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青い春をかける少女~4話

青い春をかける少女(完結済み) 小説

04 夜間飛行

 

kakuhaji.hateblo.jp

 第1話はこちらから読めます ↑

 

 私は“CLOSED”の札のかかった扉を開けて、素敵な看板と可愛らしい鐘の音の下をくぐって店内に入った。

 

 店内はまだ薄暗く照明が付けられていない。

 喫茶店“夜間飛行”のオープン時間は遅く、夕方の五時からお店が始まる。

 

 毎週金曜日、私は夜間飛行のオープン前に訪れて開店のお手伝いをする。

 中学生はアルバイト禁止だからお給料は出ないけれど、その代わりに私はハルキさんにたくさんのことを教えてもらう。

 音楽の話を聞かせてもらったり、楽器の弾き方を教わったり、ハルキさんの昔話を聞いたりする。

 お給料をもらうよりも価値のあることをたくさん教えてもらう。

 

「ハルキさーん、来ました」

「ハルちゃん、いらっしゃい」

 

 カウンターの奥からハルキさんの穏やかなハスキーボイスがした。

 ハルキさんはカウンターからひょこと顔を出して、ニコニコと微笑んだ。

 

「おはようございます」

「うん、おはよう」

 

 ハルキさんは、ふさふさした白髪と白いお髭がトレードマーク。とてもハンサムな顔をしていて、円らな瞳がいつでもきらきらと輝いている、少年みたいなおじいさん。

 

「さっそくお掃除から始めますね」

「ハルちゃん、ちょっとこっちにおいで」

 

 私がエプロンをして、「さぁ、がんばるぞ」と髪の毛を結わこうとすると、ハルキさんがカウンターの中に私を呼んだ。

 ハルキさんはコーヒーミルで豆をひいていた。

 

「ハルちゃんは、そろそろ受験勉強の季節だと思ったけど……今まで通りここに手伝いに来ていていいのかな?」

「…………」

 

 ハルキさんのその言葉に、私は頬を叩かれたように驚いた。

 そして、とても悲しい気持ちになった。

 受験勉強は私から大切な場所まで奪ってしまうのだろうかと。

 私が何も言えずに今にも泣きそうな顔をしてしていると、ハルキさんが困ったようにくしゃと微笑んだ。

 

「いや……僕は構わないんだ。毎週ハルちゃんの顔を見るにが僕の楽しみだし、ハルちゃんが来てくれてすごく助かっているから。でも……受験生というのは受験勉強をするのが一般的だし、親御さんも心配になるんじゃないかと僕の方が不安になってね……僕は受験なんてしたことがないから」

「私だって……受験なんかしたくありません」

 

 私は小さな子供みたいな言い方をした。

 

「だけど、僕とハルちゃんとじゃ時代が違う。僕だって今の時代に生まれていたら、音楽よりも勉強を選んだかもしれないよ」

「そんなこと、ぜったいにないとおもいます」

 

 私はそんなことにはなってほしくないと思った。

 ハルキさんは時代が違ってもハルキさんのままでいてほしい。

 

「わからないさ。人生とは何が起こるか分からない。だからこそ、人生はおもしろく、すばらしい」

 

 私は早くこの話題を終わらせたくなっていた。

 

「私、絶対に受験勉強もちゃんとしますから、だから今まで通りにここに来てもいいですか?」

「約束できるかな?」

「……できます」

 

 私は縋りつくように言った。

 私の約束を聞いたハルキさんは、ふうと溜息をついてくしゃと笑った。

 

「いや、急にこんな話をして申し訳ないね。僕は学校のこととか勉強のこととかは、ぜんぜんわからない世間知らずだから、夏緒君に言われたことが気になってしまってね」

「……夏緒さんに?」

 

 私は驚いたように尋ねた。

 そして胸がすごく痛くなっていた。

 

「うん。受験生をいつまでもここに置いておくのはよくないんじゃないかって。今が大切な時期だから、まわりの環境も大事なんだって」

 

