォールを無効にするワームを仕掛けて、後で好きな時にワームを起動できるようにしただけだ」
「そのプログラムが起動すればどうなるのか、お前には分かっていたはずだ」
「そうだ。そうだけど……俺はこんなことに使うなんて知らされていなかった。そんなことを言い出したら……どんなプログラムやコードだって犯罪に使用できることになるだろ? 俺の書いたプログラムが……何か良いことに使われるかもしれない。そうだっ、そうだろ?」
アランは額に大量の汗をかきながら支離滅裂な言い訳を始めた。
「じゃあ、貴様は航空機を乗っ取るためのプログラムが、何か良いことに使われるとでも思ったのか? お前は国際的なテロリストに協力をして、多額の報酬をもらったはずだ。奴らが何か良いことの為にお前に協力を求めたと――本気で思っているのか?」
「……たっ、確かに、そんなことは思ってない。良くないことに……犯罪に使われるってことは分っていた。白状するよ。分ってた」
アランはついに胸の裡を曝け出し始めた。
「でも……アメリカじゃ、誰も俺のことなんか見向きしなかった。誰も俺の能力や実力を評価しないんだ。俺はどんなプログラムだって書けるし……その気になったら世界中のどんな兵器システムだって乗っ取れるんだ。あいつらは、俺ののことを正当に評価してくれたんだ」
青年はまるでようやく自分の居場所を見つけたんだと言わんばかりに、自分の環境や境遇、満たされない思いを吐露した。
テロリストに利用されるのにはうってつけの青年だと、衛宮の目には映っていた。
「そのせいで、今日大勢の人が死んだ」
「でも……やったのは俺じゃない」
「そうか、あくまでも自分のしでかしたことの責任から逃れるつもりだな?」
衛宮はこの青年には何を言っても無駄だと悟り、協力を求めるようなやり方では意味がないと判断した。
ここからは、これまで以上に手荒にやるしかないだろう――衛宮は青年を完全なテロリストとして扱うことにした。
「テロ攻撃はこれだけじゃないな? お前はこれ以外に何のプログラムを作った?」
「作ったプログラムはこれだけだ」
青年が反論した瞬間、衛宮は青年の鳩尾に銃のグリップの底を叩きこんだ。
「――ぐはっ」
アランは強烈な痛みと共に息ができなくなり、呻き声を上げるとともに大きく咳き込んだ。涙と涎を垂らし、顔面はありとあらゆる液体でぐしゃぐしゃだった。
「いいか、痛みはどんどん強くなるぞ。お前が失神したとしても、何度でも起こして痛みを与え続ける。いいか? 僕の言ったとことに素直に答えろ」
衛宮はアランの耳元に顔を近づけて静かに言った。
それだけで、青年を屈服させ服従させるには十分だった。
「本当だ。もう殴らないでくれ。書いたプログラムはあれだけだ。でも、そのプログラムの応用で……ある装置を作った」
「装置? いったい何の装置だ?」
「……航空機を乗っ取る装置だ」
「航空機を乗っ取る? その攻撃はもう行われたはずだ」
「違う。あれは、管制システムの仮想環境を構築して航空機を乗っ取るやり方だ。でも……俺が新しく作った装置は、航空機を乗っ取って遠隔で操作する」
「遠隔で操作だと? どの航空機を操作するんだ」
衛宮は嫌な予感と共に尋ねた。
「無人機だ」
「無人機?」
「どの無人機だ?」
衛宮は表情を即座に変えて尋ねた。
その答えをすでに知っていながら。
「この国の無人機だ」
「この国で開発中の無人機だな? お前は、その無人機を乗っ取れる装置を作ったっていうのか?」
「そんなことは知らない。ただ、無人機の型番は知ってる。試作実験機で『XJ-00』だ」
「『XJ-00』?」
衛宮は嫌な予感が的中し、考え得る限り最悪の事態が起こったという結論に至った。
一刻も早く、この情報を戦略捜査室に伝えなければいけないと。
「どうやって『XJ-00』の情報を手に入れた」
「知らない。装置を作るのに必要な情報は予め用意されてた」
「どんな方法で無人機を乗っ取る?」
「スプーフィングを用いて乗っ取る。一度システムに侵入してしまえば、フライトレコーダーを使用しなくても遠隔で無人機を操作できる」
衛宮は技術的な話はしても仕方ないと見切りをつけた。
「お前が持っているプログラムと装置に関する全ての情報とデータを出せ」
「そんなことできるか? 二百万ドルの価値があるデータだぞ? それに、どこの国や組織だって、このデータを喉から手が出るほど欲しがるはずだ」
衛宮は怒りで箍が外れるのを必死に抑えながら、アランの顔面を二度殴った。
「いい加減にしろよ――このクソ野郎。二度と喋れないようにしてやる」
そして、銃口を青年の口の中に押し込んだ。
「うーうー、ひぐっ、やべでぐれええええ」
アランは涙を流しながら大きく首を横に振った。
「いいか? 全てのデータと情報のありかを言え。三秒以内だ。一、二――」
「分った、分った。言う、言うから止めてくれっ」
「早く言えっ」
衛宮が怒鳴りつけながらデータのありかを尋ねた。
「テーブルの上のパソコンに、俺が書いたプログラムのコードが残っている。それと、これだ――」
アランは震える手でジーンズのポケットを探り、中からフラッシュメモリを取り出した。
衛宮は小型のチップのようなフラッシュメモリを受け取った。
「この中に、プログラムと装置を作るのに必要だった全ての情報が入っている。装置の設計図と……それと無人機のデータもだ」
アランはもう全てを観念したように言って放心した。
すると、衛宮の耳元に一郎の慌てた声が響いた。
「衛宮、なんだか怪しげな男たちがお前のいる部屋に近づいているぞ」
「怪しげな男たち……どんな奴らだ?」
「えーっと……三人組だ。二人は大柄な男で、一人だけ小柄で髪の毛の長い奴がいる。そっちに向っている」
「今どこにいる?」
「二十階のエレベーターを降りたところだから……えーっと、後三百メートルくらいだ。真っ直ぐ2055室に向っている」
「分った。そのまま監視を続けてくれ」
「早くその場を離れないとヤバそうだぞ?」
衛宮は一郎の言葉を無視してアランに意思を戻した。
「ははっ、シンが俺を迎えに来たんだ」
衛宮と一郎の会話を聞いていたアランは、息を吹き返したように甲高い声を上げた。
「今、シンって言ったのか?」
衛宮はその名前を聞いて顔色を変えた。
「ああ、そうだ。シンが来たんだ。お前、殺されるぞ? よくも俺をこんな目に合わせたな。ぶっ殺してやるからな。へぐっ――」
衛宮は急に強気に出たアランの顎を銃口で殴りつけて気絶させた。
「イチロー、後どれくらいだ?」
「後一分もかからずにそっちに行く。必要な情報は手に入ったんだろ? 早く逃げないと」
「いや、ここで片を付ける」
衛宮はそう決断すると即座に行動を開始した。
「片を付ける?」
「ああ、おそらくシンは婁圭虎の居場所を知っているはずだ。これがこのテロを食い止める――最初で最後のチャンスだ」
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