マリーと魔法使いヨハン41話
041 クライスト
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「てめぇらあ、少しは静かにしないかあ――――で、ヨハンよぉ」
トールが鋭い眼光をヨハンに向けた。
「嬢ちゃんは、“アルバトロス”に乗せられて連れられたんだよな? で、目的地は分かっているのか?」
空から雷か斧が降り注ぐかのようなトールの口調に、さすがのヨハンも今回ばかりは居心地が悪そうだった。
「確信はないが――――“グラール”で間違いないだろう。だが、“アルバトロス”が“グラール”につく前に追いつきたい」
「まぁ、そうだろうな。“グラール帝国”に入られたんじゃ、手の出しようがないからな。だが、確かなのか?」
「ああ――――」
ヨハンは即座に返答した。
「彼らは、グラールに加担しているように見せかけて動いている、きっとグラールで権力を握っているものが集めた集団だと――――僕は踏んでいる。ならば、彼らがグラールに向かうのは必然」
「で、お前はいったいどの船で――――アルバトロスに追いつく気何だ」
トールの言葉にヨハンは息を呑んだ。
「そんなの、うちらの“ナグルファス”を使えば――――」
「馬鹿か、てめぇは」
「ひいっ」
会話に入り込んで来たホズの言葉を聞いて、トールは怒号上げた。
怒鳴り散らされたホズは、脅えた子犬のように萎縮した。
「やっこさんは再新鋭――――しかも“魔石機関”を搭載した大型飛空挺だぞ。こっちが“ナグルファス”でどれだけ飛ばしても追いつきっこねぇ、ウサギと亀より分かりやすいレースだ、ヨハン、まさか考えてませんでしたってわけじゃねぇだろうな?」
トールの言葉を聞き、ヨハンは一瞬、言葉を発しあぐねたが、直ぐに表情を鋭くして言葉を紡ぐ。
「ああ、“クライスト”を使う」
「ええっ?」
ヨハンのその言葉を聞いたニーズホッグのメンバーだけでなく、トールでさえも驚きを隠せずにいた。
トールは、まるで牛一頭を丸飲みしてしまいそうな大きな口を、ポッカリ開けていた。
しばらく重い沈黙が訪れた後、トールは我に帰ったように顔色を変えて、不意に沈黙を破った。
「てめぇ、正気か?」
「ああ、正気さ」
ヨハンの顔が緊迫した。
そして、ヨハンの緊迫した空気が蔓延したかのように、この場にいる全員が表情を強張らせた。
「“クライスト”だ」
ニーズホッグのメンバーはごくりと唾を呑み込み、ヨハンの言葉に驚愕していた。
“クライスト”と呼ばれる飛空挺は――――白獅子に献上された飛空艇であり、最新の“魔石機関”を搭載した最新鋭の飛空挺だった。“アルバトロス”のように大型ではないが、そのスピードは史上最速と言われ、明日の凱旋式でお披露目される予定の飛空挺だった。
獅子の戦終戦からちょうど七十年――――平和を象徴し、そして平和を拡大のために、あえて武装をしていない飛空挺を造り、これからの平和に寄与する翼、そんな意味を込めた飛空挺クライスト。それは白獅子だけでなく、黒獅子であるグラール帝国――――そして、世界を繋ぐ懸け橋として完成が心待ちにされていた希望の飛空挺でもあった。
飛空挺の開発には大陸中の技術者や造船技士、魔法使いが携わり、そしてクライストの機体のほとんどをを設計し造船したのは――――言わずも知れた“トールワーカーズ”であり、たった今、ヨハンの目の前で沈黙している“ニーズホッグ”のメンバーだった。
その平和の象徴でもあり、そして明日の凱旋式の主役とも言えるべき“クライスト”を盗み出すことが、どれだけ恐れ多く罪深いことか、そんなことは子供でも分かることだった。
「兄貴、それはまずいっすよ。明日の凱旋式の目玉ですぜ、クライストは? それにクライストは、もう一番地のドックの中ですよ」
唇の上のちょび髭を乱暴に撫でながらマーチは言う。
「そうですよ、あれに手を出したら兄貴は“国家犯罪者”だば」
