川崎市と横浜市に跨るベイエリア。
埠頭、会社、工場、事務所、倉庫群、コンテナヤード、船舶など――身を隠すには打ってつけの一画であり、犯罪の温床になりやすり危険な地域だった。
ベイエリアの工場地帯。
海外のペーパー・カンパニーによって購入され、表向きは工場の倉庫として登録されている建物の中では――運び込まれた二人の男が後ろ手に縛られて放置されていた。
目を覚ました一郎は、全身を襲う痛みに身悶えた。上手く息ができず、空気を吸い込むたびに全身が悲鳴を上げた。
「――がはっ」
一郎の目の前には薄暗い空間が広がっていた。
冷たいコンクリートに横たわり、手と足を縛られていることしか分らなかった。
一郎は、「一体、何が起きているんだ?」と混乱した。そして、全身がひび割れているように痛む体を大きく動かし、拘束から逃れようともがいた。
「イチロー、暴れるな。後、大きな声を出すな」
後頭部の辺りから声が聞こえ、一郎はゆっくりと体を動かして反対側を向いた。
そこには、一郎と同様に地面に横たわっている衛宮の姿があった。彼も両手と両足を縛らていた。
一郎は衛宮の顔を見た瞬間、これまでのことを全て思い出した。
「ようやく目が覚めたみたいだな?」
衛宮は何事でもないような調子で尋ねたが、額からは出血をしており、口元も赤黒く染まっていた。
「体の調子はどうだ? 痛むか?」
「体中が鞭に打たれたみたいに痛い……後、息をするとひどく痛む」
「恐らく骨にひびが入ったんだろう? 見たところ重症じゃなさそうだし、あっても打撲ぐらいだから安心しろ」
「俺たち……どうなったんだ? これから……どうなるんだ?」
「犯人グループに捕まった。そして、これから口を割らされる」
「なっ、何か手があるんだろう? 俺たち、無事にここを逃げ出せるんだよな? なぁ……衛宮?」
一郎は事態の深刻さを知り、今にも泣きそうな声で尋ねた。
「無事に……とはいかないだろうな」
衛宮も深刻な表情を浮かべて苦い顔をした。
「いいか、イチロー? 今から僕の言う事を必ず守るんだ。何が起きてもだ」
「分った。俺はどうすればいい?」
一郎は縋るように尋ねた。
「お前は、知っていることを全て正直に話せ」
「ぜんぶ……話す?」
「ああ。鳩原と鵜飼のことも、テロに関してのことも、知っている情報全てだ。ただ一つ、僕の事だけは何も知らないと言え。僕たちは友人でもないし、知り合いでもない。今日初めて知り合ったと言うんだ」
「何でそんなこと?」
「お前が生き残るためだ。お前は僕に拘束され、脅されていたと言うんだ。そして――」
その瞬間、コンクリートの地面に足音が響いた。
衛宮は視線で静かにしろと合図した。
その後で目を閉じて静かになり、一郎もそれに倣った。
足音が直ぐ近くまで来たのが分かると、一郎はどうしようもない程怖くなり、体を凍えたようにぶるぶると震わせた。
次の瞬間、二人に勢いよく冷たい水が浴びせかけられた。
「おい、起きろ」
一郎は何者かに髪の毛を引っ張られて顔を持ち上げられ、強く頬を叩かれた。
「――ひっ」
一郎が恐る恐る目を開けると―――目つきの悪いオールバックの男の顔があった。男の周りにはさらに五人の男が立っており、全員が荒んだ人相と屈強な体つきをしていた。そして、武器を携帯していた。
「お前は、こっちに来い」
「やめてくれ。乱暴はしないでくれ」
「うるさい。今直ぐ殺されたいか?」
男は一郎の足枷を外すと、一郎を立たせて引っ張って行った。
一郎の背中では「お前はこっちだ」と声が聞こえ、衛宮が別のどこかに連れて行かれようとしていた。
一郎は不自然に置かれた椅子に座らされ、そこで手の拘束も外された。
遠くの方ではガチャガチャと何かがぶつかり合う金属音が響き、その不気味な音に一郎の恐怖は際限なく膨らみ続けた。
今にも破裂しそうなくらいに。
先ほどした衛宮との会話が無ければ、一郎は今直ぐにでも発狂して泣き出していたかもしれない。
「いいか、良く聞け?」
目つきの悪い男が顔を近づけ、静かな声で脅すように言った。鼻をつまみたくなるような臭いが男の口元から漂い、剥き出しになった黄ばんだ歯は所々が欠けていた。
「お前はマトリクス社の社員だな?」
「そっ、そうだ」
「お前が今日、とある情報を知ってしまったのは分っている。今から聞かれたことに、全て正直に答えろ。さもなければ――」
男は手に持っていたナイフを一郎の目に翳し、そしてその切っ先で一郎の頬を撫でた。
「やっ、やめてくれ」
「動くなよ? 動くと切れちまうぜ? いいか、全て正直に答えろよ。一つでも嘘を吐けば、お前の目玉をくり抜く」
男はナイフの先を一郎の目じりに当てた。
「たっ、頼む。止めてくれ。何でも話す。全部話すから。そんなことは止めてくれ。お願いだ」
一郎は泣きながら懇願した。
そして、男に聞かれるままに全てのことを話した。
ただ一点、衛宮蔵人の事だけは何も知らないと嘘を吐いて。
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