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マリーと魔法使いヨハン60話

マリーと魔法使いヨハン(完結済み) 小説

060 雲の上に出る

 

kakuhaji.hateblo.jp

 第1話はこちらから読めます ↑

 

 大きな書物の束に埋もれたヨハンは、寝息を立てて眠っていた。

 昨夜、遅くまでロキと共に“聖杯”や“キャメロット”について調べていたので、ヨハンは眠りに付くと同時に熟睡をしてしまった。しかしヨハンが疲れているのは、寝不足だけが原因ではなかった。

 マリーを連れてアレクサンドリアに戻ってからというもの、ヨハンは毎日毎夜、“聖杯”の手がかりを探しに出歩いていたので、ほとんど休む暇もなかった。

 それに、ヨハンはマリーに気が付かれないようにこっそりと、マリーを危険や災難から守る魔法かけていたので、なかなか魔力を回復することも出来ずにいた。マリーに贈った髪飾りも、その一つだった。

 それに加えて、この“クライスト”を動かすのに、ヨハンの持っているほぼ全ての魔力を告ぎ込んでしまったので、ヨハンはもうくたくたで、満身創痍で仕方なかった。

 本来、魔力が少なくなった魔法使いは、他の魔法使いから魔力を分けてもらうか、体を休めて魔力を回復するものなのだが――――休む暇の無かったヨハンは、ほとんど魔力を回復することもできず、その疲労は蓄積を続ける一方だった。

 それでも、ヨハンを突き動かすものは――――マリーを助けたいと思う気持ちと、この物語の結末を、魔法使いとて見届けるという、決意だけだった。

 ヨハンはしばしの急速に羽を休め、静かに力を蓄えていた。

「――――兄貴?」

 そして、再び羽を広げる時が来た。

 騒がしく部屋の扉が開き、ホズが扉の間から現れた。

「――――“キャメロット”の領空に入りました」

 ヨハンは瞳を開け、翡翠の瞳を鋭く細めた。

 今まで眠っていたことなど微塵にも感じさせないヨハンの雰囲気に、ホズは思わず息を呑んだ。

「アルバトロスは?」

 ヨハンは短く訪ねた。

「いえ、まだです」

 それを聞いたヨハンは黙って立ち上がり、窓の外を眺めた。
 そして、窓を開けた。

 飛空艇の外、キャメロットの領空は物凄い嵐だった。

 部屋の中が強い雨風にさらされ、ヨハンの読んでいた書物が風に煽られてページを開き、大きな悲鳴を上げた。しかし、ヨハンはそんなことを気にする様子も無く、嵐を体で感じながら目を瞑り――――ゆっくりと手を広げてみせた。

 暫くして、ヨハンは再び瞳を開いた。

「――――雲の上だ」

 ホズは意味が分らないと首を傾げた。

「雲の上を飛んでいるのさ」

 ヨハンは荒れ狂う空の上を睨みつけ、そして部屋の隅に掛けてある漆黒のマント羽織った。そして、素早く机の上に広げた書物を銀のアクセサリー変えてしまうと、ヨハンはそれを空中で握りしめ、颯爽と部屋を後にした。

 操船室では、すでに全クルーが持ち場に着き、ヨハンの指示を待っていた。

 ヨハンは操船室の扉を開けるなり、高らかに声を上げました。

「今から雲の上に出る――――全員、準備はいいかい?」

「了解」

 ニーズホッグのメンバーも、声を上げてそれに応えた。

「雲の上に出ると同時に“アルバトロス”に遭遇する恐れがある、全員砲撃に備えてくれ。だけど、出来ることなら気が付かれずに出来るだけ“アルバトロス”に近づきたいんだが?」

