仕事をやめるたった一つのやり方~28話

第28話 人殺しだ

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kakuhaji.hateblo.jp

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 戦略捜査室の会議室では、衛宮蔵人から齎された情報についてスタッフが話し合いをしていた。

 そして、衛宮蔵人自身についても。

 

 半年前のテロ事件をほぼ独力で解決した彼の能力や手腕を疑う者はいなかったが、彼の人格や倫理観、そして捜査のやり方は認められるようなものではなかった。

 

 そのテロ事件で、彼は捜査の邪魔をした民間人二名を射殺し、現場の警察官も一名殺害していた。今回のテロ事件の捜査でも、すでに積み上がった死体の数は二十近くに上っている。

 

 衛宮蔵人のこれまでの行動は弁護の仕様がなく、それはまともな捜査活動とは言えなかった。そして、すでに捜査官でもない彼が、独自の捜査や調査を行っていること自体が、すでに由々しき事態を越えた緊急事態だった。

 

「我々が衛宮蔵人の情報に基づいて行動すれば、その後どうなるかは分っているのだろうな? このような蛮行とも言える捜査活動を、我々が間接的にでも認めたことになるんだぞ?」

 

 上級職員の巻波が、声音に抑揚を付けずに尋ねた。

 

「分っていますが……彼から齎された情報は全て有益でした。特にこの男――鵜飼省吾に関しては、完全に我々の捜査の網から外れています」

 

 響がモニタに人物の画像を映して言った。

 

 そこには四十代前半の男性の顔写真が表示されていた。

 

 薄い額に堀の深い顔。日本人離れした端整な顔立ち。瞳は鮮やかな茶色で、肌は健康的に焼けている。長身で筋肉質。過去の経歴のほとんどは偽造であり、この鵜飼省吾なる人物は戸籍情報には存在していなかった。

 

 鹿島が立ち上がって口を開いた。

 

「この男が室長を務めているシステム開発室ですが、その開発データのほとんどが破棄されていました。今の所復旧作業は難航しており、かろうじて拾い上げたデータも、これと言った手掛かりにはなりません。もう少し時間をかければ……手掛かりはつかめると思いますが……今回の捜査の役に立つと確約はできませんが」

「黒という事か?」

 

 室長の敷島が尋ねた。

 

「間違いなく。これはプロの手際です。それと、これは非常に悪いニュースなのですが……今現在、多くの政府機関やインフラ・システムなどで使われているファイヤーウォールには、このサイバー・マトリクス社のセキュリティ技術が多く使われています」

「つまり、何が言いたい?」

 

 敷島の問いに鹿島はごくりと唾を呑み込んだ。

 

「簡単に言えば……彼らは詳細な設計図を持っているだけでなく、その建物を建築した建築士ということです。そんな彼らが建物に侵入しようとしていたら、それは容易に行われるという事です」

「回りくどい言い方は止めろ。つまり、ファイヤーウォールやセキュリティが上手く機能しないという事か?」

 

 巻波が端的に尋ねた。

 

「いいえ。機能しないというレベルではありません。システムに侵入されれば……間違いなく乗っ取られるという事です」

 

 その言葉に、会議室の全員が表情を厳しくした。

 

「マトリクス社のセキュリティ技術を使用している政府機関やインフラはどれくらいあるんだ?」

「およそ二百箇所。その中には……交通システムや発電システムなどもあります」

 

 鹿島は簡潔に答えた。

 

「情報部門で攻撃の標的になりそうな場所を特定し直せ」

 

 巻波の後で、今度は敷島が口を開く。

 

「今からセキュリティシステムやファイヤーウォールをアップデート――もしくは設計し直せないのか?」

「マトリクス社の技術スタッフに確認を取りましたが、最低でも数日はかかるとのことです。今現在、社で緊急会議を開いてもらっています。何か進展があれば連絡が入るはずです」

「やはりテロ攻撃が行われる前に、犯人を確保する必要があるな。鵜飼の身柄は拘束できそうなのか?」

 

 今度は響が説明を始めた。

 

「足取りは掴めていません。会社に提出されたスケジュールでは――明日アメリカに出張の予定ですが、航空券すら予約していませんでした」

「彼の素性は全てが偽造だと言ったな? どうやってサイバー・マトリク社に入り込んだ。それも取締役なのだろう?」

「彼は、アメリカの防衛関連企業『オプティマス社』の出身という肩書を名乗っていました。推薦状は本物で、今オプティマス社に確認を取っています。もう一つ考えられるのは、マトリクス社の上層部にテロに関わっている人間がいる可能性です」

「事情聴取は?」

「警視庁から人を借りて行っています」

「時間がかかりそうだな?」

「おそらく」

 

 敷島はこれまでの経験から、マトリクス社から時間内に有力な情報を引き出すのは難しいと判断した

 

