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マリーと魔法使いヨハン36話

036 赤い鷹の眼をもつ男

 

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 マリーとヨハンの二人は、夜の吐息に包まれて静かに眠りについた夜の町を歩いていた。

 昼間の賑やかで活気のある雰囲気とは違い、夜の王都の街並みは神秘的で心が洗われるような――――そんな表情をしていた。

 先ほど降り注いだ雨のせいで街路は濡れ、雲間から顔を出した月の光は、地面にできた水たまりに反射して金と銀の光を放っている。町を貫くレイプト川も月の光を反射して、星を散りばめたような光を讃えていた。

 幻想的な月夜の散歩を楽しみながら、二人はレイプト川に架かる大きな橋を渡っていた。

 すると突然――――橋の真ん中で足を止めたヨハンが、何かに気づいたように表情を強張らせた。そしてヨハンはマリーを庇うように手を広げてを、マリーの動きを制止した。

 マリーは――――“急に、どうしたのだろう?”と、ヨハンを見つめるが、ヨハンはマリーに視線を移さずに、橋の先を鋭い視線で見つめていた。

 雲が月を覆い隠して夜の帳が深く覆いかぶさると、ヨハンの視線の先に、突如として人影が現れた。

 橋の欄干の上に飾られた騎士の像がつくる、橋の上に伸びた影の中から――――その人影は、ゆっくりと動き出しました。そして、現れた人影は音もなく歩きだす。

 ヨハンはその人影が近づいて来るにつれて体を強ばらせ、全身に緊張を走らせた。人影は近づくにつれてくっきりとシルエットが浮き上がり、今ではハッキリと影から現れた人影が巨大な体格の男だということが理解できた。

 男は全身を白いローブで覆っていた――――ローブには金色の刺繍が施され、見た目には神父か教会の人間のように見える。しかし、近づいてくる男の例えようの無い重圧と緊張感に、ヨハンだけでなくマリーも全身に緊張を走らせて、口を開くことも、その場から動くことも出来ずにいた。

 近づいて来る白いローブの男は、ヨハンとマリーから少し離れた場所で徐に止まり――――被っていた、ローブのフードを脱いでみせた。フードの下から現れた男の顔は、覇気のある顔に、山の尾根のような鼻、そして武骨と呼べる顔に浮かぶ鷹のように鋭い紅の瞳が、まるで獲物を睨みつけるかのように、ヨハンとマリーを見つめていた。

「いったい何の用だい、こんな時間に?」

 ヨハンは、今にも破裂しそうな静寂と重圧を破って言葉を発した。

 しかし、二人の目の前に立ったまるでヨハンの倍はありそうな大男は、ただ黙ったままヨハンを観察するように眺めていた。まるで獲物が弱るのを待つハンターのように、白いローブの大男は微動だにせず、ただヨハンを眺めている。

 そして、もう充分に観察を終えたのか、それともヨハンを眺めていることに飽きたのか、興味を失ったように目を細めて息をつき、しゃくれた顎を上げて声を発した。

「まさか、こんな小僧だとは?」

 本当につまらなく下らない物を見ているように、男は吐き捨てるように言った。

「ボロニアから、微かに残った魔力の後を辿って来て見れば――――こんな小僧が“聖杯”を奪ったとは?」

 聖杯と言う言葉を聞き、ヨハンとマリーの体がさらに強張る。
 二人の緊張は夜の闇より、更に濃くなった。

「何を言っているのか、さっぱりわからないんだが?」

 ヨハンの言葉を受けて、男は鷹の目を細めて、鋭く睨みつけた。
 刺されるような視線を浴びて、ヨハンはその背に大量の汗をかいていた。

「あまり、つまらんことを言うなよ――――小僧っ。こちらはずいぶん手間をかけてる。この町の入り込むのだって、ずいぶんと苦労をしたものだ。魔法使いヨハン。この町では、少しばかり有名人らしいが、貴様が聖杯を奪い去ったことは分かっている。そして――――」

 男の獲物を狙う目が、ゆっくりとヨハンからマリーに移っていく。

「そこの娘が、聖杯の器――――“聖杯の乙女”だってことも」

 マリーの体を先ほどと同じような威圧感や重圧が、そしてそれよりもさらに激しい悪寒が体を突き抜けた。マリーは体の震えを必死に抑えようと、強く手を握って体に力を入れた。しかし体の震えは止まらず、マリーの足はがくがくと震え出す。

 男の魔力の込められた眼光が放つ重圧は、魔力をもつヨハンでさえも居心地が悪く、この場から直ぐにでも逃げ出したくなるような、そんな気配を発していた。

 ヨハンはマリーの前に立ち位置をずらし、男からマリーが見えないように遮る。そのお陰でマリーの気分は幾分か楽になったが、それでも威圧感や重圧は全く消えていなかった。

「よく調べている。君たちは“グラール”の魔法使いというわけか?」

 ヨハンが男の放つ視線に言葉で応酬すると、男は嘲るように口元を緩めた。

「貴様は何も分かってはいないな。少しばかり知った気でいるようだが――――半端な知識は、無知よりも愚かである。“グラール”なんて国は、所詮“魔法石”の眩さに目の眩んだ蛾にすぎない。小僧、知っているか―――――」

