マリーと魔法使いヨハン37話

037 魔笛ハーメルン

 

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 ヘイムデイルと名乗った男は、歓喜に満ちた声を上げてそう叫ぶと――――纏っていたローブを勢いよく宙へ脱ぎ捨てた。

 純白のローブは天高く舞い上がり――――ローブの下からは、鈍い銀色の甲冑が顔を出した。そしてローブは空中でその姿を変え、それはヘイムデイルの身の丈程はありそうな――――巨大な槍となった。

 槍の穂先は大きく広がり、半月が少しかけたような形をしている。柄はローブと同じ純白で、金の模様が入っていました。

 ヘイムデイルは槍を手に取って両手で構えると、勢いよくヨハンに迫った。

 物凄い早さで突進してくるヘイムデイルは、両手に持った槍を振り上げ、縦一閃――――ヨハン目がけて勢いよく槍を振り切った。しかし、槍が切り裂いたのはヨハンでなく、虚空だった。

 ヨハンは、槍を躱す瞬間、後ろに身体を引き、紙一重で槍を交わしてみせる。
 そして、ヨハンはそのまま後ろに飛び、呆然と立ち尽くしているマリーを腕で抱え上げた。

 その刹那――――

「もらったぁ」

 ヘイムデイルは槍の刃を返し、その槍を一旦引きながら一歩踏み出して――――今度は槍を振り上げてみせる。

 地面をすくうように振り上がる槍を、瞬時に避けられないと判断したヨハンは――――

「マリー、飛ぶよ」

 マリーを抱えたまま宙に飛び上がった。

 ヨハンは鳥のように舞い上がり、風になびく衣のようにふわりと空中を舞った。そして、ヘイムデイルがすくい上げた槍の遥か上を飛び越し、欄干に作られた天使の像の上に着地した。

「あまいっ」

 その動きを見逃さなかったヘイムデイルは直ぐさま槍を水平に構え――――再び、横一閃。槍を右から左に振り抜いた。

 しかし槍を降り抜いた後、ヘイムデイルの顔が屈辱と怒りで歪んだ。鷹の眼によく似た紅の瞳は、槍の穂先に止まったヨハンを睨みつけている。

 ヨハンは、ヘイムデイルが振り抜いた槍の切っ先に、悠々と片足で着地してみせた。そして槍の先に乗ったヨハンは、巨大なヘイムデイルよりもさらい高い視線でヘイムデイルを見下ろし、悪戯な笑みを浮かべてみせた。

「ぐうううう」

 ヨハンの嘲るような笑みを見たヘイムデイルは、血相を変えて直ぐさま槍を振り上げる。ヨハンはまたも羽のように宙へふわりと飛び上がり、今度はヘイムデイルの肩に一歩足をおき、そのままヘイムデイルの背に着地した。