「姉さんを助け出す所か、国を出る前に打ち落とされちまうんだな」
マウスはゆっくり、ドーは早口で、ヨハンを説得するように言い、そして次にヘヤが口を開こうとした時――――
「おめぇら―――――」
ホズが怒りに狂ったように怒号を発した。
「それでもニーズホッグの一員か? 俺たちは、今まで兄貴にこのニーズホッグの旗を預けてきたんじゃないのか? 一度でも、兄貴に間違いがあったか? ええ?」
ホズはメンバー一人一人二視線を配った。
「その兄貴が、俺たちに魂を貸してくれと、頭まで下げたんだぞ? 何が一番地だ? 何が国家犯罪者だ? 何がクライストだ? 俺たちは空賊だ。空賊には、肩書も土地も国も関係ねぇ――――俺たち空賊は――――」
ホズが問いかけるように怒鳴りつけると――――
「――――飛びたい空を飛ぶ」
と、ニーズホッグのメンバーは声を揃えて怒号を上げた。
それを聞いたホズは、満足そうに頷いた。
「分かってるじゃねぇか。だったら、だまって兄貴に従わねぇか」
「了解」
全員が一斉に頷いた。
それ以上、ニーズホッグのメンバーから反対を唱える者は現れなかった。みんな納得したように頷き、晴れた空を眺めるように清々しい顔をしてさえいた。
これが人束ねる人間の、理屈ではない人を突き動かす力なんだとヨハンは関心し、自分にない不思議な魅力をもつホズに感謝した。
「すまない、ホズ」
「いえいえ、とんでもないっすよ」
ヨハンの言葉に、ホズは大きく頭を降った。
そして、その光景を黙って見守っていたトールは、とつぜん豪快に笑い出した。
「さすがは、俺がニーズホッグを譲っただけはあるな――――ホズ」
トールはわが子を褒めるように声をかけ、暖かい眼差しをホズに向けた。
その言葉を受けたホズは、どんな勲章や褒美をもらうよりも誇らしげな表情を浮かべていた。
「そういう訳だ――――ヨハン、お前がやると言うのなら、俺たちはお前の翼になってどこへでも飛んで行こう。だが、クライストは一番地の飛行場のドックにある。持ち出すためには一番地へ侵入しなければいけない上に、その場でクライストを動かさなきゃなんねぇ。それにあの機体は、魔法使いが十人掛かりでやっと動かせる程の魔力を必要とするほどの魔石機関を搭載しているんだぞ、策はあるのか? おれも可愛い息子たちを、勝算のねぇ戦には出せねぇ」
そう言ったトールは、今までに見たことがないぐらいの危機迫る表情で、ヨハンに詰め寄るように尋ねた。
「策はある、それに――――」
ヨハンは不適な笑みを浮かべて、言葉の先を唱えた。
「僕を誰だと思っている? この魔法使いの都“王都アレクサンドリア”で、至高と言われる天才魔法使いだぞ?」
ヨハンはトールにも負けぬ、凄まじい表情で言葉を紡いでみせた。
「だからもう一度言おう――――君たちの魂を貸してほしい。僕にその命を預けてくれ」
もう誰一人、意を唱える者も、意志を尋ねる者いなかった。
一同はただ頷き、堅い決意と強い意志を、その瞳に浮かべていた。
「話はまとまった。明日はニーズホッグ一世一代の大舞台だ。ヘマは許されねえ。全員肝に命じておけよ、俺たちはこの天才魔法使いの翼だ。何があっても、こいつを無事にアルバトロスに送り届ける。命に代えてもだ――――分かったな?」
「おー」
トールの号令に、天にまで届きそうな怒号が重なった。
「なら、今夜は宴だ。前夜祭だ。酒を持って来い」
一同が歓喜の雄叫びを上げると、ハッターが全員に酒を配りはじめる。
そしてヨハンも酒を受け取った。
「ようし、明日の成功と、ニーズホッグ栄光――――そしてヨハンとマリーの再会を確信して、乾杯」
「乾杯」
この緊張感のない前夜祭は、深夜遅くまで行われることこととなった。ここに集まった全員が、この先に何が待ち受けるかなど考えず、ただただこの大舞台の成功を確信して祝杯を上げた。
