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マリーと魔法使いヨハン61話

061 冷酷で狡猾な魔法使い

 

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「すげぇ」

 突然マッドが声を上げた。

「あれが、グランド・エア?」

 ニーズホッグのメンバーは、雲の上に現れた“大きな螺旋”に瞳を奪われ、次々に歓喜の声を上げた。まるで全てを吸い上げ、その全てを星の外に送り出しているかのようなその竜巻は――――ここに集まっている全員の、いや、見るもの全ての心すら、飲み込み、巻き込んでしまうかのように見えた。

「これが大いなる空――――グランド・エア?」

 チェシャが感動のあまり声を漏らした。

「伝説の空に俺たちがいるんだ」

「ヒャッホー」

 そして、皆が次々と声を上げました。

「おいっ、お前ら―――」

 ホズが騒ぎ始めるメンバーを静めようと声を上げるが――――

「いいんだ」

 と、ヨハンはホズを制止した。

「飛空挺乗りだけでなく、魔法使いにも伝わる伝説。偉大なる空――――グランド・エア。全てを星に返す空。そして彷徨える魂を、星へと返す神の馬――――スレイプニル。こんな偶然があるだろうか?」

 ヨハンは高鳴る胸の鼓動に、自然とその言葉にも熱が入った。

「偉大なる空とスレイプニルは――――表裏一体。スレイプニルが、運ぶ魂を星へと返す。まるで星の儀式だな? これが、星の大いなる力――――この力からみれば、僕ら魔法使いの力など、どれほどちっぽけなものだろうか? なぁ、ホズ」

 ヨハンは興奮した表情で、ホズに視線を向けた。

「これが騒がずにいられるかい? この僕でさえ、興奮しているよ」

 ホズも、グランド・エアに釘付けになっていた。しかし、それはホズだけではなく、トールを含めたニーズホッグのメンバーの全員も身を乗り出し、グランド・エアに視線を注いで、その壮大すぎる光景に魅入られていた。

 おそらく誰がこの場にいても、この光景に瞳を奪われない人間はいなかっただろう――――それほどまでにこの光景は美しく、まるで心の奥の一番深い所を直接揺さぶられるような、そんな衝撃的な光景だった。

 しかし皆が浮かれていると、その興奮を冷ますように、冷静な声が船内に響きました。

「伝説の空に感動いているところ悪いが――――グランド・エアにばかり目を奪われていると、肝心のアルバトロスを見落とすぞ」

 ロキの言葉を聞いて、全員がまるで頬を平手で打たれたように表情を変えた。

「あそこか?」

「ああ、そのようだ」

 ヨハンの言葉に、ロキは静かに頷いた。


 アルバトロスはクライストの正面右斜め――――雲の平地が山のように盛り上がった陰を、隠れるように飛んでいた。

「ヘア――――距離は?」

「あと四十で、ちょうど六百です」

「よし、そのままだ」

「だけど、兄貴―――あいつら、グランド・エアに向かってませんか?」

 ヘヤの言葉に、操船室の皆が顔を顰めてアルバトロスを睨みつけた。
 確かに目視で確認できる限りは、アルバトロスは真っ直ぐにグランド・エアに向かっているように見えた。

