マリーと魔法使いヨハン74話
074 魔法使いと騎士
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ガラハッドと名乗った男は、被っているフードを徐に外した。
そのフードの下から現れたのは、ヨハンとさほど年の違わぬ少年の顔だった――――髪は燃えるような赤毛、肌は褐色、人当たりのよさそうな表情を浮かべ、口元には緩るい笑みをつくっていた。しかし、その瞳は血のように赤く、瞳の奥では真紅の炎が儚げに輝いていた。
ガラハッドはヨハンが警戒を強める距離の一歩手前で足を止めた。
「さて、君がアレクサンドリアの魔法使いヨハンだね? ヘイムデイルやランスロットに話を聞いているよ」
無言で話を聞くヨハンに、ガラハッドは言葉を続ける。
「ああ、ランスロットは君を影で飲み込んだ男さ。気を悪くしないでくれ、あれも悪気があったわけじゃないんだ。それよりmヘイムデイルから一本取るなんて流石だ、彼はあれでもなかなかのナイトなんだよ」
更に言葉を続けようとするガラハッドに、ヨハンは針のような沈黙で答えた。
「さて、そんな話を聞く暇はない――――と言った顔だね」
急にガラハッドの言葉が筋肉に力を入れたように引き締まり、重圧がヨハンに降り注いだ。
「僕は、君の相手をするように命じられてね。と言うよりも、自ら志願したような形なんだけれど、それには二つ理由がある――――」
ガラハッドは、黙るヨハンに二本の指を立てた。
「一つは――――僕らテンプルナイトは多勢に無勢を好まない。だから常に戦いは一対一だ。要するに、君の相手には、テンプルナイトで一番の実力者である僕が適任と言う訳だ」
ガラハッドは指を一つ折った。
「だけど、前者はさほど重要じゃない。重要なのは二つ目だ――――僕は、昔から無益な争いが嫌いなんだ。なるべくなら、人の死は見たくないし、僕自身も人を殺めたくない。だから、僕は人を殺めずに眠らせるのが得意なんだ。それに“聖杯の乙女”の頼みで――――君を殺すなと言われている。だから、結局のところ僕が一番の適任なんだ」
ガラハッドはもう片方の指を折った。
「さて、ヨハン――――ここは大人しく僕に捕まってくれないか? 別に、僕らは“聖杯の乙女”や君に危害を加えるつもりは毛頭ないし、“聖杯”さえ手に入れば、君たちを無事に帰すと約束する。だから、ここは大人しくしてくれ」
「そうか、どうやらマリーは丁重に扱われてるようだね?」
ガラハッドの言葉を遮り、ヨハンは笑みを浮かべた。
「それだけでも、君の退屈な話を聞いたかいがあったと言うものだ。ガラハッドって言ったかい? 君は人を眠らせるのが得意らしいね? 君のその話しぶりだと、納得できるよ。だけど、実は僕も人を眠らせるのが得意なんだ」
ヨハンは、悪戯っぽく口の端を吊り上げた。
「僕の場合は、もちろん魔法で眠らせる訳だけどね」
ヨハンは腰の鎖から音符のアクセサリーを取り外し、素早く手の中で笛に変えた。
「それがヘイムデイルを眠らせた魔笛か? さて、ヨハン――――残念だ」
「ああ大いに残念だ」
ヨハンは、ガラハッドの言葉を掻き消すように、言葉に力を込めて言葉を続けます。
「どうやら、君たちは僕の覚悟を侮っているようだね? 僕はここまで辿り着くために、あらゆる手を尽くしている。僕以外のもの危険にさらして、そして最愛の友まで失っているんだ」
ヨハンはその表情を、まるで胸を刺されたように歪めた。
「おとなしく捕まれだって、笑わせるなよ。僕は、何に代えてもマリーを助け出す――――そして、聖杯を君らの手には渡さない。そのためには、僕は君の命だって奪おう。それが、マリーを救うために必要な手段ならば」
凄みのあるヨハンの言葉を受け、ガラハッドは落胆したように肩を落とした。
「どうやら、僕は大きな過ちを犯したようだ? すまない、ヨハン、あなたの覚悟を僕は見抜けなかった――――騎士の恥だ」
ガラハッドは頭を深く下げた。
「だが、どうか許して欲しい――――」
そして、再び顔を上げた時のガラハッドからは今までの軽快な表情は消え去り、鬼気迫る形相がヨハンを睨みつけていた。
「その代わり――――僕も君を殺す覚悟で相手をしよう」
