マリーと魔法使いヨハン44話
044 ちょいと、用をたしにね
第1話はこちらから読めます ↑
魔法使いは、いつも豪華で華やかな服装とは違い、式に合わせたのかのように黒いストライプのスーツを着ていた。紫色のタイと胸元のチーフが彩りを添え、完璧なスーツの着こなしは見るものを虜 にした。
貴賓席に並ぶ人たちも一様に、艶やかな服装と態度で、貴賓席を豪華に彩っている。
魔法使いは大きな欠伸を噛み潰しながら、後ろで堅い顔をしている男性に声をかけてみる。後ろの男性もいつもの黒いコート姿でなく、紺色のスーツに赤いネクタイを纏っていた。
「いったい、どうして僕までこんなくだらないものに参加しなくちゃいけないんだ?」
「黙って前を見ろ。お前は昨日の前夜祭も無断で欠席したんだ――――今日は黙っておとなしくしていろ」
声をかけられた背の高い男は、いつもよりも低い声で告げた。
「分かったよ」
魔法使いは渋々前を向き直した。
その間にも凱旋式は続き、今は司令官が全ての兵士を代表して――――ローランド王国・国王・デュオスクリア・ローラン・アレクサンドロスから、勲章をもらっていた。司令官は深々とお辞儀をしてから、二本の腕と手を伸ばして勲章を受け取ると、機械よりも精巧で精密な敬礼をして下がった。
そして、これから国王の演説が始まるというところで魔法使いは席を立った。
「どこへ行く?」
後ろの男はすぐに声をかけました。
「ちょいと、用をたしにね」
「私もついて行く」
その言葉に魔法使いは顔を顰め、わざとらしく驚いた表情をしてみせた。
「まさか? アンセム――――」
深刻そうに、魔法使いは声を発する。
「僕に興味があるのかい? 悪いけど僕は――――」
「下らないことを言うな、大切な式の場だぞ?」
アンセムの言葉に、魔法使いは口を閉ざした。
二人は立ち上がり、速足でアナスタシス内のトイレを目指した。
「アンセム――――僕の監視?」
とんでもなく長い通路を歩きながら、魔法使いは小さな声を発した。
鋭い魔法使いの言葉を受けても、アンセムは黙ったまま足を進めた。しばらく、のしかかるように重い沈黙が続いた。そして、四方をエメラルドグリーンの大理石で飾られた通路を歩きながら、不意にアンセムが沈黙を切り裂きました。
「悪いがヨハン、この式が終わるまでお前を拘束させてもらう」
その言葉を受けて、魔法使いは考えるように目を泳がせた。
「トイレには行けるのかい?」
突然、アンセムは顔色を変えて魔法使いの胸倉を掴んだ。
「ふざけている場合じゃないだろう? いいか、私以外にも多くの国家魔法使いがお前を監視している、昨日の一件で“魔法省”も動き出した――――ヨハン、これ以上下手に動くな」
アンセムは手を放して、魔法使いを見つめる。
魔法使いは乱れた胸元を直す事なく、真剣な瞳で目の前の友を見つめた。
深い海のような瞳は目の前の友を哀れむように、悲痛の眼差しで目の前の魔法使いを見つめていた。
「分かるだろう、ヨハン? お前は魔法省に危険視されているんだ。下手をしたら、お前は“異端審問会”にかけられるかもしれないんだぞ? あんな名ばかりの裁判にかけられたら――――」
アンセムは辛そうに目を背けました。
「アンセム、君には感謝しているよ。分かった――――ここは、、おとなしく君に拘束されよう」
魔法使いは穏やかに言った。
魔法使いは黙ってアンセム続き、抵抗することも、あがらうこともせず――――その身をアンセムに委ねた。
魔法使いは目の前の友が、好き好んでこんな役を演じている訳ではないと知っていた。
そして魔法使いはそのままアンセムに連れられ、通路の一番奥の小部屋に案内された。小部屋と言ってもさすがは王都の政府機関の中心の建物だけはあり、小部屋はヨハンの部屋は倍にしても足りず、細かい所まで手入れが行き届いた、とても見事な部屋だった。
魔法使いは部屋に入るなり、背もたれの高い装飾椅子に腰を掛けた。
「アンセム、僕は逃げたりしないさ。安心して凱旋式に戻ったらどうだ? どうせ、外にも僕を監視している者たちがいるんだろう。そうだな――――」
ヨハンは手を広げました。
「半径五十メートル内だけで、五人といった所か?」
「さすがだ」
アンセムはにやりと笑みを浮かべてみせた。
「だが、お前の監視を命じられたのは、私だ。それに、お前をほおっておくほど私は馬鹿じゃない。ヨハン、お前の目は死んでない。それにその余裕、まだ何か考えがあるんだろ?」
アンセムは核心をつくように言いう。
「さぁ、どの道この状況じゃ何もできないだろう?」
魔法使いは両手を上げて、まさにお手上げと言わんばかりのポーズを取ってみせた。
「どうだかな?」
それから二人は何も喋らず、ただただ時間だけが過ぎて行くばかりだった。
そして事態が急変したのは突然だった。
