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マリーと魔法使いヨハン78話

078 オーディン・グラハ

 

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 第1話はこちらから読めます ↑

 

「ヨハン、無事だったのね」

 マリーは心から安堵するように、ヨハンに言葉を投げかけた。

「言っただろう、必ず迎えに行くって――――遅くなって悪かったね」

 マリーは無言で首を振った。

 マリーはヨハンが無事だったことに心から安堵し、そしてユダとヨハンが出会ってしまったことに、マリーは大きな不安を感じていた。

 マリーが感じた――――二人が出会ったとてつもなく不吉なことが起こるのでは、そんな不安は今までよりも更に大きくなっていた。

 どこかヨハンに――――そして、どこかユダに似通っている二人を見つめて、マリーの膨れ上がった不安が、今にもはち切れてしまいそうだった。

「さすがに、あなたを欺くことはできないか?」

 ヨハンは、ユダを見つめながら口を開いた。

「いや、まさかここまで辿り着くとは、感服したよ。だが――――」

 ユダは穏やかな笑みから一変し、妖しく瞳を輝かせ、禍々しい表情で言葉を続ける。

「私が、貴様とガラハッドの魔力の違いが見抜けぬとでも?」

「いや、あの時見せた光景で全員信じきると思っていたんだけれど――――そううまくはいかないか?」

「いや、あれは見事だった。あの一瞬でガラハッドと自分の姿を変え、我々に自分が気絶したように見せかける、まんまと騙されたよ。今この場で貴様が声を発しなければ、私は疑わなかったかもしれんな」

 ユダは笑みを浮かべました。

「ガラハッドは言葉の初めに“さて”をつける男だ」

 ユダは今までヨハンの姿をしていたガラハッドに視線を向けた。

「口癖か? 僕としたことが、変化の魔法を使う上での初歩的なミスを犯したな――――もっと彼を観察するつもりだったけど、こちらも余裕が無くてね」

「だが、貴様はここまで辿り着いた。いくつもの壁や困難――――私たちが放った数々の魔法や刺客をやり過ごし、今この場に現れた。そして、今“聖杯の乙女”の目の前にいる。それだけでも素晴しい」

 ユダは熱の帯びた口調でヨハンを見定めるように見据える。

「さすがは“大樹の魔女”の弟子――――ユグドレイシアは良い弟子を持ったな」

「それは、どうかな? 先生は一度も僕のことを出来の良い弟子とは言ってくれなかったから」

 ヨハンは過去を懐かしむように言った。

「ユグドレイシアは全てに厳しい女性だったからな、そう簡単には誉めては貰えぬだろう。私とて、彼女に讃辞をもらったこと数えるほどしかない。だが、眠りの魔法が得意なのはユグドレイシア譲りだ。ユグドレイシアの魔法は華麗の一言。それでいて、とても強力だった。私たちと同じ世代の魔法使いの中でも、群を抜いていた。そのマントも懐かしい、ユグドレイシアから受け継いだのか?」

 ユダも、ヨハンと同じく過去を懐かしむように言葉を紡いだ。

「ええ」

 ヨハンは素直に頷いた。

「あなたたちの話は、良く聞かされていました。特にあなたの話は――――“黙示の魔法使”いユダ。先生は、あなたほど魔法を使うことに長け、魔法使いを愛した魔法使いは存在しなかったと、そして“獅子の戦”を終戦まで運ぶことが出来たのはあなたのおかげだと、良く話してくれました」

 そこまで告げるとヨハンは言葉を置き、目を伏せた後にもう一度口を開いた。

「だけどユダ、あなたの話をする時、どうしてか先生の目が悲しそうなのは――――今、ようやく理解することができました」

「そうか、ユグドレイシアはそう言っていたか? 彼女は賢明で聡明な女性だったから、私の歩む道を理解することは無いだろう。だが、貴様はどうだ? アレクサンドリアの魔法使いヨハン――――“大樹”の名を継がず、二つの名を持たぬお前は、どうなのだ?」

 ユダは全てを見透かし、この世の理を全て理解しているように尋ねた。

「僕にだって、あなたたちの考えは理解できない」

 ヨハンは力強く否定の言葉を口にした。

「嘘だな」

 打てば響くように、ユダは言葉を一つ落とした。
 その言葉に、ヨハンは少なからず動揺していた。

「お前は理解しているはずだ? だから禁を犯してまで猫の体に、この世ならざる者の魂を定着させた。貴様が使った魔法が、一体どんなものか分からぬ訳でもなかろう? 貴様は理解しているのだよ。それも理性や本能から遠くかけ離れた、もっと本質的な部分で――――私たちの事を理解している。そう、その魂でな」

 ユダはヨハンの胸に視線を移し、言葉の矢でヨハンの魂を射抜いた。

「マリーは理解しているぞ? 貴様と同じように、魂で私たちのことを理解している。お前はどうなのだ?」

 ヨハンは、二人の男の間からマリーの顔を見つめた。
 マリーは複雑な表情でヨハンを見つめ、分からないと首を振った。

「やはり、ぼくには理解できない。確かに、僕は禁を犯してまでロキをこの世に繋ぎ止めた。それが一体どういうことか、理解をしているつもりです」

 ヨハンは自分の心にからみつくしがらみを振りほどくように、大声で言葉の続きを述べた。

「だけどあなたたちのやっていることは、明らかに魔法使いの理の一線越えてしまっている。僕ら魔法使いは自然に学び、己を見定め、全てを受け入れ、その上で全てを疑い――――この世の理の探求者にして、この世ならざる世の理解者のはずだ。あなたのやっていることは、そんな古の魔法使いたちのいしずえすら崩そうとしている」