「ハンプティ――――アルバトロスの進路は?」

「アルバトロスは、あと百五十でグランド・エアの中心へと到着する予定です」

 その言葉に、皆の顔が歪んだ。

「あの中心に――――自殺行為なんだな?」

 マウスが、嘆くように言葉を発した。

ダンプティ――――グランド・エアの中心座標を出してくれ。それと、グランド・エアが起こっている地表も」

「了解です」

 ヨハンの言葉に、ダンプティは素早く計算を始めた。

「僕の考えが正しければ――――」

 ヨハンは神妙な面持ちで呟いた。

「出ました―――――グランド・エアは、キャメロットのちょうど上空です。その中心の直径は、キャメロットの全域をすっぽり覆っています」

「やはり」

 ヨハンは頷いた。

「兄貴、一体何が起こっているんですか?」

 あまりにも想像の範疇を超える事態に、ホズは当惑してヨハンにその意味を問いただしいた。

「分からない」

 ヨハンは首を振る。

「これが、神のはかりごとなのか――――悪魔の策略かは、分からない」

 ヨハンはそこで言葉を止めて、もう一度グランド・エアに視線を移した。

「――――まさか、“聖杯”が呼んでいるのか?」

 ヨハンは暫く黙り、一人物思いに耽った。

 しかし、その沈黙に終止符を打つように翡翠の瞳は強く輝かせると、ヨハンは口を開いた。

「さて、僕はアルバトロスに侵入する準備にかかろう――――船底のハッチから空に出るから、いつでも出られる用意をしておいてくれ」

「了解」

 ヨハンの言葉を受けて、いよいよかとニーズホッグのメンバーは緊張を走らせた。

「それと、クライストには近くの町に辿りつけるぐらいの魔力は注ぎ込んである――――この空域を抜けて、うまくどこかの町に着陸してくれ」

 ヨハンの言葉を聞いて、ニーズホッグのメンバーは驚いたように目と口を大きく開いた。

「それと、この件は魔法使いのヨハンに操られたとでも言えばいい。あとは、国家魔法使いのアンセムが何とかしてくれるだろう」

 大したことでもない様に告げるヨハンに、ホズは怒りを露わにして詰め寄った。

「兄貴、俺たちの魂を預けてくれって言ったじゃないですか? それなのに、兄貴のせいにしろなんて、できないっすよ。兄貴が無事にアルバトロスから出てくるまでおいらたちは、この空で待ってます」

 ホズだけでなく、他のメンバーも大声を上げて抗議をはじめた。

「――――お前たち?」

 それを聞いたヨハンは、表情を厳しくして言葉を続けた。

「何か勘違いしているんじゃないかい、僕が君たちの身を案じて言っていると思っているのか? 足手まといなのさ、君たちがこの辺をうろうろしていたら。僕の魔法と知力なら、マリーを救出して逃亡するぐらい分けはないだろう。だから、君たちの役目はもう終わりだ――――僕の邪魔をせず、素直に帰ってくれ」

「そんな、兄貴」

「君たちには感謝しているよ。だから、おとなしくしていてくれ」

 ヨハンの言葉に納得できず、捨て犬のような瞳でヨハンを見つめるニーズホッグのメンバーたちを見て、ふんぞり返った椅子の上で静かに黙っていたトールが、大きな口を開いた。

「要するに――――こいつもただの魔法使いってことよ」

 トールは吐き捨てるように言って、言葉を続ける。

「利用するだけ利用して、用が済んだら直ぐ用済み――――魔法使いの常套手段じゃねぇか? こいつも、そんな魔法使いどもと変わらねぇのさ」

 トールの言葉を聞いて、ヨハンは口の端を吊り上げてみせた。

「さすがトール、魔法使いを良く知っているね? 君の言う通り、魔法使いはとは冷酷で狡猾なものさ。僕とて、例外ではない。さて――――」

 ヨハンはきびすを返して、ニーズホッグのメンバーに背を向けた。

「僕は、もう行くよ。後は君たちに任せよう。一瞬でいい、アルバトロスに入ってるだろう、魔力の防御幕に突っ込んでくれ。その隙に、僕は出る――――」

「ああ、お前からの最後の仕事だ――――抜かりなくやるさ。それに、これからはもう無茶な頼みごとがないと思うと、気が楽だぜ」

 トールは剣呑な表情、そして尖った口調でヨハンにそう告げた。

「確かに。また出会えるなら――――どこかで会おう」

 それだけを告げると、ヨハンは足を進めて操船室を後にした。

「ずいぶん手厳しいな?」

 操船室を出て直ぐ、ぐったりと壁にもたれ、手のひらで顔を覆うヨハンにロキは言った。

「ああ、確かにね。だけど、これでいい――――」

 ヨハンは姿勢を正し、再び足を進めました。

 偉大なる空に向けて。

「――――これからは、僕の舞台だ」
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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