「他の情報は?」

「衛宮蔵人が監禁されていた川崎市の工場ですが、登記簿を調べたところ一人の人物が浮上しました」

 

 モニタに別の男の顔が映し出された。

 長い黒髪を一つに束ね、白い面を被ったように不気味な男だった。

 

司馬秦しばしん。通称シンと呼ばれているブローカーで、長年指名手配されてきた国際的な犯罪者です」

「この男がテロの手引きをしていると?」

「はい。衛宮蔵人が犯人グループと接触した際、その中の一人がシンという男に雇われたと漏らしたようです。シンは密入国を取り仕切る中国マフィアの顔役で、国内に多く協力者やアジトを持っています。テロの手引きをする上でこれほどの人材はいないでしょう」

 

 敷島は敵を睨みつけるように司馬秦を見て頷いた。

 

「情報を手に入れた後、衛宮蔵人はその犯人グループの全員を皆殺しにしたという訳か?」

 

 巻波が口を開いた。

 

「ええ。それは分っていますが、彼は犯人グループに拷問を受けています。身を守るためには仕方無かったのでしょう」

「仕方なかった?」

 

 巻波は肩を竦めて続けた。

 

「いいだろう。百歩譲って工場の件は仕方なかったとしよう。正当防衛を認めよう。しかし、マトリクス社では一般市民を拷問しているんだぞ?」

「鳩原はテロとの繋がりがあった。それに彼は、容疑者である鈴木一郎を守るために行動しています。実際、鈴木一郎は自宅付近で殺されかけている。彼の自宅には、何者かが侵入した形跡がはっきりと残されていました」

「拷問は法に反している。他にも市民への暴行。車の盗難。銃の所持。あの男の行動は、どうあっても正当化できるものじゃない。ただの犯罪者で――人殺しだ」

 

 巻波は吐き捨てるよう言った。

 

「巻波、今はその話は置いておけ。響、それで衛宮蔵人は今どこにいる?」

 

 敷島が議論を進めた。

 

「緊急避難用の倉庫に身を潜めています。ここから二十分の距離です。彼は迎えを寄こしてほしいと言っています」

「警察に出頭させて拘留しておけ。ここに連れて来るべきじゃない」

 

 巻波は論外だと言い放った。

 

「しかし、二人はまだ命を狙われいます。我々が保護すべきです」

「いや、もう一度言おう。ここに連れて来るべきではない。我々があの男と関わっていることが知れれば、それは必ず我々の弱みになる」

「彼らの供述は今後の捜査の役に立つかもしれません」

 

 響は頑として引かなかった。

 

「現状でも、我々は十分手掛かりを得ている。テロ事件の捜査は進展をしている。これ以上、あの男に我々の捜査を煩わされる必要はない」

「どんな些細な手掛かりだろうと蔑にするべきではありません」

「響、君がかつてのパートナーの肩を持ちたい気持ちは分かる」

 

 巻波は溜息を吐いた後、うんざりと顔を顰めて言った。

 これまで頑なにポーカーフェイスを貫き、鉄面皮を被り続けた巻波が、初めて感情を剥き出しにした。

 

「しかし、公私を混同するのもいい加減にしろ。君は、彼に名誉挽回のチャンスを与えたいのだろう? それとも彼が捜査に有益な情報うを提供し、テロ事件の解決に尽力したという事実を積み上げて、彼の逮捕を間逃れさせようとしているのか? そんなことは、いくらやっても無駄だ。衛宮蔵人は逮捕され、裁判を受ける。今度は誰もあの男を庇えない」

 

 はっきりと断言した巻波は、響を睨みつけた。

 

「私も、一つはっきりと言っておきます。私はかつてのパートナーだったという下らない理由で、彼を保護すべきだなんて提案をしているのではありません」

 

 響も巻波を睨みつけるように見た。

 そして声音を強めて続けた。

 

「衛宮蔵人の証言は捜査の役に立ち、鈴木一郎はテロリストに命を狙われている。我々が彼らを保護するには、十分な理由です。捜査に余計な勘繰りを持ち込まないでください」

「余計な勘繰りか? 君はプライベートでも衛宮蔵人のパートナーだったと記憶しているが――私の勘違いだったか?」

 

 その言葉に、響直海は苛立ちと不快感を露わにした。

 

「いい加減にしろ。二人とも感情的になるのは止めろ」

 

 見ていられないと割って入ったのは敷島だった。

 敷島は意見を譲らない二人を見て溜息を吐き、そして判決を言う裁判官にでもなって気分で口を開いた。

 

「二人に迎えの捜査官を送る。ただし、保護ではなく身柄の拘束だ。協力者としてではなく、あくまでも容疑者として連行する。それで文句はないな?」

 

 敷島は二人を見て尋ねた。

 