そう告げると、ガラハッドは白のローブを翻し、腰の鞘から剣を抜いた。そして三時の橋から中央の広いスペースへと、剣を構えたままゆっくりと足を進める。
一方ヨハンは、ガラハッドが近づく度に緊張を強め、覆いかぶさるような重圧を感じていた。
そしてガラハッドは、ヨハンが立っている中央の広いスペースまでたっぷりと時間をかけて辿り着くと、ゆっくりと剣を上段に構えてみせた。
ヨハンも握った笛を胸元の高さまで上げる。
暫く、二人はそのままの体制で睨みあい――――まるで空間をそこだけ切り抜いたかのように、ピタリと動かなくなった。
「さて」
沈黙を破ったのはガラハッドだった。
「このままでは退屈だ――――どれ、僕のほうから行かせてもらおう」
その言葉と共に、ガラハッドは俊敏に行動に出た。
僅か一歩で剣の届かぬ間合いから、ヨハンの懐まで一瞬で距離を縮め――――ガラハッドはそのまま剣を高速で振り下ろす。
右肩から左脇に向けて斜めに振り降ろされる斬撃に、ヨハンは身を翻して、皮一枚の距離で剣を避けるが、ガラハッドの高速の斬撃は止まらず、身を翻したヨハンに、そのまま剣を引いて横一文字――――ヨハンを胴から真二つにしようと剣を振り抜く。
ヨハンは瞬間的に身を屈め、地面を蛙のようにへばりついて何とか斬撃をやり過ごす。しかし、身を屈めるタイミングが少し遅く、ヨハンの美しい銀の髪が何本か宙に舞うと、ヨハンはそれを未練たらしく眺めた。
「――――やるっ」
そんなヨハンを尻目に、ガラハッドは笑みを浮かべて声を上げ、そして次の斬撃を入れようと剣を逆手に持ち替え、地面をすくうように剣を振り上げる。
ヨハンはそれをバク転して躱し、そのまま宙を舞うように飛び上がると、九時の橋に着地した。
ガラハッドは表情を少しも変えずにそれを見届けた後、再びゆっくりヨハンに向かって足を進めました。
ヨハンは寒気にも似た戦慄を感じ、体には嫌な汗を大量にかいていた。
ガラハッドは橋に差し掛かる手前で足を止め、獲物を狙う鋭い鷹の目つきでじっくりとヨハンを見据えた。それは、いつかの夜に対峙した騎士――――ヘイムデイルとよく似た、身も凍るほどに恐ろしい目をしていました。
そのフードの下から現れたのは、ヨハンとさほど年の違わぬ少年の顔だった――――髪は燃えるような赤毛、肌は褐色、人当たりのよさそうな表情を浮かべ、口元には緩るい笑みをつくっていた。しかし、その瞳は血のように赤く、瞳の奥では真紅の炎が儚げに輝いていた。
ガラハッドはヨハンが警戒を強める距離の一歩手前で足を止めた。
「さて、君がアレクサンドリアの魔法使いヨハンだね? ヘイムデイルやランスロットに話を聞いているよ」
無言で話を聞くヨハンに、ガラハッドは言葉を続ける。
「ああ、ランスロットは君を影で飲み込んだ男さ。気を悪くしないでくれ、あれも悪気があったわけじゃないんだ。それよりmヘイムデイルから一本取るなんて流石だ、彼はあれでもなかなかのナイトなんだよ」
更に言葉を続けようとするガラハッドに、ヨハンは針のような沈黙で答えた。
「さて、そんな話を聞く暇はない――――と言った顔だね」
急にガラハッドの言葉が筋肉に力を入れたように引き締まり、重圧がヨハンに降り注いだ。
「僕は、君の相手をするように命じられてね。と言うよりも、自ら志願したような形なんだけれど、それには二つ理由がある――――」
ガラハッドは、黙るヨハンに二本の指を立てた。
「一つは――――僕らテンプルナイトは多勢に無勢を好まない。だから常に戦いは一対一だ。要するに、君の相手には、テンプルナイトで一番の実力者である僕が適任と言う訳だ」
ガラハッドは指を一つ折った。
「だけど、前者はさほど重要じゃない。重要なのは二つ目だ――――僕は、昔から無益な争いが嫌いなんだ。なるべくなら、人の死は見たくないし、僕自身も人を殺めたくない。だから、僕は人を殺めずに眠らせるのが得意なんだ。それに“聖杯の乙女”の頼みで――――君を殺すなと言われている。だから、結局のところ僕が一番の適任なんだ」
ガラハッドはもう片方の指を折った。
「さて、ヨハン――――ここは大人しく僕に捕まってくれないか? 別に、僕らは“聖杯の乙女”や君に危害を加えるつもりは毛頭ないし、“聖杯”さえ手に入れば、君たちを無事に帰すと約束する。だから、ここは大人しくしてくれ」
