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マリーと魔法使いヨハン86話

086 幕引き

 

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 第1話はこちらから読めます ↑

 

 マリーは無言で頷いた。

 その瞳には――――先程までには無かった、決意と希望の光が宿っていた。

 赤い光の螺旋は夜空をつんざき、二人とそしてこの大聖堂を包み込むように渦を巻いている。そして、紅の龍は怒り狂ったように暴れまわっていた。

 二人は直ぐに、破滅が――――最後のときが迫っているのを感じ、理解していた。
 ヨハンとマリーは顔を見合わせて頷き合い、お互いの手を強く握った。

「さぁ、マリー、目を閉じて――――心を落ち着けて聖杯に語りかけるんだ」

 マリーは目を閉じて心を落ち着けた。

「聖杯は、君を選んだ――――君が心から望むのなら、この暴走を治める事だって出来るはずだ。強い意志で語りかけなさい」

 ヨハンは優しく、そして厳しくマリーを導いて行った。

 マリーは静寂を取り戻した心の中で、聖杯に語りかけた。

 ――――お願いだから、止まって。

 マリーは強く瞳を閉じて、必死に聖杯に願った。

「マリー、もっと体の力を抜いて。そんなに力む必要は無いよ。そう、自然に、呼吸をするように、星を見つめるように、大切な時を過ごすように、ごく自然なことだと思うんだ。聖杯は君の一部、体の一部――――僕を信じ、僕の言葉に身を委ねて」

 マリーは、ヨハンに言われた通りに体の力を抜き――――自然に、呼吸をするように、聖杯に語り掛けた。

 ―――――お願い、止まって。もう悲しみを繰り返したくないの。“キャメロット”のように、また悲しむ人が生まれるのは嫌なの。大切な人を失いたくないの。

 マリーは破滅を迎えようとしている刻の中で、いつの間にか風を感じているような、とても清清しい、静謐せいひつとした気持ちにっていた。まるで初めて箒に乗って、幾千もの星たちを眺めた時のような気持ちで、マリーは自然に聖杯に言葉をかけた。

 ――――止まりなさい。


 その瞬間、二人を取り巻く螺旋の光も、大聖堂を駆け巡る紅の龍も、全てが弾け――――白刃の光が、辺りを包み込みました、

 夜明けよりもなお眩しく、黄昏よりもなお美しい、新しい何かが生まれるような、そんな一瞬の光の中で、マリーは聞きなれた声を耳にした。

 ――――そう、それでいいの。よくできたわ。


 マリーは絡んだ思考の糸を解き、声の主を手繰り寄せようとするが――――聞きなれたもう一人の声に、マリーの意識はその声の主に向けられた。

「マリー、良く出来たね。これで――――僕の舞台は幕引きだ」

 ――――幕引き?

 マリーはヨハンの言葉に顔を顰めた。

「ありがとう、マリー。それと、ごめんね――――」

 光は消え、大聖堂には闇と静寂が戻った。

 聖杯の暴走は納まり、マリーは何事も無かったように、ぽつんと大聖堂の真ん中に立ち尽くしていた。

「ねぇ、これって――――私たち無事だったの?」

 マリーは辺りを見回す。

 大聖堂には凄惨な光景が広がっていた。

 天井は全て崩れ落ち、ひび割れた空間は漆黒の闇を映している。壇上も騎士のステンドグラスも見るも無残な姿へと変わり、大聖堂はあらゆる天災に見舞われたように崩壊の一途を辿っていた。

「ねぇ、ヨハン終わったの?」

 マリーは呆然としたまま、手を握ったヨハンに視線を移した。

 その時、一枚の木の葉が落ちるように、音も立てずにヨハンがその場に倒れ込んだ。

「ヨハン?」

 マリーは直ぐにしゃがみ込んでヨハンに寄り添った。

 仰向けに倒れたヨハンを抱え、そしてその顔を覗き込むと、ヨハンのその表情はとても穏やかで、満足そうな顔をしていた。しかし、その顔色はこれでもかと言うぐらいに蒼白としていて、まるで生きていることを感じさせなかった。

「ヨハンっ?」

 マリーはヨハンの手を強く握ったが、その手はユダのように――――いや、それよりも遥かに冷たく、まるで氷に触れているようだった。

 そう、まるで――――
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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