ヨハンでさえも、この時だけは一切の心配事を忘れ、成功の確信に酔いしれていた。
トールが鋭い眼光をヨハンに向けた。
「嬢ちゃんは、“アルバトロス”に乗せられて連れられたんだよな? で、目的地は分かっているのか?」
空から雷か斧が降り注ぐかのようなトールの口調に、さすがのヨハンも今回ばかりは居心地が悪そうだった。
「確信はないが――――“グラール”で間違いないだろう。だが、“アルバトロス”が“グラール”につく前に追いつきたい」
「まぁ、そうだろうな。“グラール帝国”に入られたんじゃ、手の出しようがないからな。だが、確かなのか?」
「ああ――――」
ヨハンは即座に返答した。
「彼らは、グラールに加担しているように見せかけて動いている、きっとグラールで権力を握っているものが集めた集団だと――――僕は踏んでいる。ならば、彼らがグラールに向かうのは必然」
「で、お前はいったいどの船で――――アルバトロスに追いつく気何だ」
トールの言葉にヨハンは息を呑んだ。
「そんなの、うちらの“ナグルファス”を使えば――――」
「馬鹿か、てめぇは」
「ひいっ」
会話に入り込んで来たホズの言葉を聞いて、トールは怒号上げた。
怒鳴り散らされたホズは、脅えた子犬のように萎縮した。
「やっこさんは再新鋭――――しかも“魔石機関”を搭載した大型飛空挺だぞ。こっちが“ナグルファス”でどれだけ飛ばしても追いつきっこねぇ、ウサギと亀より分かりやすいレースだ、ヨハン、まさか考えてませんでしたってわけじゃねぇだろうな?」
トールの言葉を聞き、ヨハンは一瞬、言葉を発しあぐねたが、直ぐに表情を鋭くして言葉を紡ぐ。
「ああ、“クライスト”を使う」
「ええっ?」
ヨハンのその言葉を聞いたニーズホッグのメンバーだけでなく、トールでさえも驚きを隠せずにいた。
トールは、まるで牛一頭を丸飲みしてしまいそうな大きな口を、ポッカリ開けていた。
しばらく重い沈黙が訪れた後、トールは我に帰ったように顔色を変えて、不意に沈黙を破った。
「てめぇ、正気か?」
「ああ、正気さ」
ヨハンの顔が緊迫した。
そして、ヨハンの緊迫した空気が蔓延したかのように、この場にいる全員が表情を強張らせた。
「“クライスト”だ」
ニーズホッグのメンバーはごくりと唾を呑み込み、ヨハンの言葉に驚愕していた。
“クライスト”と呼ばれる飛空挺は――――白獅子に献上された飛空艇であり、最新の“魔石機関”を搭載した最新鋭の飛空挺だった。“アルバトロス”のように大型ではないが、そのスピードは史上最速と言われ、明日の凱旋式でお披露目される予定の飛空挺だった。
獅子の戦終戦からちょうど七十年――――平和を象徴し、そして平和を拡大のために、あえて武装をしていない飛空挺を造り、これからの平和に寄与する翼、そんな意味を込めた飛空挺クライスト。それは白獅子だけでなく、黒獅子であるグラール帝国――――そして、世界を繋ぐ懸け橋として完成が心待ちにされていた希望の飛空挺でもあった。
飛空挺の開発には大陸中の技術者や造船技士、魔法使いが携わり、そしてクライストの機体のほとんどをを設計し造船したのは――――言わずも知れた“トールワーカーズ”であり、たった今、ヨハンの目の前で沈黙している“ニーズホッグ”のメンバーだった。
その平和の象徴でもあり、そして明日の凱旋式の主役とも言えるべき“クライスト”を盗み出すことが、どれだけ恐れ多く罪深いことか、そんなことは子供でも分かることだった。
「兄貴、それはまずいっすよ。明日の凱旋式の目玉ですぜ、クライストは? それにクライストは、もう一番地のドックの中ですよ」
唇の上のちょび髭を乱暴に撫でながらマーチは言う。
「そうですよ、あれに手を出したら兄貴は“国家犯罪者”だば」
「姉さんを助け出す所か、国を出る前に打ち落とされちまうんだな」
マウスはゆっくり、ドーは早口で、ヨハンを説得するように言い、そして次にヘヤが口を開こうとした時――――
