青い春をかける少女~16話

16 エラとレイ、アートブレイキー

 

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 私はあてもなく公園を歩いた。

 まるで幽霊になったみたいにさまよった。

 

 先ほどまで不愉快な程に晴れた空には重苦しい灰色の雲がかかり、遠くの方では紫色の雷が光っていて、まるで空が落ちてくるみたいだった。私のことを押しつぶしてしまうみたいに。

 

 私はハニーのことを考えた。

 

 どこで間違えちゃったんだろうって、必死になって不正解の解答を解き直すみたいに、どこで糸がこんがらがっちゃたんだろうって考えた。

 けれど、どれだけ考えてもその糸が解けなかった。

 答えは見つからなかった。

 

 ハニーに嘘を吐かなければ。一之瀬君と気分転換なんてしなければ。一之瀬君が私のことを好きにならなければ。ハニーが一之瀬君を私に紹介しなければ。ハニーと友達にならなければ。私はそんなことを考えるのをやめた。

 

 起こった出来事は変えられないし、今さらどうしようもない。もうぜんぶどうしようもなかったことで、もうぜんぶ終わったことなんだ。そう考えれば少しは楽になるような気がした。

 もともとハニーと私とじゃ性格が違い過ぎる。見た目だって全然違うし、仲のいい友達のグループも違うし、私なんかと仲良くなるようなタイプの女の子じゃなかったんだ。

 

 仕方なく私に付き合ってくれてただけだったんだ。

 

 一緒にバンドを始めたのだって私がしつこく誘ったから、仕方なくだったんだ。

 

「違うよ。そんなこと……ぜったい違う」

 

 私は大きく首を横に振った。

 今までの私たちを否定してしまようなことを、私はどうしても信じることができなかった。

 

「ねぇ青瀬さんだっけ? お昼の放送でジャズ流してるでしょ?」

 

 初めて話しかけてくれたのはハニーからだった。その出会いは中学二年生に上がったばかり頃で、私はクラス替えをしたばかりの教室に戸惑ってばかりだった。私は仲の良い吹奏楽部のメンバーとはぐれてしまって、まるで森の中で迷子になってしまったように心細かった。

 

 私は新しいクラスの中で、なかなか自分の居場所を見つけられずにいた。

 私は何とか自分の居場所を見つけようと、一年生の時にやっていた放送委員になった。

 そして昼の放送を任されるようになった。

 私のことを気にかけてくれていた先輩が、〝やりたい企画があったら好きにやっていいよ〟と言ってくれた。私は意気込んでお昼の放送でジャズを流すようになり、どうせなら海外のラジオDJっぽく放送したほうが、きっと雰囲気が出るだろうと思って、清水の舞台から飛び降りる気持ちでDJになりきった。クラスではいまいちだけど放送委員ではがんばろう、そんなことを考えていたのかもしれない。

 そしてある日、お昼の放送を終えて教室に戻った私を待っていたのは、背の高いモデルさんみたいな女の子だった。

 

「お昼の放送で流してた曲さ、あれ〝Moanin'〟でしょ?」

「はっ、はい」

「なんだっけ、……アート・ブレイキーだっけ? 青瀬さん、ジャズに詳しいかんじ?」

「えっと、その……詳しいってわけじゃないけど、楽器でジャズを習ってまして、それで――」

 

 私は俯きながらたどたどしく言った。

 

「へぇ、楽器やってるんだ。私の兄貴も楽器やってて、たまに私も楽器に触らしてもらったりするんだよね」

「あ、あの……もしかして蜂ヶ崎さんもジャズを聴くんですか?」

「敬語やめてよ」

「あ、はい。じゃなくて……うん」

「そうそう。ジャズ。うん。聴くよ」

「えっと……どんなジャズが好き? 私、同い年でジャズ聴いてる人はじめてなの。それに蜂ヶ崎さんは楽器も弾けるの? 何の楽器? 私はね、サックスとギターを習っててね、好きなジャズはね――」

「ストップ、ストップ、そんなにいっぺん質問されても答えられないって。一問一答にしてよ。青瀬さんって面白いね」

 

