「見つけた。アラン・リーだ」
一郎は、ようやく目的の人物を見つけ出すことに成功した。
ホテルの監視カメラ映像の中から、髪の毛を金色に染めた青年を見つけ、フルクラムから提供された情報とすり合わせた結果――彼がアラン・リーであると判明した。
長身でニキビ面の青年は、アメフトのゲームシャツにダボついたジーンズというラフな格好で、まるで旅行中の外国人観光客のように見えた。
「部屋番号は分ったか?」
「いや、そこまでは分らない。けど、監視カメラで追跡してる」
一郎は監視カメラの映像を次から次へと追いながら、目的の人物を逃がさないように目を光らせた。
「奴の現在の居場所は?」
「二階の売店にいたけど、今はエレベーターに向ってる。おそらく部屋に戻るんだろう」
「そうか、そのまま追跡を続けてくれ。ホテルまでは後五分で到着する」
「別のやり方で部屋番号を割り出してみるよ。フロントの宿泊者リストの中から外国人だけを抽出して、その中で偽名を使っている可能性のある人物を探してみる」
衛宮は一郎の手際の良さに驚きつつ、釈然としない気持ちで口を開いた。
「……イチロー、それだけの技術や知識があって、どうしてあんな会社で下らな雑用みたいな仕事をしていたんだ?」
そう言われた一郎は顔を上げ、突然何を言い出すんだと言わんばかりの表情を浮かべた。
「こんな技術や知識……犯罪にしか使えないだろう?」
「そんなことないだろ? いくらでも使い道はあるはずだ。僕が所属していた戦略捜査室でさえ、お前ほどの腕を持った分析官は数えるほどだった」
「お前みたいな、本当に特別な人間にそんなことを言われるなんて……思ってみなかったよ」
一郎は困ったように笑った後、言葉に詰まったように両手を宙で遊ばせた。
「でも……俺は本当に下らない平凡な人間なんだ。就職するのにだって五十社以上の不採用通知が届く始末だし……一生懸命やってみたけど……それでも派遣社員が関の山だった」
「それは、会社や上司がお前の実力を正当に評価していないからだろ? それに、お前が自分の能力を見せつけないからだ」
「俺は、お前みたいに自分の能力に自信がないんだよ」
一郎は溜息交じりに続けた。
「そもそも……俺は自分の実力や能力を示したり、自分を売り込んだりすることが大の苦手なんだ。プレゼンみたいなものは……クソ喰らえだ。俺は自分を良く見せたり、正しく見せたりしようとすると……最悪な気分になる。だから面接にだって落ちるし……どれだけ仕事をしても正当に評価されもしない。分ってるんだ……主張しない自分が悪いって。俺はもっと自分の意見を言うべきなんだって……だけど、どうしても俺は自分を主張することができなんだよ」
一郎は今にも泣き出しそうな情けない顔で本音を暴露した。
「情けないって思うだろ? 自分でもそう思うよ……俺は本当にダメな奴だなって。でも、今さら自分を変えるなんてできない。これが俺なんだ」
「いや、僕はそんなふうには思わない」
衛宮は首を横に振って続けた。
「僕がこの国を守りたいと、この国の人たちを救いたいと思うのは――お前みたいなやつがたくさんいるからだ」
「俺みたいな奴がたくさんいるから?」
一郎は衛宮の言葉を意味を尋ねた。
「お前は言ったな――僕に、どうしてテロ防ぐためにそこまでするのかって? この国には、お前みたいな不器用な奴がたくさんいるからだよ。自己主張が下手くそで、自分を表現することが苦手な人たちが、謙虚で、勤勉で、献身的な人たちが――この国にはたくさんいる」
衛宮は友人に語りかけるように言って続けた。
「もちらん、僕はその姿が必ずしも正しいとは思わない。自分の考えや意見を表明したり、表現したりして、自分の待遇や環境を変えていくことが本質的に正しいと思っている。でも、多くの人はそれができずに、苦しんだり悲しんだりしていてる。イチロー、お前みたいにな。僕はそんな人たちを守りたいんだ」
「謙虚で、勤勉で、献身的な……人たち?」