 どうして夏緒さんがそんなひどいことを言うのか、私には分からなかった。

私にとって大事な場所は、学校じゃなくてこの“夜間飛行”なのに。

 そう思うと私はだんだん夏緒さんに腹がたってきた。

 

「こんなことは僕のガラじゃないから言いたくなかったんだけど、思っていて言わないのも僕の性分じゃなくてね。“Let it be”。“あるがままに”が僕の性分なんだけど、それを若い人に押し付けるのもよくない」

 

 私は急にいろいろなことを言われて、そのことを上手く自分の中に落ちつられずにいた。

 ぐるぐると色々なことが頭の中を駆け巡って、そのどれもが正しい場所を見つけられずに宙にぶら下がっていた。

 

「ハルちゃん、席に座って待っていてくれるかな。今日は早めにおやつにしよう」

「でも、まだ開店の準備が――」

「なに、どうせ夜が深くなるまでお客さんはこないさ。それはハルちゃんが一番知っていることだよ」

 

 ハルキさんが片目を瞑って微笑んだ。

 

「だったら、早めにおやつを食べたって誰も文句は言わない。なんたってここは僕の店なんだ。お店を持つことの一番の良いところは、誰にも指図されないってことなんだよ。まぁ、それ以外のことは、大して魅力的じゃないんだけどね」

「でも――」

 

 たしかに、この“夜間飛行”に開店と同時に入ってくるお客さまなんていないけれど、私は自分のせいで開店の準備が遅れることに後ろめたさを覚えていた。

 

「そんな沈んだ気持ちで仕事をしたって、得られるものは何もない。これが賃金をもらうための労働だったのなら、ハルちゃんはどんな気持だったとしてもその労働を放棄してはいけない。だけどハルちゃんの労働は違う。何も得られない時には、無理をして働く必要のない労働なんだよ」

 

 優しく言いくるめられた私は、しぶしぶカウンター席に移動した。

 しばらくすると、レコード・プレイヤーからビートルズの“Let it be”が流れ始めて、ハルキさんが音楽に合わせてハミングした。

 

“あるがままに、あるがままに”と歌われる歌詞を聞きながら――

 

 私は、どうしたら私が“あるがままに”いられるか、そもそも私の“あるがままに”って何だろうって考えていた。

 

 受験勉強に没頭することが、私の“あるがままに”なんだろうか? 

だけどそれは受験生の“あるがままに”で、私の“あるがままに”じゃないような気がする。

 いくら考えてもその答えが見つかることはなかった。

 

「おまたせ。ベーグルサンドとアイス・カフェラテだよ。カフェラテには今日もたっぷり蜂蜜をいれておいたからね」

 

 私の前にハルキさんが作ってくれたおやつが置かれた。

 本当なら、開店の準備をした後、お手伝いのご褒美としてごちそうしてくれる“夜間飛行”の自家製ベーグルを使ったベーグルサンド。何だか、今日はズルをして出してもらった気分だった。

 

 ハルキさんは私の隣に座って暖かいコーヒーを飲んだ。

 今日のベーグルサンドの中見は、スモークサーモンとクリームチーズだった。瑞々しいレタスがベーグルの間からのぞいていて、とても食欲をそそる見た目をしていた。

 

「おいしい」

 

 私はベーグルサンドをほおばりこぼすように言った。

 おいしいはずなのに、ベーグルサンドの味はぼやけていた。ハチミツがたっぷり入ったカフェラテは、甘いはずなのにいつもよりもほろ苦かった。

 

 これが受験生の味なのかな?

 ふと、そんなことを思った。

 

「ハルちゃんは、受験したくないのかな?」

 

 そんな私の心情を慮って、ハルキさんがそっと尋ねた。

 

「わからない」

 

 私を俯いて首を横に振った。

 そう呟いてしまうと、私は胸のうちに溜まっていたものを全部吐き出したくなってしまった。

 