「室長がお決めになったのなら、私に異論はありません」

 

 巻波は再び感情を押し殺し、鉄面皮を被り直して頷いた。

 

「はい。それで構いません」

 

 響も小さく頷いた。

 

「で、誰を迎えに送る? うちも人手不足だ」

「不知火を迎えに行かせます。当人にはすでに状況説明を済ませており、衛宮蔵人の経歴を渡してあります」

「……不知火か? いいだろう。呼んでくれ」

 

 敷島が頷いて行った。

 

「入ります」

 

 響が内線で連絡を取ると、不知火は直ぐに会議室に現れた。

 

 短い黒髪の男性で、どことなく秋田犬を思わせる顔立ちと、筋骨隆々とした体躯。精悍さと若さが漲っていた。

 

 彼は警察の『特殊急襲部隊出身(SAT)』出身で――同じくSAT出身の響にスカウトされたという経歴を持っている。

 

「不知火、状況を理解できるな?」

「はい」

 

 不知火を静かに頷いた。

 

「衛宮蔵人の経歴は読んだな?」

「はい。元自衛隊の『特殊作戦群』所属。防衛駐在官の補佐官として中東国に派遣された際、反体制派が起こしたテロ事件後に自衛隊を除隊。その後、アメリカの民間軍事会社で傭兵として働き、各地の戦場へと派遣される。最前線に立つだけでなく、作戦の指揮官の経験もあり。二年前に敷島室長にスカウトされて戦略捜査室へ。そして、半年前のテロ事件後に退職。こんなの、まともな経歴じゃないですよ?」

 

 不知火は後で手を組んだまま言った。

 

「そうだ。衛宮蔵人は現場や戦場だけを渡り歩いて来ている。しかし、その腕は本物だ」

「ええ。殺し屋としても優秀でしょうね。この男はこの数時間で二十人近く殺している」

 

 敷島の言葉に、不知火は皮肉を添えて返した。

 

「油断はするなよ」

「言われるまでもなく分っています。こんな経歴を見せられたら、用心がいくらあっても足りないことは容易に理解できますよ」

「私からも一つ」

 

 巻波が口を開いた。

 

「不知火、お前の任務は証人の保護ではなく、容疑者の確保だという事を忘れるな。確保は手順通りに行え。妙な行動を取ったら構わず射殺しろ。この男は味方だろうと平気で殺す人殺しだ」

 

 その言葉に、敷島と響は表情を変えて巻波を見た。

 しかし、二人は言葉を呑みこんだまま何も言わなかった。

 

「了解しました。容疑者を確保した後、連絡を入れます」

「良し。これで会議は終了しよう」

 

 不知火の退室と共に、敷島が会議の終了を告げた。

 響は簡単な後始末を終えて会議室を出ると、不知火を追った。

 

「不知火」

「響さん?」

 

 出発前に装備を確認している不知火が振り返った。

 銃のマガジンをベストにしまいながら、「何か用か?」と首を傾げる。

 

「衛宮君のことで少し」

「安心してください」

 

 不知火は響の言葉を遮って続けた。

 

「巻波さんは何かあれば射殺しろなんて言っていましたが、そんなことにはなりませんよ。二人をしっかり保護してきます」

「いえ……私が心配しているのはあなたの事よ」

「自分?」

 

 不知火の顔には、あからさまな戸惑いと苛立ちが浮かんでいた。

 

 彼は警察の中でも特に過酷な訓練を受け、選抜された少数メンバーしか所属することができないSATの出身。その実力や技量に確かな自信とプライドを持っていた。事実、訓練の成績は誰よりも優秀だった。戦略捜査室の中では新人であったとしても、現場に出れば自分の右に出る者はないと言う自負と確信さえあった。

 

「ええ。衛宮君は……優秀過ぎる捜査官よ。特に現場では絶対に結果を出す。だから、彼を必要以上に刺激したり、対抗意識を燃やすようなことは絶対にしないで。良いようにコントロールされるわ」

 

 響の言葉を聞いて、不知火は吐き捨てるように「ハッ」と笑った。

 

「所詮、違法捜査や命令違反で出した結果でしょう? 殺すだけが取り柄じゃ……捜査官失格だ」

「不知火……良いから良く聞いて」

「聞くのは、響さんです。昔の男をずいぶん買い被っているみたいですけど……正直こんな男たいしたことないですよ。自分がしっかりと首に縄をつけて連れて帰ってきます」

 

 そう言うと、不知火は装備を纏めて容疑者の確保に向かって行った。

 

「くそっ」

 

 響は血が滲むくらい強く頭をかきむしり、反対の手の爪を噛んだ。

 指と爪の間から、うっすらと血が滲んでいた。

 

「ほんと……男って下らない奴らばっかね?」

 

 そして、響は舌打ちをしながら言った。

 

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