「――――小賢しいっ」

 ヨハンは振り返ろうとしたヘイムデイルの足をかけ、巨大なヘイムデイルを転ばせると、反対側の橋の端まで駆けて、そこでマリーを降ろした。

「しばらく、じっとしていて」

 ヨハンはそう言うと――――マリーの回りに身につけていた首飾りで円をつくり、緑色の墨で不思議な紋章と“ルーン文字”を、円の中に素早く描いた。

「この中に入れば心配ない」

 そう言ってヨハンはマリーに背を向け、ヘイムデイルに対峙した。

「ヨハン?」

 マリーは心配そうにヨハンを呼んだ。
 ヨハンは振り返る――――

「何、心配ないさ。僕は、天才だからね――――そこでおとなしく待っていて」

 ヨハンは余裕の表情でそう告げると、再び振り返りヘイムデイルに向き直った。
 しかし心配無いと告げた言葉とは裏腹に、その心の中は激しい焦燥に駆られていた。

 ヨハンは鋭く翡翠の瞳を輝かる。

 その先には、起き上がったヘイムデイルが憤然と立ち尽くしていた。

「小僧が、ちょこまかと――――」

テンプルナイトのヘイムデイルか? これほどまでの魔力をもった騎士、なかなかお目にかかれるものじゃないな」

「何をごちゃごちゃと」

 ヨハンは言葉を止めて、ヘイムデイルを見据えましたる。するとヨハンから余裕が消え、二人の間には静かな戦慄が走り抜けた。

 ヨハンは即座に腰のチェーンから音符の形をしたアクセサリーを外した。そしてヨハンは、素早くそれを笛へと変えてみせた。細く長い銀色の笛は、笛全体に唐草模様が入ったいたって普通の笛だった。それを見たヘイムデイルは、馬鹿にされたように表情を歪めた。

「小僧、まさかその笛でこの槍と戦うというのか――――それとも、貴様は私を愚弄しているのか?」

「まさか? あいにく僕は魔法使いだ。刃物は身につけない主義なんだ。けれど――――」

 ヨハンはニヤリと笑みを浮かべ、銀の笛に視線を移した。

「この魔笛まてきハーメルン”――――かつては、千を超える魔物を一夜にして異界に送ったいわくつきの笛さ。侮ってかかると、痛い目をみるぞ?」

 ヨハンは魔笛を月にかざし、笛の先でヘイムデイルを指した。

「御託を――――」

 そう叫ぶと、ヘイムデイルは再びヨハンに向かって突進をした。そして、ヘイムデイルはものの一瞬でヨハンとの間合いを詰め、槍の切っ先をヨハンの心の臓めがけて突き刺した。その突きを、ヨハンは心臓に刺さる手前のわずかな距離で受け止めた。

 しかし槍の鋭い刃を笛の腹で受け止めたヨハンの笛が、槍の力に押されて徐々に心臓に近づいていく。ヨハンが体中の力を精一杯振り絞って槍を受け止めているのに対して、ヘイムデイルは余裕の表情を浮かべてヨハンに迫っていた。

 暫く二人の力は拮抗した状態で収まり、嵐の前の静けささながらだった。

 ヨハンの震えた顎先から汗が滴り、音もなく地面に落ちる――――刹那、不気味な鈍い音が響いた。ヨハンは腹部に強烈な痛みを感じ、そのまま後ろに吹き飛ぶ。ヘイムデイルの蹴りを腹部に喰らったヨハンは、臓物ぞうもつを吐きだしそうなほどの嘔吐感と激痛に支配され、ヘイムデイルはもちろんそれを見逃さず、ヨハンに一歩詰め寄って槍を振り落とした。

 ヨハンはそれを転がりながら右に交わし、今度は左にと――――転げ回りながら突き降ろされる槍を紙一重で交わし続けた。

 ヘイムデイルはヨハン目がけて何度も槍を地面に、まるで雨のように振り下ろし続ける。

 ヨハンは槍を交わし続けながら後転し、そのまま手の力で起き上がって上空で一回転した。そして地面に着地する。

 ヘイムデイルはそれを追わず、槍の柄で橋を突いた。

 するとヨハンの着地した回りの地面が、激しく音を立てて揺れ始めた。地面はそのまま盛り上がり、柱のような岩盤が勢いよく地面から突き出しす。ヨハンは揺れる大地の上で態勢を崩さぬように、必死にバランスを取りつつも、危機的な状況に顔を顰めた。

 幾つも突きだした岩の柱は、粉塵を巻き上げながらヨハンを岩盤の中へと閉じ込める。そしてヘイムデイルは口元の端を大きく吊り上げながら、地面を突いた槍にさらに魔力を込める。

 すると岩の柱は閉じ込めたヨハンを圧縮し、大きな音を立てて一本の太い柱へとその姿を変えた。

「ヨハンっ? ヨハーン――――」

 マリーはヨハンの名を叫んだ。

 しかしその声はヨハンには届かず、ヨハンの変わりに返事をしたのは――――岩が崩れる小さな音だった。

 そして、マリーはその場に崩れ落ちるように膝をついた。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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