 指摘されて私は恥ずかしくなった。

 はじめて同い年でジャズを聴いている女の子に出会ったせいか、私は興奮して一機阿寒に捲し立ててしまった。

 

 ああもう、私ってどうしてコミュニケーションの取り方が下手くそなんだろう、そう思った。

 

「ジャズはねー、別に詳しいって訳じゃないし、兄貴の影響かな。聴くっていっても、たまにだけどね」

 

 それでも私に声をかけてくれた風変わりな女の子は、丁寧に私の質問に答えてくれた。

 

「好きなジャズっていわれてもよく分かんないなー。兄貴が大学のジャズ研に入っててさ、そこでベース弾いてるんだ。〝レイ・ブラウン〟ってジャズ・ベーシストがお気に入りらしいんだけど、私もその人が演奏している曲は、まぁ良く聴くかな? それで、私も兄貴のおさがりのベースもらってたまに弾いてる」

 

レイ・ブラウン〟。

 

 その名前を聞いた瞬間に、私の興奮は最高潮になった。

 思いきりに楽器を弾き鳴らした感じ。

 それもめいいっぱいスイングして。

 

 だって、レイ・ブラウンエラ・フィッツジェラルドの旦那さんなんだもん。離婚しちゃったけど。

 

 私は運命的な何かを感じて胸をときめかせた。

 何か素敵なことがはじまる予感がした。

 その日を境に、私たちの間にジャズを通じたささやかな交流がうまれた。その交流がより深いものに、ジャズがまるで関係のない年頃の女の子の甘い交流になるのには、さほど時間がかからなかった。

 

「ねぇ、いいかげん蜂ヶ崎さんじゃなくて、蜜って呼んでよ。私もハルって呼んでるんだからさ」

「えっ、じゃ、じゃあ、その……ハニーって呼んでもいい?」

「ええ、なにそれ? すごい辱めを受けてるみたい」

 

 ハニーはころころと笑い、私もつられて笑った。

 ハニーは私の話は何でも聞いてくれた。

 

 一緒に楽器でセッションをしようよって言った時も、喜んで付き合ってくれた。私の貸したCDはなんでも直ぐに聴いてくれて、翌日には評論会を開いてくれた。私の書いた詩を読んで笑ってくれた。三年生になって一緒に放送委員入ろうって誘うと〝いいよ〟って頷いてくれた。私書いた物語を最後まで読んで〝面白かったよ〟って言ってくれた。

 

 私が勇気を振り絞って〝一緒にジャズ・バンドをやろうよ〟って言った時も、中学三年生の一番忙しい時期なのに、ハニーは笑って頷いてくれた。

 

「しょうがないなあ、このハニーお姉さんがハルのわがままにつきあってあげよう。バンド名、かっこいいの考えてよね?」

 

 ハニーのおかげで私の中学生生活は蜂蜜色だった。

 それは本当に甘くて素敵な毎日だった。

 

 気がついたら私は泣いていた。

 突然降りだした土砂降りの雨に打たれながら、さめざめと泣いていた。

私の中にあるもやもやを、行き場ややり場のない感情の全てを洗い流してほしい、そう思った。

 だけど大粒の雨はどこまでも強く私を打ち、その冷たさと痛さに私は打ちひしがれていた。

 私は曇り空を見上げて泣いた。

 このままいつまでも雨に打たれて泣いていよう、そう思った。

 すると、ふと雨が止んだ。

 

 私の視界をラムネ色が覆った。

 

「こんなところで雨に打たれて感傷的になるのもいいけど、受験生なら体のことも考えた方がいい」

 

 振り返ると、そこにいたのは今一番会いたくない人で、それなのに今一番会いたい人だった。

 見覚えのあるラムネ色の傘を私にかざしてくれた年上の異性は、意地悪く微笑んで私を傘の中に引き入れた。

 

「酷い顔だね」

「……夏緒さん?」

「それにこんなに体を冷やして、とんだ濡れ鼠だな。さぁ、あったかいコーヒーを淹れてあげるからお兄さんについてきなさい。コーヒーにはたっぷりの蜂蜜をいれてあげよう」

 

 私は土砂降りの雨よりも激しく泣いた。

 

 

 自分がどうして泣いているのか、もう分らなくなっていた。

 

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