一郎はその言葉をはじめて聞くように繰り返した。
「まぁ、お前は必ずしも謙虚で勤勉ってわけでもないし、献身的なわけでもない。それに犯罪者でもある」
衛宮は冗談めかせた後、バックミラー越しに一郎を見つめた。
「僕は自衛隊を除隊した後、海外の『民間軍事会社』で働いていた。世界各地の戦場を転々とした。テロや紛争というものに深く関わって、そこで兵士として戦ってきた。この世の地獄とも思えるような光景を、僕は何度も目にしてきた。それでも彼らは戦い続けるんだ。何でだか分るか?」
一郎は突然尋ねられ、分らないと首を傾げた。
「イチロー、窓の外を見てくれ――」
「窓の外?」
一郎は窓の外に目を向けて、流れる景色を見つめた。
「これだ?」
「これ?」
一郎は窓の外景を見たまま言った。
「彼らが獲得したかったものが、手に入れたいと願っている物が――この窓の外には全てある。平和であるという事。飢える国民がいないという事。路上で生活する子供がいないという事。丁寧に整備されたインフラがあるという事。国民の全員が高い水準の教育を受け、文字を書き、計算ができるという事。高いモラルと教養を持ち合わせているという事」
衛宮は遠い異国での激しい戦いを思い浮かべ、一つ一つの言葉を噛みしめながら続けた。
「たくさんの国が、長い間戦い続けても得られなかった多くのものが――この日本という国には全てあるんだ」
一郎は衛宮の言葉に耳を傾けながら、衛宮の言う全てがあるとあるという街並みを眺め続けた。
一郎の目には見なれた東京の街並みにしか見えず、今は混乱と恐怖に包まれた攻撃を受けた都市でしかなかった。
「そして、この国が獲得した多くのものは――イチロー、お前のような普通の人たちが創り上げ、支えてきたものだ。謙虚で、勤勉で、献身的な人たちが、必死になって守ってきたものだ」
衛宮は自分が守ると誓った普通の人を見つめて頷いた。
「確かに、僕は特別な人間かもしれない。確かに、僕は多くの人を守るために戦うことができる。だけど、それはお前たちのような普通の人たちが――この国を創り、支えているからだ。僕が特別になれるのは、お前たち普通の人たちがいるからなんだ。誰しもが、守るものもなく戦う事なんてできない。そんなことができるのは、殺戮のため機械だけだ」
「俺たちみたいな何でもない普通の人が……この国を創って、支えているか? そんなこと考えたこともなかったな」
一郎は驚いて言った。
そして、その胸の奥では込み上げてくる熱いものがあった。
涙を流しそうなくらい感動していた。
今までの自分の頑張りや働きの全てが――どうしてだか報われたような気がしていた。
意味のないガラクタみたいなコードの数々が、意味を持って動き出したうような気さえしていた。歯車がピタリと重なり合い、大きな唸りを上げて動き出したような気が。
「俺の人生は……意味の無いコードじゃなかったんだな? スパゲッティの皿から、俺は抜け出せるんだな」
一郎は小さく呟いた。
「ああ。だから、イチロー、お前たちは――これからもこの国を支えてくれ。お前たちのような人たちがこの国を支え続けてくれるなら、僕はこの国を守るために力を尽くせる」
「俺には、そんな実感はないけどな。それに、俺は無事にこの事件を乗り切れたら、絶対に今の仕事を辞めてやるんだ。働くのはしばらく休んでからだ」
一郎は気恥ずかしくなって冗談を言ってごまかした。
衛宮もにやりと笑みを浮かべた。
「好きにしろ。お前なら、どこでだって上手くやれるさ。それに、お前だって今は特別な人間だ。僕とお前だけが――今、このテロを止められる場所にいる」
一郎はその言葉に強く頷いた。
「ああ、分ってる。俺も全力でこの日本、この国の人たちを守るよ」
二人の乗った車は目的地の東京コンチネンタルホテルへと到着した。
この場所が――
テロ事件解決の最前線だと信じて。
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