「そういうことなら任せておけ」

「できるかい?」

 トールはにやりと笑みを浮かべてみせた。

「俺たちは、空賊だぜ? 相手に気づかれずに近寄るのはお得意だ。それに、ここからは俺たちの仕事だ。お前は、アルバトロスに侵入することだけを考えな」

 そこまで言い終えると、トールは大きく息を吸いこみ、そして怒号を鳴らした。

「おい野郎ども――――俺たちニーズホッグの操船術を見せてやろうじゃあねぇか?」

「おー」

 ニーズホッグのメンバーは、まるでこれから祭が始まるかのような声を上げ――――
 そして、トールの手際のいい支持が操船室を飛び交った。

「おい、ホズ――――雲の上に出ると同時に。魔石機関を停止させてエンジンを切れ。チェシャ、マーチ、エンジンが切れたと同時に帆を張れ――――風に乗るぞ」

「了解」

 次に、トールは見張り台に繋がる管に向かって声を出した。

「ハッター、ヘア――――今から頭半分雲の上に出る、小鳥一匹見逃すな」

「了解」

「ハンプティ、ダンプティ――――聴音、ぬかるなよ? 物音一つ聞き逃すな。レーダーをしっかり見張ってろ」

「了解」

「いいか、雲の上に出たらこいつは帆船と変わらねぇ。風の動きをよく読めよ? 少しのミスが命取りだ。大いなる空、大いなる風は――――」

「――――我らニーズホッグと共に」

 皆が一斉に声を揃え、空へと向かい合った。

「クライスト上昇だ」

「了解」

 そしてその声を合図に、クライストは雲の上を目掛けて上昇を始めた。

 クライストの頭半分――――見張り台が雲の上に出ると、クライストは上昇をやめてその高度を維持した。

「高度を保て。ドー、マウス――――右翼左翼の動力を切れ。マッド――――帆を張る準備をしろ」

「了解」

「何か見えるか?」

 トールは息を殺して、管に向かって尋ねた。

「いえ、まだ。思ったよりも雲が荒れてて、なかなか前方が見えません」

「このままの高度を維持してキャメロットに入る。そのまま監視を続けろ」

「了解」

「親びん」

 ハッターの声が管を伝って操船室に響いた。

「どうした――――いたのか?」

 トールの声に緊張が走った。

「グランド・エアだ。本物だ、これが――――」

「何だって? グランド・エアだと?」

 緊張した操船室に、どよめきが生まれた。

「こんなに凄いなんて」

「きれいだ」

 ヘヤの漏らした声も操船室に響いた。

「おっ、親びん、いっ、いました――――アルバトロスです」

「――――何?」

 突然の遭遇を告げる言葉に、再び操船室に緊張が駆け抜けた。

「進路―――高度は?」

「距離、およそ北北東八百。高度三千五百。速度五百――――」

「ずいぶんゆっくりだな?」

「ドー―――速度を七百五十まで落とせ」

「了解」

「よしっ、奴さんのケツがようやく見えた。ここから腕の見せ所だぜ? ヘア――――絶対見逃すな」

「了解」

「それから、ハッター――――目測を誤るな。距離が六百以下になったら知らせろ?」

「了解」

「さて、ヨハン――――あのアルバトロスだが、一体どれぐらい近づけば気づかれる? と言うよりも、お前たち魔法使いは、どれぐらいの距離でこのクライストの存在に感づく?」

「もし、僕と同じか、それ以上の魔法使いなら――――もう気が付いているだろう」

 ヨハンは躊躇わずに言った。

「だが、彼らは追っ手が来ているなんて夢にも思っていないだろうから――――あの船に張ってある魔力で練り上げた防御幕まで近寄らなければ、まぁ大丈夫だろう?」

「それなら、考えても仕方がねぇ――――お前ら、雲の上に出るぞ」

「了解」

 何の躊躇いも無いその言葉を聞いて、ヨハンは大きな声で笑った。

「全く、君たちのそういう所が、僕は好きだよ」

 ヨハンの言葉にトールは反応を示さず、ただ真直ぐに空と対峙することに従事した。

 そして、クライストが激しい嵐の空から出ると――――

「ホズ――――エンジンを切れ」

「了解」

「マッド――――帆を張れ」

「了解」

 その言葉を合図に――――それま閉じて機体に収納されていたいたクライストの両脇の翼、骨のような羽が一斉に開き、その羽に純白の帆が開き、展開された。それから船尾にも、まるで天女の衣のような帆が張られて、嵐になびいた。

「よし、これからクライストは無音航空サイレント・フライトに入る。ホズ――――ここからの指揮は、お前に任せた。俺は一休みするぜ?」

「親父?」

 ホズが、信じられないと言わんばかりの表情で声を上げた。

「なぁに、俺はもう引退してお前にニーズホッグを任せたんだ――――お前が、しっかり指揮をとれ」

 わずかな沈黙が訪れた後――――ホズは姿勢を伸ばして、太い声を出した。

「了解」

 ホズはその瞳に炎をたぎらせて、再び空に向き直った。

「すまないね――――引退した身に鞭を打たせて」

 大きすぎる体を椅子に委ねてくつろぐトールに、ヨハンは声をかけた。
 それを聞いたトールは、「へっ」と笑い、毒づくように――――

「心にもねぇことを言いやがってよ」

 それを聞いたヨハンはにやりと笑い、それ以上何も言わなかった。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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