マリーと魔法使いヨハン85話
085 遅くなったね
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マリーは今、目の前で起こる凄まじい光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。弾けた光は暴れだし、胸の奥から込み上げる熱はマリーの身を焦がすように、その激しさを増していく。
マリーは虚ろな視界が映し出す世界の中で、意識を目の前の光景に繋ぎとめておくことしか出来ずにいた。
マリーの心臓の辺りから溢れる赤い光は、際限なくこぼれ出し、渦を巻き――――紅の龍となって、辺りを駆け巡り続ける。紅の螺旋は“世界魔法陣 ”を抜け出し、静寂の大聖堂を包み込みように広がっていく。
暴れ狂う紅い龍は、大聖堂の至る所で激しい閃光と共に弾け、そして弾けた光は、魔法で作られたこの空間に、地割れが起きたかのような亀裂を生じさる。
空間の亀裂は爆発が起こるたびに大きく広がり、月のない夜空を映していた空間は、元の冷たく暗い大聖堂へと戻り、円蓋の天井は魔法が解けたように美しいステンドグラスへと変わった。
壇上の上の大きな騎士のステンドグラスは、悲しげな表情で壊れ行く空間を眺めているようだった。天上のステンドグラスは砕けて崩れ落ち始め、生じた亀裂からは何も無い、深い闇が顔を覗かせていた。
マリーは直感的に、この先に待ち受ける破滅の時を理解していた。
そして、マリーは壊れ行く世界を前にして胸の奥が膨らみ、今にも破裂してしまいそうなのを必死に堪えながら、翳んだ視界の中で見守っていた。まるで、世界から空気が消えてしまったように息苦しく、刻一刻と迫る破滅を前に体は震え――――そして、死への恐怖がマリーの心と身体を覆いつくしていた。
恐怖は、まるでこびり付いたカビのようにマリーの心に蔓延 り、それを拭うことを許さなかった。心の奥では、ゆっくりと、そして正確に、終幕の針を進めていた。
そして、時計の針がその時を告げ、マリーがもうダメだと顔を歪め、恐怖で心が支配されてしまいそうになった時――――マリーの手を、そっと誰かが優しく握り、その頬には暖かい感触が伝った。
少しだけ穏やかな気持ちになったマリーは、ゆっくりと瞳を開けた。
目の前には、優しく笑みを浮かべるヨハンがいて――――マリーの手を握り、そして反対の手で頬を撫でていた。
「――――ごめん、遅くなったね」
ヨハンは優しく言って微笑んだ。
それだけでマリーは胸がいっぱいになり、そして込み上げる感情の波に飲まれて、上手く言葉が出せなかった。
ヨハンを見つめたマリーは、力なくゆっくりと首を横に振った。もうダメ――――そんな意味が込められたように顔を歪めるマリーに、ヨハンは悪戯な笑みで答えてみせた。
「落ち着いて、ゆっくり心を静めよう」
マリーは無理よと、もう一度首を横に振った。
「ほら、目を閉じて」
ヨハンは優しく言葉を続ける。
「さぁ、僕らが出会った夜空を思い出して」
ヨハンは親指でそっとマリーの涙を拭った。
「あの美しい満月を思い出してごらん。あの素晴らしい星たちを眺めたら――――きっと心が落ち着くはずさ」
マリーはあの夜空を思い出そうと強く目を瞑り、心を落ち着けようとした。
「そう、ゆっくりと心を落ち着けて」
しかし、マリーは迫りくる恐怖に心を落ち着けることができず、閉じた瞳の中の暗闇に耐えることができずに、目を開いてしまった。
「ダメよ――――思い出せない」
マリーは震える声で訴 えた。
「大丈夫。君はもう、お伽話 を信じているだけの少女じゃない。世界を知り、現実を受け入れることを知った、大人の女性だ――――マリー、君なら出来る」
ヨハンの迷いも曇りもない誠実な言葉に、マリーはヨハンの言葉を信じてはいても、完全に拭い去ることが出来ない破滅への恐怖に、足が竦 んでいた。
「さぁ、もう一度――――ゆっくり瞳を閉じて」
マリーは頬を撫でるヨハンの指の先を見つめた。そしてその手の先を見つめた瞬間、マリーは胸の奥がえぐられるように心が痛み、驚愕の表情を浮かべた。
ヨハンのおよそ人の指先とは思えぬ酷い状態を見つめ、ようやく深い霧が晴れたように、マリーはヨハンの姿を曇りのなき瞳で見つめ直した。
その指先は赤く染まり、その手は人の手の形をしていなかった。
「ヨハン、その体――――それに、その手、指?」
ヨハンの身体 は痛み、傷つき、いたるとこに深い傷や痣 が浮かんでいた。身に纏うヨハンの見事な装飾品や黒のマントも全て壊れ、擦り切れ、ぼろ雑巾のように酷く、腰から下げた数々のアクセサリーは全て形が変形しており、元の形が何をしていたかまるで分からなかった。