「そうか、どうやらマリーは丁重に扱われてるようだね?」
ガラハッドの言葉を遮り、ヨハンは笑みを浮かべた。
「それだけでも、君の退屈な話を聞いたかいがあったと言うものだ。ガラハッドって言ったかい? 君は人を眠らせるのが得意らしいね? 君のその話しぶりだと、納得できるよ。だけど、実は僕も人を眠らせるのが得意なんだ」
ヨハンは、悪戯っぽく口の端を吊り上げた。
「僕の場合は、もちろん魔法で眠らせる訳だけどね」
ヨハンは腰の鎖から音符のアクセサリーを取り外し、素早く手の中で笛に変えた。
「それがヘイムデイルを眠らせた魔笛か? さて、ヨハン――――残念だ」
「ああ大いに残念だ」
ヨハンは、ガラハッドの言葉を掻き消すように、言葉に力を込めて言葉を続けます。
「どうやら、君たちは僕の覚悟を侮っているようだね? 僕はここまで辿り着くために、あらゆる手を尽くしている。僕以外のもの危険にさらして、そして最愛の友まで失っているんだ」
ヨハンはその表情を、まるで胸を刺されたように歪めた。
「おとなしく捕まれだって、笑わせるなよ。僕は、何に代えてもマリーを助け出す――――そして、聖杯を君らの手には渡さない。そのためには、僕は君の命だって奪おう。それが、マリーを救うために必要な手段ならば」
凄みのあるヨハンの言葉を受け、ガラハッドは落胆したように肩を落とした。
「どうやら、僕は大きな過ちを犯したようだ? すまない、ヨハン、あなたの覚悟を僕は見抜けなかった――――騎士の恥だ」
ガラハッドは頭を深く下げた。
「だが、どうか許して欲しい――――」
そして、再び顔を上げた時のガラハッドからは今までの軽快な表情は消え去り、鬼気迫る形相がヨハンを睨みつけていた。
「その代わり――――僕も君を殺す覚悟で相手をしよう」
そう告げると、ガラハッドは白のローブを翻し、腰の鞘から剣を抜いた。そして三時の橋から中央の広いスペースへと、剣を構えたままゆっくりと足を進める。
一方ヨハンは、ガラハッドが近づく度に緊張を強め、覆いかぶさるような重圧を感じていた。
そしてガラハッドは、ヨハンが立っている中央の広いスペースまでたっぷりと時間をかけて辿り着くと、ゆっくりと剣を上段に構えてみせた。
ヨハンも握った笛を胸元の高さまで上げる。
暫く、二人はそのままの体制で睨みあい――――まるで空間をそこだけ切り抜いたかのように、ピタリと動かなくなった。
「さて」
沈黙を破ったのはガラハッドだった。
「このままでは退屈だ――――どれ、僕のほうから行かせてもらおう」
その言葉と共に、ガラハッドは俊敏に行動に出た。
僅か一歩で剣の届かぬ間合いから、ヨハンの懐まで一瞬で距離を縮め――――ガラハッドはそのまま剣を高速で振り下ろす。
右肩から左脇に向けて斜めに振り降ろされる斬撃に、ヨハンは身を翻して、皮一枚の距離で剣を避けるが、ガラハッドの高速の斬撃は止まらず、身を翻したヨハンに、そのまま剣を引いて横一文字――――ヨハンを胴から真二つにしようと剣を振り抜く。
ヨハンは瞬間的に身を屈め、地面を蛙のようにへばりついて何とか斬撃をやり過ごす。しかし、身を屈めるタイミングが少し遅く、ヨハンの美しい銀の髪が何本か宙に舞うと、ヨハンはそれを未練たらしく眺めた。
「――――やるっ」
そんなヨハンを尻目に、ガラハッドは笑みを浮かべて声を上げ、そして次の斬撃を入れようと剣を逆手に持ち替え、地面をすくうように剣を振り上げる。
ヨハンはそれをバク転して躱し、そのまま宙を舞うように飛び上がると、九時の橋に着地した。
ガラハッドは表情を少しも変えずにそれを見届けた後、再びゆっくりヨハンに向かって足を進めました。
ヨハンは寒気にも似た戦慄を感じ、体には嫌な汗を大量にかいていた。
ガラハッドは橋に差し掛かる手前で足を止め、獲物を狙う鋭い鷹の目つきでじっくりとヨハンを見据えた。それは、いつかの夜に対峙した騎士――――ヘイムデイルとよく似た、身も凍るほどに恐ろしい目をしていました。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。