嵐の前のような静けさが去り、激しい津波が迫って来たかのように――――それは突然に起こりました。
魔法使いは退屈そうに部屋に置いてあったファッション誌に目を通しており、アンセムは腕を組んで目を瞑っていた。
二人の間には、お互いへの牽制を含む針のような緊張感、そして静寂が流れていた。しかし、その静寂は突如として破られた。部屋の外から聞こえてくる、何者かが全力で走ってくる足音――――そして部屋の扉が勢いよく開いた。
「アンセムさん、大変です」
扉を開けた少年は、息を切らせながら言った。
彼も国家魔法使いなのだろう――――アンセムと同じ国家魔法使いのコートを羽織っていた。
「どうした?」
完全に慌てて我を忘れている少年に、アンセムは声を乱すことなく冷静に尋ねた。
「それが、詳しくは分からないのですが――――式の最中にみんな眠ってしまったんです」
「どう言うことだ?」
アンセムは即座に顔色を変えた。
「分かりません。突然、宙に浮き上がる白獅子の紋章が形を変えて――――自分が外を見に行ってみたら、皆さん立ったまま寝てて、国王の演説は終わっていました」
この少年には今の状況がまったく分かっておらず、とにかく自分が見たことを口にしようと、頭の中を整理できぬまま必死に口を開いていた。
「それと、クライストが――――」
少年はそう言うと言葉を止めてしまった。
アンセムは苛立ち、顔を顰める。
「クライストがどうした?」
尋ねられた少年は、自分の見たことが信じられないと言わんばかりに頭を振り、顔を青ざめさせて言葉を発した。
「――――飛びました」
簡潔で単純な、その一言――――それをアンセムは理解できない、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて眉間に皺を寄せた。
「飛んだ――――馬鹿な、クライストの披露はまだ先のはずだろう? 乗組員は何をしている?」
アンセムの言葉に、国家魔法使いの少年は弱々しく首を振るだけだった。
しかし、またしても聞こえて来た大きな足音の主が、その答えを持って来た。
「アンセムさん、大変です」
先程の少年と全く同じ台詞に、アンセムは苛つきながら――――
「どうした」
と、同じ台詞で尋ねました。
「クライストの乗組員が全員、縛られて発見されました。今、メタトロンさんが事態の把握と収拾に当っています」
アンセムは目眩が起きたように額に手をつき、肩を落として――――
にやりと笑みを浮かべる魔法使いに視線を移した。
貴賓席に並ぶ人たちも一様に、艶やかな服装と態度で、貴賓席を豪華に彩っている。
魔法使いは大きな欠伸を噛み潰しながら、後ろで堅い顔をしている男性に声をかけてみる。後ろの男性もいつもの黒いコート姿でなく、紺色のスーツに赤いネクタイを纏っていた。
「いったい、どうして僕までこんなくだらないものに参加しなくちゃいけないんだ?」
「黙って前を見ろ。お前は昨日の前夜祭も無断で欠席したんだ――――今日は黙っておとなしくしていろ」
声をかけられた背の高い男は、いつもよりも低い声で告げた。
「分かったよ」
魔法使いは渋々前を向き直した。
その間にも凱旋式は続き、今は司令官が全ての兵士を代表して――――ローランド王国・国王・デュオスクリア・ローラン・アレクサンドロスから、勲章をもらっていた。司令官は深々とお辞儀をしてから、二本の腕と手を伸ばして勲章を受け取ると、機械よりも精巧で精密な敬礼をして下がった。
そして、これから国王の演説が始まるというところで魔法使いは席を立った。
「どこへ行く?」
後ろの男はすぐに声をかけました。
「ちょいと、用をたしにね」
「私もついて行く」
その言葉に魔法使いは顔を顰め、わざとらしく驚いた表情をしてみせた。
「まさか? アンセム――――」
深刻そうに、魔法使いは声を発する。
「僕に興味があるのかい? 悪いけど僕は――――」
「下らないことを言うな、大切な式の場だぞ?」
アンセムの言葉に、魔法使いは口を閉ざした。
二人は立ち上がり、速足でアナスタシス内のトイレを目指した。
「アンセム――――僕の監視?」
とんでもなく長い通路を歩きながら、魔法使いは小さな声を発した。
鋭い魔法使いの言葉を受けても、アンセムは黙ったまま足を進めた。しばらく、のしかかるように重い沈黙が続いた。そして、四方をエメラルドグリーンの大理石で飾られた通路を歩きながら、不意にアンセムが沈黙を切り裂きました。
「悪いがヨハン、この式が終わるまでお前を拘束させてもらう」
その言葉を受けて、魔法使いは考えるように目を泳がせた。
「トイレには行けるのかい?」
突然、アンセムは顔色を変えて魔法使いの胸倉を掴んだ。
「ふざけている場合じゃないだろう? いいか、私以外にも多くの国家魔法使いがお前を監視している、昨日の一件で“魔法省”も動き出した――――ヨハン、これ以上下手に動くな」