マリーは言葉を失い、ただ黙ったままヨハンの手を取った。
マリーの黒い真珠のように美しい瞳からは、大粒の涙がこぼれた。
今度はヨハンが、黙ったまま首を横に振った。
マリーはヨハンの額から流れる赤い血を撫で、そっと額の傷に触れた。
ヨハンは一瞬顔を歪めたが、直ぐに表情を強張らせ、強い眼差しでマリーを見つめた。
「さぁ、やれるね?」
マリーは虚ろな視界が映し出す世界の中で、意識を目の前の光景に繋ぎとめておくことしか出来ずにいた。
マリーの心臓の辺りから溢れる赤い光は、際限なくこぼれ出し、渦を巻き――――紅の龍となって、辺りを駆け巡り続ける。紅の螺旋は“
暴れ狂う紅い龍は、大聖堂の至る所で激しい閃光と共に弾け、そして弾けた光は、魔法で作られたこの空間に、地割れが起きたかのような亀裂を生じさる。
空間の亀裂は爆発が起こるたびに大きく広がり、月のない夜空を映していた空間は、元の冷たく暗い大聖堂へと戻り、円蓋の天井は魔法が解けたように美しいステンドグラスへと変わった。
壇上の上の大きな騎士のステンドグラスは、悲しげな表情で壊れ行く空間を眺めているようだった。天上のステンドグラスは砕けて崩れ落ち始め、生じた亀裂からは何も無い、深い闇が顔を覗かせていた。
マリーは直感的に、この先に待ち受ける破滅の時を理解していた。
そして、マリーは壊れ行く世界を前にして胸の奥が膨らみ、今にも破裂してしまいそうなのを必死に堪えながら、翳んだ視界の中で見守っていた。まるで、世界から空気が消えてしまったように息苦しく、刻一刻と迫る破滅を前に体は震え――――そして、死への恐怖がマリーの心と身体を覆いつくしていた。
恐怖は、まるでこびり付いたカビのようにマリーの心に
そして、時計の針がその時を告げ、マリーがもうダメだと顔を歪め、恐怖で心が支配されてしまいそうになった時――――マリーの手を、そっと誰かが優しく握り、その頬には暖かい感触が伝った。
少しだけ穏やかな気持ちになったマリーは、ゆっくりと瞳を開けた。
目の前には、優しく笑みを浮かべるヨハンがいて――――マリーの手を握り、そして反対の手で頬を撫でていた。
「――――ごめん、遅くなったね」
ヨハンは優しく言って微笑んだ。
それだけでマリーは胸がいっぱいになり、そして込み上げる感情の波に飲まれて、上手く言葉が出せなかった。
ヨハンを見つめたマリーは、力なくゆっくりと首を横に振った。もうダメ――――そんな意味が込められたように顔を歪めるマリーに、ヨハンは悪戯な笑みで答えてみせた。
「落ち着いて、ゆっくり心を静めよう」
マリーは無理よと、もう一度首を横に振った。
「ほら、目を閉じて」
ヨハンは優しく言葉を続ける。
「さぁ、僕らが出会った夜空を思い出して」
ヨハンは親指でそっとマリーの涙を拭った。
「あの美しい満月を思い出してごらん。あの素晴らしい星たちを眺めたら――――きっと心が落ち着くはずさ」
マリーはあの夜空を思い出そうと強く目を瞑り、心を落ち着けようとした。
「そう、ゆっくりと心を落ち着けて」
しかし、マリーは迫りくる恐怖に心を落ち着けることができず、閉じた瞳の中の暗闇に耐えることができずに、目を開いてしまった。
「ダメよ――――思い出せない」
マリーは震える声で
「大丈夫。君はもう、お
ヨハンの迷いも曇りもない誠実な言葉に、マリーはヨハンの言葉を信じてはいても、完全に拭い去ることが出来ない破滅への恐怖に、足が
「さぁ、もう一度――――ゆっくり瞳を閉じて」
マリーは頬を撫でるヨハンの指の先を見つめた。そしてその手の先を見つめた瞬間、マリーは胸の奥がえぐられるように心が痛み、驚愕の表情を浮かべた。
ヨハンのおよそ人の指先とは思えぬ酷い状態を見つめ、ようやく深い霧が晴れたように、マリーはヨハンの姿を曇りのなき瞳で見つめ直した。
その指先は赤く染まり、その手は人の手の形をしていなかった。
「ヨハン、その体――――それに、その手、指?」
ヨハンの
マリーは言葉を失い、ただ黙ったままヨハンの手を取った。
マリーの黒い真珠のように美しい瞳からは、大粒の涙がこぼれた。
今度はヨハンが、黙ったまま首を横に振った。
マリーはヨハンの額から流れる赤い血を撫で、そっと額の傷に触れた。
ヨハンは一瞬顔を歪めたが、直ぐに表情を強張らせ、強い眼差しでマリーを見つめた。
「さぁ、やれるね?」
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。