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iの終わりに~6話

iの終わりに(完結済み) 小説

第6話 お茶会

 

kakuhaji.hateblo.jp

 

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 屋根裏部屋に上がると、フィンは電気ケトルからお湯をティーポットに注いでいるところだった。彼女は、僕に席に着くように勧めた。

「今、茶葉を蒸らしているところだから、暫く待っていてくれる? 昼食でも食べていて」

 茶葉を蒸らしているあいだ、僕も彼女も無言のままで、二人そろってじっと砂時計の砂が落ちるのを見つめていた。

 砂時計の砂が全て落ちると、赤い液体を少し高いところから回すようにしてティーカップに注いだ。

「どうぞ。私はミルクティーにして飲むけど、あなたはお好きなように」

 僕も彼女にならってテーブルの上に置かれていたポーションのミルクと、ガラスの小瓶に入った角砂糖を一つ液体入れて、ソーサーの上に置かれていたティースプーンでかき混ぜた。ぐるぐる。

「この紅茶、僕のためにつくってくれたの?」

「別に、あなたのためじゃないわ。ただ、お茶にしようと思ったら下の階の電気がついていて、あなたのの呼ぶ声が聞こえたから、せっかくだからあなたも誘ってあげようと思っただけ。一人分つくるのも、二人分つくるのも同じようなものなのだから――かんちがいしないでよね」

 そっけなく既視感のある言葉を言って、フィンは紅茶を一口啜った。

鏡に映したように、僕も彼女と同じ行動を取った。

「おいしいね。紅茶なんて初めて飲んだけど、すごくおいしいよ」

「そう? 本当はね、カップにお湯を注いでいおいてあたためておくものだし、ミルクもポーションじゃなくてちゃんとした牛乳がいいんだけれど――まぁ、ここではこれくらいのものよね」

「僕にはじゅうぶんおいしく感じるよ。ああ、そうだ。昼食にサンドイッチをつくってきたから、良かったら一緒に食べようよ」

 僕は今朝つくったばかりの大量のサンドイッチを、紙袋の中から出して広げてみせた。

パン屋を襲撃して奪ったんじゃないかってくらいの量のサンドイッチが目の前に広がった。

「こんなに、たくさん?」

「妹も同じようなこと言ってたよ。冷蔵庫の中をひっくり返して使えそうな食材は全部サンドイッチの具にしたんだ。それに、もしもフィンが来たらおすそ分けしようって思ってたから――まさか、先に来てるなんて思わなかったけどね」

 彼女は僕をまじまじと見つめていた。

 僕はその沈黙を埋めるように続けた。

「何だか悪くない“マッド・ティーパーティ”になったね。さぁ、食べよう」

 そう言うと、彼女は興味津々といった感じで次から次にサンドイッチのラップを外して中身を確認していった。紅茶のいれかたはあんなにスマートだったのに、サンドイッチに関しては全くの初体験といった雰囲気だった。

「このゴムでできた浮き輪みたいなのは何かしら?」

「それは輪切りにしたオリーブだね」

「この油の絡まった赤い毛糸みたいなのは何かしら?」

「それはコンビーフだね」

「じゃあ、この爆発して飛び散った肉片みたいなのは何かしら?」

「それはアンチョビだね」

「では、この赤いぐじゅぐじゅのエイリアンの脳みそみたいなのは、いったい何かしら?」

「それはトマトだね。えっ、トマト知らないの?」

「たぶん」

 どうやら、彼女は凡そ食材と呼べるようなものに関しては無知のようだった。だけど、エイリアンのことは知っている。ずいぶん偏った知識なんだなと思った。

「食べてみてダメだったら他のサンドイットと交換しなよ」

「ええ、そうするわ。何だかこのままだと日が暮れてしまいそう」

 そう言うと、彼女は手に取ってみたサンドイッチ――カマンベールチーズとコンビーフ――を一口、小さな唇を開いて頬張った。

「おいしい」

 表情にこそ、その言葉のような変化は現れなかったけれど、少し目を見開いて驚いたように言ったその「おいしい」だけで、僕にはじゅうぶんだった。

「ねぇ、あなたのサンドイッチの具は何かしら?」

「ツナとマヨネーズ、それとアンチョビとゆで卵だね」

「これは」

「それはベーコン、レタス、トマト。俗にいうBLTサンドだね」

「ねぇ、お互いが食べるサンドイッチを半分ずつ交換しましょうよ。そうすれば、味の違うサンドイットがたくさん食べられるでしょう?」

 僕たちはお互いのサンドイッチを半分こにして食べた。

 フィンは妹と違って好き嫌いがなく、オリーブも、コンビーフも、アンチョビも全て平気で平らげ、新しいサンドイットを食べるたびに新しい発見があったように瞳を持ち上げて「おいしい」と、たった一言の簡潔なコメントを呟いた。

なかでも、「このつぶつぶの黄色いもの、すごくおいしい」――ホットドックを食べた時のこのコメントが最高だった。

「サンドイッチっておいしいものなのね。私、“砂でつくった魔女”みたいなものだと、ずっと勘違いしていたわ」

「そうなんだ。でも、“砂と魔女以外のものなら挟んで食べられるから”なんて名前の由来があるくらいだから、あながち間違ってないかもね」

 冗談を言っているのかな? とも思ったんだけど、そうでもなさそうなのでフォローを入れておいた。

「妹がいるの?」

「えっ? うん、まぁね」

 僕は咄嗟に今朝のやり取りを思い出しながら、曖昧な返事を返した。

「もしかして、あなたが言った“お互いに干渉しない、詮索しないって条約”に違反しちゃったかしら?」

 僕の表情の変化に気がついてか、彼女はそう尋ねた。

僕は首を横に振った。

たぶん、僕が彼女に告げた身勝手な不文律は、彼女のためじゃなくて、僕自身のために言った言葉なんだと――そう思って、自分の臆病さを思い知らされた。

「いや、別に条約に違反してもないし、そもそも、あんなの気にしなくていいよ。ただ、今朝妹と少し言い合いみたいなことになって、それを思い出したんだ」

「けんかしてしまったの?」

「喧嘩って程のものじゃないし、そもそも全部僕が悪いんだけどさ。僕さ、妹に心配とか迷惑をかけてばっかりなんだよ。だから、その埋め合わせをしたいんだけど、それがなかなうなくいなかくて、埋め合わせる前にまた心配をかけちゃうんだ。どこかを修理するたびに、別の場所が壊れていることに気がつくみたいな感じでさ、全くポンコツの自転車みたいなんだよ、僕って――」

 僕はいつも登校に使い、今朝も乗って来た自分の自転車のことを思い出した。

ポンコツだけど愛着はある。

「そんな必要、ないんじゃないかしら?」

 彼女は徐に口を開いた。自分でも確信を得ていない、曖昧な調子で。

「私には、妹がいないからよく分からないんだけれど、それが本当に大切な人なら、そんな必要はないんじゃないかしら? 埋め合わせる必要も、取り繕う必要もない。だって、大切な人がそばにいるというだけで、それは満たされているような気がするから」

 その言葉から、僕は目を背けそうになった。

 眩しすぎて目も合わせられない、そんな感じだった。

「余計なことだったわよね? 私、こんなふうに自分の考えをさも正しくて当たり前のことのように誰かに語っちゃうのって、本当にがっかりしちゃうの」

 僕はその眩しすぎる言葉と、真っ直ぐに向き合いたいと思った。

 

 

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