「別に私……学校の成績が悪いわけじゃないの。今のままだって進路希望に書いた高校なら合格できると思う。このまま“夜間飛行”に通って、みんなとバンド活動をして、他にも私のやりたいことをやりながらだって、たぶん高校生になれる。でもお母さんとか、先生とか、まわりの友達とか、ぜんぜん関係ないような人まで、もっと良い高校に行ったほうがいいっていうの。夏が勝負だからたくさん勉強して、もっと上の高校に行きなさいって。でも……私わからないの。がんばって上の高校に通って、それでどうするんだろうって……今やりたいことを我慢して、自分を押し殺して勉強して、それが何になるんだろうって。ねぇ、ハルキさんは……私ぐらいの時、何になりたかったの? 何を思って毎日を過ごしてたの?」

 

 私は思いのたけを打ち明けた。

 隣でただじっと私の話を聞いてくれていたハルキさんは、スツールの背もたれに体を預けて天井を仰いだ。

そして過去に手を伸ばすように目を瞑り、ハルキさんは少年時代に思いを馳せた。

 

「僕が子供の頃はね、あまり選択肢が多い時代じゃなかったんだ。僕も含めて周りには貧しい子供たちで溢れかえっていて、みんなどうやってこの生活を抜け出そうか、食べるのに困らない暮らしをしようか、頭を悩ませていたんだ。ある意味ではひどい時代だったれど、僕らはそれなりにひどい時代を楽しんでいた。自分の人生をスイングさせようと必死だった」

 

 ハルキさんは、ゆっくりと話を続ける・

 

「僕の暮らしていた町は、港町だった。外国の人がたくさんいて、僕は彼らに音楽を教えてもらった。拾ったギターを直して路地裏で毎日練習したよ。そのうち楽器を弾ける友人が何人か集まって、ジャズ・バンドの真似事をしたんだ。路上で演奏を披露しているうちに名前が売れ出して、バーやクラブで演奏をしないかと声をかけられるようになった。僕にとって音楽というのは、僕の人生の一部であると同時に……食べるための手段でもあったんだよ」

「素敵な人生」

 

 私は心からそう思って呟いた。

 ハルキさんの過去の全てが、眩しく特別なものに感じられた。

 

「一概にそうも言えないものだよ。必死な時代であったことは確かだけどね」

 

 ハルキさんは穏やかに言って続けた。

 

「食べるために音楽をプレイしている時、僕は純粋に音楽をプレイできていなかった。そんな時の音にはグルーブ感が失われ、スイングが足りなかった。It Don't Mean a Thing If It Ain't Got That Swing――“スイングがなければ意味はない”。デューク・エリントンに申し訳なくなる」

「そんな……私なんかよりも、とっても素敵な毎日だと思うのに」

「体験した人間にしか、あの時代の必死さは理解できないのかもしれないね。でも、僕にはハルちゃんの人生がとても素敵に見えるよ。ハルちゃんの毎日はとっても眩しくて可能性に満ち溢れている」

「可能性かあ?」

 

 私は溜息とともに吐き出した。

 

「私の可能性って……何だろう? ハルキさん、私には何もないの。成績は普通だし、音楽だって中途半端だし、物語を書いたって誰かが書いた物語のパロディだし」

「初めから上手くプレイできる人なんていない」

 

 ハルキは目を開いて真っ直ぐに私を見た。

少年のような円らな瞳の中はきらきらと光っていた。綺麗な星が輝いているみたいだった。そして声には確かな重みがあった。私の気持ちが張りなおしたばかりの弦のようにしゃんとなった。

 

「誰しもが、誰かに憧憬を抱く。そして、その誰かの模倣から始まる。ゆっくりと時間をかけて自分の音を見つけていけばいい。大切なのは、まだ小さな自分の音に耳を傾けて、その音を必死に追っていくということ。それは時に苦しく、時に困難なことだけど、そうしてできあがった音は、世界に自分一人だけが奏でられる特別な音だ」

「……自分の中にある小さな音に耳を傾ける? 私にも見つけられるのかな……自分の音を?」

「焦らず、ゆっくり見つければいい」

 

 ハルキさんは優しくそう言ってくれたけれど、私は今直ぐにでも自分の音を見つけたかった。



 確かなものが、一つでも欲しかった。

 

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完結してます。

 

よろしくですー!

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