 強く覇気のこもるヨハンの言葉を受け、ユダは苦々しく笑った。

「貴様は、見れば見るほど、そして聞けば聞くほどに――――昔の私に似ている」

 まるで自分で弟子を愛でるように、ユダは言葉を続ける。

「私も若い頃はそんなことを考えていた。過去の魔法使いや自然に学び、常に己と世界を見定め、理に身を委ねてきた。だが、その結果が“獅子の戦”だ」

 突然に声を荒げ、そして表情に深い影を落とし、ユダは体を震わせた。

「いいか、小僧――――あの戦争で、一体何人の魔法使いや魔女が死んだ? 一体どれだけの関係ない人間や、そうでないものが命を落とした? そして何故、“キャメロット”は消え去った? 全て魔法使いが起こしたことだろう? 私は今日まで魔法使いたちのために魂をすり減らせ、この呪いの体に苦しみながら働き続けてきた。私だけでは無い――――この空間にいる十二人と共にだ」

 ユダは円を作って静かに立ち尽くす十二人一人ずつに視線を配りました。

「だが、世界は何も変わらなかった。いや、変わらないどころではない、事態は刻一刻と悪化している。この瞬間にも、世界には再び暗い影が落ちている。何が原因か分かるか?」

 ユダはヨハンに尋ねる。
 しかしユダは、ヨハンの言葉を待たずに言葉を続ける。

「魔法使いだ。堕落した魔法使いたちが――――再びこの世界に影を落とそうとしているのだ」

 ユダは深い悲しみと激しい怒りの色を混ぜた口調で言う。

「一師一弟だった私たちの魔力と知識の伝達は、いつしか“世界政府”の運営する魔法学の学び舎にて、今日も出来の悪い魔法使いや魔女を量産し続けている。国の重要なポストには何人もの魔法使いがつき、今では魔法を学ぶことが出世への近道となる。そしてその魔法使いたちは、“ルーン文字”すらろくに読めぬまま一人前になり、己を知ることなく欲望のままに魔法を使い続ける。そして“バグラ”の発見と、“魔石機関”の発達は、事態を更に悪化させ、拍車をかけた。見ろ、この“アルバトロス”を――――こんなものが何百と量産され、世界の“魔法石”を全て発掘し尽くせば、必ず国同士で大きな争いが起こる。我々は終に、自らで世界を破壊させることの出来る“メギドの火”を手に入れた。今度は“獅子の戦”のような規模では済まんぞ。全世界を巻き込み――――そして、この星を壊すことになる」

 ユダは紅の瞳を鋭くし、しわがれた声は太く、その感情は激昂していた。

「止めねばならんのだよ――――この今も続く“獅子の戦”を。まだあの戦争は終わってはいない。第二の“キャメロット”を生み出すわけにはいかないのだ」

「だから――――」

 それを聞いたヨハンも声を荒くした。

「あなたたちは“グラール”をそそのかし、そして“ヴァルハラ評議会”のオーディン・グラハを脅迫してまで、戦争を起こしたのか? オーディン・グラハは絶対に武力での解決を望まなかったはずだ? 彼の考えは常に魔法使いと世界の平和に尽力を注いできた。それに、あの“異大陸”に住む罪の無き人たちのことを何も考えなかったのか? あれこそ、第二の“キャメロット”じゃないのか」

 ヨハンは湧き上がる怒りを、込みあがる悲しみを押さえ込み、必死に理性を保っていた。

 ヨハンのまぶたの裏には、“バグラ”で見た悲惨な光景が蘇った。そして、ヨハンは今すぐにでもユダに飛び掛りたい衝動にかられていた。しかし、ヨハンはその衝動を押さえ込み、握った拳に力を込めてその場に踏み止まっていた。

 そんなヨハンの心の内を知ってか、マリーはとても苦しそうにヨハンとユダの二人を見つめた。

「綺麗事では何も解決できないのだよ。詭弁では、誰も救えないのだ。貴様はまだ若い。だから、まだ力の仕組みを知らないのだ。力には因果がある――――因があれば、それに報で応えるのはこの世の道理。何かの犠牲なくしては、何も得ることはできない」

「だから、あの土地の人々を殺したのか? 何百何千という人たちを――――女性や、子供を、見境無く。そして――――」

「――――黙れ小僧」

 ユダはヨハンの言葉に激しく激昂し、ヨハンの言葉を遮った。

「私たちが何十年、魔法使いと平和のために尽くしてきたと思っている? もう私たちには、これしかないのだ。先程、貴様が言っていただろう? “ヴァルハラ評議会”――――そしてオーディン・グラハは、魔法使いと平和の為に尽力を注いで来た、と。その通りだ、魔法使いの戦闘を禁止した“マーリン条約”も、魔法使いを律するための“魔法律”も、そして“バグラ”に派遣した“ケルビム調査団”も――――全ては平和の為に創り出した」

「何を言っているんだ? あなたが“マーリン条約”や“魔法律”を?」

 ヨハンは困惑を表情に浮かべた。

「貴様は我々がオーディン・グラハを脅迫し、監禁して――――“バグラ”への侵攻に調印させたとでも思っているのだろう? だが、違うぞ小僧――――我こそが、オーディン・グラハなのだ」

「あなたが――――オーディン・グラハだと?」

 ヨハンは全身が粟立つのを感じ、体中を不吉な何かがさっと通り抜けたような感覚に陥った。

「そう、私こそが――――魔法使いの権利のために戦い、決して武力や魔力での解決を望まぬ、厳かなる法のモノリスにして、全ての魔法使いの大いなる盾。我こそが、オーディン・グラハなのだ」
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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