アンセムは手を放して、魔法使いを見つめる。
魔法使いは乱れた胸元を直す事なく、真剣な瞳で目の前の友を見つめた。
深い海のような瞳は目の前の友を哀れむように、悲痛の眼差しで目の前の魔法使いを見つめていた。
「分かるだろう、ヨハン? お前は魔法省に危険視されているんだ。下手をしたら、お前は“異端審問会”にかけられるかもしれないんだぞ? あんな名ばかりの裁判にかけられたら――――」
アンセムは辛そうに目を背けました。
「アンセム、君には感謝しているよ。分かった――――ここは、、おとなしく君に拘束されよう」
魔法使いは穏やかに言った。
魔法使いは黙ってアンセム続き、抵抗することも、あがらうこともせず――――その身をアンセムに委ねた。
魔法使いは目の前の友が、好き好んでこんな役を演じている訳ではないと知っていた。
そして魔法使いはそのままアンセムに連れられ、通路の一番奥の小部屋に案内された。小部屋と言ってもさすがは王都の政府機関の中心の建物だけはあり、小部屋はヨハンの部屋は倍にしても足りず、細かい所まで手入れが行き届いた、とても見事な部屋だった。
魔法使いは部屋に入るなり、背もたれの高い装飾椅子に腰を掛けた。
「アンセム、僕は逃げたりしないさ。安心して凱旋式に戻ったらどうだ? どうせ、外にも僕を監視している者たちがいるんだろう。そうだな――――」
ヨハンは手を広げました。
「半径五十メートル内だけで、五人といった所か?」
「さすがだ」
アンセムはにやりと笑みを浮かべてみせた。
「だが、お前の監視を命じられたのは、私だ。それに、お前をほおっておくほど私は馬鹿じゃない。ヨハン、お前の目は死んでない。それにその余裕、まだ何か考えがあるんだろ?」
アンセムは核心をつくように言いう。
「さぁ、どの道この状況じゃ何もできないだろう?」
魔法使いは両手を上げて、まさにお手上げと言わんばかりのポーズを取ってみせた。
「どうだかな?」
それから二人は何も喋らず、ただただ時間だけが過ぎて行くばかりだった。
そして事態が急変したのは突然だった。
嵐の前のような静けさが去り、激しい津波が迫って来たかのように――――それは突然に起こりました。
魔法使いは退屈そうに部屋に置いてあったファッション誌に目を通しており、アンセムは腕を組んで目を瞑っていた。
二人の間には、お互いへの牽制を含む針のような緊張感、そして静寂が流れていた。しかし、その静寂は突如として破られた。部屋の外から聞こえてくる、何者かが全力で走ってくる足音――――そして部屋の扉が勢いよく開いた。
「アンセムさん、大変です」
扉を開けた少年は、息を切らせながら言った。
彼も国家魔法使いなのだろう――――アンセムと同じ国家魔法使いのコートを羽織っていた。
「どうした?」
完全に慌てて我を忘れている少年に、アンセムは声を乱すことなく冷静に尋ねた。
「それが、詳しくは分からないのですが――――式の最中にみんな眠ってしまったんです」
「どう言うことだ?」
アンセムは即座に顔色を変えた。
「分かりません。突然、宙に浮き上がる白獅子の紋章が形を変えて――――自分が外を見に行ってみたら、皆さん立ったまま寝てて、国王の演説は終わっていました」
この少年には今の状況がまったく分かっておらず、とにかく自分が見たことを口にしようと、頭の中を整理できぬまま必死に口を開いていた。
「それと、クライストが――――」
少年はそう言うと言葉を止めてしまった。
アンセムは苛立ち、顔を顰める。
「クライストがどうした?」
尋ねられた少年は、自分の見たことが信じられないと言わんばかりに頭を振り、顔を青ざめさせて言葉を発した。
「――――飛びました」
簡潔で単純な、その一言――――それをアンセムは理解できない、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて眉間に皺を寄せた。
「飛んだ――――馬鹿な、クライストの披露はまだ先のはずだろう? 乗組員は何をしている?」
アンセムの言葉に、国家魔法使いの少年は弱々しく首を振るだけだった。
しかし、またしても聞こえて来た大きな足音の主が、その答えを持って来た。
「アンセムさん、大変です」
先程の少年と全く同じ台詞に、アンセムは苛つきながら――――
「どうした」
と、同じ台詞で尋ねました。
「クライストの乗組員が全員、縛られて発見されました。今、メタトロンさんが事態の把握と収拾に当っています」
アンセムは目眩が起きたように額に手をつき、肩を落として――――
にやりと笑みを浮かべる魔法使いに視線を移した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。