「ごめんね……待った?」
私が待ち合わせの場所につくと、一之瀬君はすでに待ち合わせ場所についていた。
「俺も今来たところ。昨日は……とつぜんメールして悪い」
「ううん。ぜんぜんいいよ」
私は大きく首を横に振った。
昨日、ジェラート屋さんでメッセージをもらい、“ハニーに内緒で”と言われたメッセージの内容は――
メッセージの翌日、つまり今日の放課後、少しだけ一之瀬君に付き合ってほしいというものだった。
私は“うん。わかった”と返事送ったけれど、内心はすごく不安で、それなのにものすごくドキドキしていた。
ハニーには“一之瀬君とメッセージのやり取りは、何でもないとりとめのないものだった”と適当な嘘をついた。今日も学校が終わると〝勉強するから早く帰るね〟と嘘をついた。
嘘の下手くそな私は、私の下手な嘘が直ぐにバレるんじゃないかと冷や冷やしていた。
そして嘘をついているという罪悪感で胸が痛かった。
幸い、ハニーは引退したテニス部に顔を出して、夏休み前に後輩をしごいてハッパをかけると言っていたので、いつものように一緒に帰ることはなかった。
私はものすごくホッとした。
あれ以上ハニーと一緒にいたら、私は嘘の重みに耐えきれずに本当のことを暴露していたと思う。
私と一之瀬君は恩賜公園で待ち合わせをしていた。園内には小さなステージがあって、その前で集合しようということになっていた。
今日は夏休み前で授業が午前中だけだったため、私たちは一度帰宅して私服に着替えてから集合した。一之瀬君は海外のロックバンドのTシャツに野球帽をかぶっていて、普段着って感じのナチュラルなよそおいだった。
私は白いワンピースに麦わら帽子をかぶっていて、よそ行きって感じで恥ずかしかった。
同世代の男の子に呼び出されたことなんて今までなかったし、しかも二人きりで私服で会うなんて初めての経験だった私は、昔に買ったファッション誌を読み漁って、クローゼットの中をひっくり返して、さらにひっかき回した。
何回も鏡の中の自分とにらめっこをして、この服装に落ち着いた。
「そ、それで……とつぜんどうしたの?」
「いや、べつにたいしたことじゃないんだけど、なんていうか――」
一之瀬君はどことなく緊張しているというか、神経質になっているような感じがして、その雰囲気が私にも伝染してきた。
何、この空気?
ものすごく下腹部がきゅーってなる。
「あのさ……セイシュン」
「はっ、はい」
とつぜん声を上げた一之瀬君の迫力に驚いた私は、裏返った声で返事をしてしまった。
「俺さ……部活もなくって最近毎日暇なんだ。それに受験にもなんか身が入らなくて、それで気分転換がしたいなって思ってたんだよ。だからさセイシュン……今日一日、俺の気分転換に付き合ってくれない?」
真剣な顔で告げられたその事実を聞き終えて、私は一瞬ぽかんと口をあけて一之瀬君を見上げてしまった。そして、くすくすと笑ってしまった。
「何がおかしいんだよ?」
一之瀬君が顔を赤くして言った。
「ごめんね。だってものすごい真剣な顔で何を言うのかなって思ったら、今日一日気分転換に付き合ってほしいだなんて」
「おかしいか?」
「おかしいよ」
私は笑いながら頷いた。
「だったらハニーとか双海君も誘えばもっと楽しかったのに」
「ハチミツはテニス部だし、セイジは塾。それに明日は金曜日だからセイシュンは予定あるだろ?」
「うん。そうだね」
私は一之瀬君が私の金曜日の予定を覚えていてくれたことに驚いた。なんとなく細かいことは覚えてなさそうな人だと思っていたのに。
「で、どうなんだよ?」
「どうって?」
「だからこの後、その――」
「うん。気分転換でしょ? そんなのぜんぜんおっけーだよ」
「ほんとか?」
「うん。私も今日一日とくに予定もないし、受験に身が入らないのは右に同じくです」
「よし、じゃあ今日は遊ぼうぜ」
「さんせー」
そうして私たちは気分転換に繰り出した。
これまで私と一之瀬君はぜんぜん考え方の違う人で、住む世界も違う人だって思っていたけど、あんがい似た者同士なのかもしれないと思った。
それにしても、いろいろ考えてやきもきしてたのに、呼び出された内容が気分転換だったなんて、少し拍子抜け。私は、てっきり一之瀬君がハニーのことを私に相談するんじゃないか、なんてことも考えてドキドキしてたのに。
やっぱり一之瀬君もハニーのことをただの幼馴染としか思ってないのかな。
それともペットの猫とか?
私は、猫と犬が互いに吠えあっている光景を思いうかべていた。
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