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マリーと魔法使いヨハン39話

039 必ず迎えに行くよ

 

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 第1話はこちらから読めます ↑

 

 どれくらいの時が流れただろうか――――

 ヨハンは深淵の闇にたゆたう意識の中で、月明かりのように儚い光を見つけた。

 そして暗闇を照らす紫色の光りが、ヨハンを包み込んでいる影をすっぽりと包み込んだ。するとヨハンを覆っている影は、水が蒸発するように消えていった。

 影から顔を出したヨハンは、地面に仰向けに倒れていた。

「お前は何をやっている――――彼女を守るんじゃなかったのか?」

 冷たく厳しい言葉がヨハンの思考に潜り込み、止まっている頭を再び動かした。
 ヨハンは目を開き、跳ねるように飛び上がった。

「――――はっ、マリー?」

 目を覚ましたヨハンは、マリーの名を叫ぶ――――辺りを見回し、そして徐々に頭が冴えてきたヨハンは、顔色を変えて表情を顰める。

 ヨハンは宙に浮いているロキに視線を向ける。

「ロキ、マリーは?」

「覚えてないのか? マリーは連れて行かれた――――すまない、私が来るのが遅すぎた」

 ロキは淡々と述べたが――――その言葉にはいつもとは違う、悔しさと後悔の念がこもっていた。

 ロキの言葉を聞いたヨハンは、今までに感じたことがないぐらいの焦燥感に駆られていた。まさに絶望的と言わんばかりの表情を浮かべ――――

「くそっ、いったい何をやっているんだ、僕は?」

 吐き捨てるようにヨハンは言う。

「自分に絶望するのはいいが――――早く追わないと、取り返しがつかなくなぞ」

「わかっている」

 ヨハンは即座に腰のアクセサリーから箒を取り出す。そして箒の上に二本の足で飛び乗ると――――箒は凄まじい早さで高度を上げ、空へと向かっていく。

「私たちの読みとは――――完全に違う方向に物語が進んでいるな?」

 激しい風圧の中でロキが言う。

 箒はすでに王都の上空にまで達していて、眼下の建物がとても小さく見えていた。

「ああ、完全にぼくの読みちがいだ。“魔法省”と“国家魔法使い”だけに気を配っておけば、マリーの情報は洩れないと思ってアンセムに動いてもらっていたのに」

 風をかき分け、雲を突き抜けながら、ヨハンは厳しく言い放つ。

 その間にも箒は夜の闇を切り裂いて空を進み、すでに王都を離れようとしていた。

「あれだけの魔力を持った者たちが揃っているとはな? ご丁寧に、私が動けぬようにアジトに魔法陣まで張って――――お陰で随分と手間がかかった」

「僕も完全にしてやられたよ。あんな強力な魔法は久しぶりだ」

 ヨハンはもどかしそうに言葉を発し、自分の不甲斐なさに落胆していたが――――直ぐに顔を上げて分厚い雲の先を睨みつけ、翡翠の瞳を強く光らせた。

「だけど、このまま引き下がるわけにいかない――――絶対に、マリーを連れて行かせるわけにはいかないんだ」

 ヨハンは自分に言い聞かせるように強い口調で言うと、大きな積乱雲の影に巨大な物体を見つけた。

「あそこだ――――」

 瞳を細めたロキが、何かを見つけて言う。

「馬鹿なっ、アルバトロス?」

 ヨハンは驚き、信じられないと首を横に振る。

 雲の中にどっしりと佇む、その巨大な物体は――――まるで芋虫のような縦長の形をし、三対六枚のトンボのような羽を左右に付けた、巨大な飛空挺だった。

 しかし、それはとても飛空挺とは思えぬほどに、不気味でまがまがしい姿をしていた。まるで夜空に浮かぶ幽霊城のような、そんな雰囲気をかもし出している。大きな口を開けた夜の闇すら飲み込んでしまいそうな船体に、ヨハンは夜の闇よりも深い戦慄を覚えていた。

 震える体を押さえ込んだヨハンは、箒を操ってアルバトロスに近づいて行く。

「いったい、誰がアルバトロスを動かしているんだ?」

 近づいてみると、アルバトロスはさらに不気味で、船体から聞こえる羽とエンジンの機械音は、まるで巨大な怪物が大きな叫び声を上げているようだった。

 そして、ヨハンがアルバトロスの船体に手が触れられそうなくらいまで近づいた時――――アルバトロスは突然、ガタガタと音を立てて動き始めた。

 空の上で地震か地割れでも起こっているかのような振動と騒音に、思わずヨハンは耳を塞ぐ。

「くそっ、どこか船内に入れる場所は?」

 ヨハンはアルバトロスが巻き起こす乱気流の中、船内に侵入できそうな場所を懸命に探す。

「ヨハン、このままだと巻き込まれるぞ?」

「だけど――――」

 ロキの言葉を遮り、ヨハンは箒を駆ってアルバトロスに喰らいつく。

「どこかあるはずなんだ」

 箒に鞭を打ち、自分自身を叱咤して、ヨハンはアルバトロスの外装を這うように飛ぶ――――しかし箒は乱気流のつくりだす風の鞭に捕まり、そのまま飛ばされてしまった。

 ヨハンは箒の態勢を立て直すのに精一杯で、すでにアルバトロスを追うことなど無理な状態だった。

 空の上で荒馬と格闘するように箒を操り――――その間にも、アルバトロスとの距離はどんどんと離れていく。

 そして、ついにアルバトロスは雲と地平線の向こうに消えて行ってしまった。

「マリー、待ってて――――今、迎えに行くから」

 アルバトロスが見えなくなっても、ヨハンはアルバトロスに追いつこうと必死の箒を飛ばす。いつまでも懸命に箒を飛ばし続けるが、その時―――――ヨハンの肩の上で黙ったままロキが、長い尻尾でヨハンの頬をおもいきり叩いた。

“ぺしん”と言う音と共に、ヨハンは箒を止めてロキを睨みつけた。

「まだ追いつけると思っているのか? 少し頭を冷やせ」

 言い返す言葉も見当たらないヨハンは悔しそうに顔を歪めて、今にも泣き出しそうに歯を食いしばった。

「お前がマリーを助けると言ったんだろう? それに、お前しかマリーを助けられないんじゃないのか? ならば、お前が一番冷静にならなくてどうする――――ここは、一旦引いて態勢を立て直すしかないだろう」

 ヨハンをなだめるようなロキの言葉に、ヨハンは力なく頷く。

「だけど、マリーは大丈夫かな?」

 まるでしかられた子供のようにしゅんとして、ヨハンはロキに尋ねた。

「ああ、奴らの目的が“聖杯”なら、下手にマリーを扱うことはないだろう。どういう方法かは知らないが、それ相応の準備も要るはずだ。しばらくは、マリーに危害を加えることはないだろう」

 ロキの力強い言葉を聞いて、ヨハンも即座に立ち直ってみせ、その瞳には新しい光が灯っていた。

「だが、マリーが危険な事には変わりない、。急がなければ危ないだろうな」

「分かってる。僕の持てる力の全てで――――マリーを救出する。ロキ、君にも魂をかけてもらうことになる」

 ヨハンは決意を告げた。
 それを聞いたロキも、深く頷いた。

「今更何を言う? 私の魂はお前の魂と共にある」

「すまない」

 ヨハンはアルバトロスの去った空を、凛と見つめていた。
 そして、その先にいるマリーに向けて言う――――

「マリー、必ず――――迎えに行くよ」
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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