葛城素子は執務室の席に座り、この事態を見守ることに終始していた。
否、それ以外にできることは何一つなかった。
その背に背負った日の丸の重みを感じながら、今日一日で起こった事件や攻撃のことを思い、胸を痛めていた。
全ての対策や対応が後手に回っていた。
自分の下した決断の数々が間違いだった。
テロ対策関連法案を審議した際、反発をする野党や世論の声に耳を傾けるのではなく、現場で仕事をしている人間の声に耳を傾けるべきだったと後悔していた。
国家安全保障局や戦略捜査室にもっと強い権限を与え、強制的な捜査権も含めてテロ攻撃に対して万全の対策を取っていれば、今日起きた事件の幾つかは防げていたのかもしれない。
そう考えると、葛城素子は自責の念に駆られずにはいられなかった。
内閣総理大臣の椅子に座った時、この国の国民を守ると誓ったはずだった。
自分にはそれができると信じていたが、それが幻想にすぎなかったことを思い知らされていた。この椅子に座るという事の本当の意味を、自分は何一つわかっていなかった。
内閣総理大臣の地位に立という事の本当の意味を、葛城素子はようやく理解していた。
テロ攻撃を受け、未曽有の危機に直面することで、否が応でもそれを理解させられた。
しかし、この内閣総理大臣の何と無力なことか?
葛城素子は拳を握って執務机を強く叩いた。
テロリストが我が国の無人機を強奪し、今も国民を人質に取っているのに何一つ手を撃てず、ただテロリストがこの国から去ることを願っている。
それも、その逃亡に全面的に協力して。
テロリストとは交渉しない。
これまで我が国の理念や方針を何度となく力強く口にしてきたが、今日ほどその言葉が虚しく響いたことは無かった。
結局のところ、強大な力――それも圧倒的な暴力の前では、どのような理念や方針も無力なのだと思い知らされた。
「首相、よろしいですか?」
執務室に鴻上が現れうやうやしくお伺いを立てた。
その蒼白とした顔を目にした瞬間、彼女はこれが悪いニュースであることを理解した。
「何かありましたか?」
「はい。アメリカ合衆国大統領がテレビ会談を要請ております。それも……緊急とのことです」
「ジュリアが?」
葛城首相はアメリカ合衆国大統領をファーストネームで呼び、怪訝な表情を浮かべた。
「はい。こちらの準備はすでに整っており、大統領はすでに階段の席に着かれております」
「要件は分りますか?」
「残念ながら……緊急の用事としか」
鴻上は困ったように額に手を当てた。
「間違いなくテロ事件に関してですね?」
「おそらく……」
「分りました。直ぐに会談を始めましょう」
葛城素子はそう言って立ち上がった。
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