「おめぇら―――――」
ホズが怒りに狂ったように怒号を発した。
「それでもニーズホッグの一員か? 俺たちは、今まで兄貴にこのニーズホッグの旗を預けてきたんじゃないのか? 一度でも、兄貴に間違いがあったか? ええ?」
ホズはメンバー一人一人二視線を配った。
「その兄貴が、俺たちに魂を貸してくれと、頭まで下げたんだぞ? 何が一番地だ? 何が国家犯罪者だ? 何がクライストだ? 俺たちは空賊だ。空賊には、肩書も土地も国も関係ねぇ――――俺たち空賊は――――」
ホズが問いかけるように怒鳴りつけると――――
「――――飛びたい空を飛ぶ」
と、ニーズホッグのメンバーは声を揃えて怒号を上げた。
それを聞いたホズは、満足そうに頷いた。
「分かってるじゃねぇか。だったら、だまって兄貴に従わねぇか」
「了解」
全員が一斉に頷いた。
それ以上、ニーズホッグのメンバーから反対を唱える者は現れなかった。みんな納得したように頷き、晴れた空を眺めるように清々しい顔をしてさえいた。
これが人束ねる人間の、理屈ではない人を突き動かす力なんだとヨハンは関心し、自分にない不思議な魅力をもつホズに感謝した。
「すまない、ホズ」
「いえいえ、とんでもないっすよ」
ヨハンの言葉に、ホズは大きく頭を降った。
そして、その光景を黙って見守っていたトールは、とつぜん豪快に笑い出した。
「さすがは、俺がニーズホッグを譲っただけはあるな――――ホズ」
トールはわが子を褒めるように声をかけ、暖かい眼差しをホズに向けた。
その言葉を受けたホズは、どんな勲章や褒美をもらうよりも誇らしげな表情を浮かべていた。
「そういう訳だ――――ヨハン、お前がやると言うのなら、俺たちはお前の翼になってどこへでも飛んで行こう。だが、クライストは一番地の飛行場のドックにある。持ち出すためには一番地へ侵入しなければいけない上に、その場でクライストを動かさなきゃなんねぇ。それにあの機体は、魔法使いが十人掛かりでやっと動かせる程の魔力を必要とするほどの魔石機関を搭載しているんだぞ、策はあるのか? おれも可愛い息子たちを、勝算のねぇ戦には出せねぇ」
そう言ったトールは、今までに見たことがないぐらいの危機迫る表情で、ヨハンに詰め寄るように尋ねた。
「策はある、それに――――」
ヨハンは不適な笑みを浮かべて、言葉の先を唱えた。
「僕を誰だと思っている? この魔法使いの都“王都アレクサンドリア”で、至高と言われる天才魔法使いだぞ?」
ヨハンはトールにも負けぬ、凄まじい表情で言葉を紡いでみせた。
「だからもう一度言おう――――君たちの魂を貸してほしい。僕にその命を預けてくれ」
もう誰一人、意を唱える者も、意志を尋ねる者いなかった。
一同はただ頷き、堅い決意と強い意志を、その瞳に浮かべていた。
「話はまとまった。明日はニーズホッグ一世一代の大舞台だ。ヘマは許されねえ。全員肝に命じておけよ、俺たちはこの天才魔法使いの翼だ。何があっても、こいつを無事にアルバトロスに送り届ける。命に代えてもだ――――分かったな?」
「おー」
トールの号令に、天にまで届きそうな怒号が重なった。
「なら、今夜は宴だ。前夜祭だ。酒を持って来い」
一同が歓喜の雄叫びを上げると、ハッターが全員に酒を配りはじめる。
そしてヨハンも酒を受け取った。
「ようし、明日の成功と、ニーズホッグ栄光――――そしてヨハンとマリーの再会を確信して、乾杯」
「乾杯」
この緊張感のない前夜祭は、深夜遅くまで行われることこととなった。ここに集まった全員が、この先に何が待ち受けるかなど考えず、ただただこの大舞台の成功を確信して祝杯を上げた。
ヨハンでさえも、この時だけは一切の心配事を忘れ、成功の確信に酔いしれていた。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。