 男は更にヨハンを嘲るように、顎を上げて言葉を続ける。

「暗闇の中、揺らめく炎に見入られた蛾は、そのまばゆさ近づこうとし、最後にはその身を焦がし、地面に散っていく――――それが、まさにグラールだ。いや、この国も、そして世界政府に加入する国どもも、何ら変わりはない。そして貴様も、まさにその蛾と同じだ」

 男は、ヨハンの言葉を待つように口を閉ざした。しかしヨハンは言葉を返さず、今度は逆にヨハンが男を観察するように、目の前の大男を眺めていた。

「小僧、貴様はずいぶんと才のある魔法使いらしいな? なら今、自分がどう言う状況か分かっているだろう。私は、魔法使いのためにこうして動いている。だから、貴様のその才に免じて、一つだけチャンスをやろう、娘を私に渡せ―――――そうすれば、今回の貴様の行動には目を瞑ろう」

 ヨハンは何かを読み取ったように眉根を寄せた。
 そしてヨハンはにやりと笑みを浮かべて、徐に閉ざした口を開いた。

「どうやら、君たちは何かの国や機関のために働いているのではないらしいね?」

 ヨハンは、男の問いとは全く関係のない答えを発した。しかし、白いローブの男はその言葉を聞いても眉一つ動かさず、ただ静かにヨハンを眺めていた。

「僕が“アルバトロス”に侵入した時、確かにあの船にはたくさんの乗組員がいた。僕はグラールの兵士かと思っていたが――――魔法で操っていたのか? 君たちの協力者か?」

 ヨハンは思案を続けながら言葉も続ける。

「まぁ、それはいい。僕が聖杯を盗み出した時、すぐに気づいて僕を追って戦闘艇だが、あれには人影が無く、誰かが魔法で操っていた。だから僕はグラールの魔法使いか、魔法省の人間だとばかり思っていた。しかし――――」

 ヨハンの言葉を、白いローブの男はただ黙ったまま聞いていた。

「僕がこの“アレクサンドリア”に帰ってきてから情報を集めてみると、“アルバトロス”に積んだはずの“聖杯”の話は、“グラール”にも“魔法省”にも伝わっていなかった。“国家魔法使い”も全く知らない話だった。だけど、僕は聖杯を盗み出した次の日に“ボロニア”の街を訪れている。あの場所には、確かに魔法使いの気配がした。僕が魔力感じたんだから間違いない。そして、現に君はこうして、僕の魔力を辿ってこの町までやってきている。これは、いったいどういうことだろう?」

 ヨハンは、立てた一差し指を、男に突き出しました。

「あのアルバトロスを動かし、聖杯を狙った者たちは――――少なくとも国や、何かの機関に属した魔法使いでなく、あくまでも個人的、しかも少数で、ある目的のために動いている者たちと言うことになる。しかし、するとここで矛盾が発生することになる――――ならば、個人的に動いているはずの君たちが、どうしてアルバトロスを動かす権限を持っていたのか? そして、僕の考えではあの戦争――――“バグラ侵攻”は、聖杯を狙ったものが、グラールを唆して戦争に発展させたと踏んでいる。先ほど君が蛾の話をした時、確信したよ。君たちはグラールに属していながら、全く別の目的で動いている。聖杯の力を利用して、クーデターでも起こすつもりか?」

 今度はヨハンが目を細めて嘲るように、白いローブの男を見据えた。

 ヨハンの言葉を最後まで聞いていた男は、ヨハンの言葉を聞き終えると顔を歪めて不気味に笑い始めた。

「クーデターか? おもしろい。だが、貴様の考えも、まるっきり的外れと言う訳ではない。むしろ、大筋は正解と言えるだろう。それだけに惜しいな? 貴様の才も、その知力も、ここで終わらせるには惜しい存在だ。あの男も、きっと貴様を歓迎するだろう。どうだ小僧、私と一緒に来い――――貴様も、聖杯の乙女も、悪いようにせんぞ?」

“あの男”と言うフレーズに、ヨハンは関心を示し――――そして男の言葉に、ヨハンは笑顔で応えた。しかしヨハンのその表情とは裏腹に、少年の体は激しく緊張し、額にはこんなに涼しい夜だというのは滴るような汗をかいていた。

 ヨハンは背中を向けたままマリーに手を回し、マリーを守る姿勢をとる。

 白いローブの男は、ヨハンの行動に顔を顰める。

「悪いけど――――僕は、魔法使いの理すら知らないような、田舎者たちに手を貸す気はない。それに、聖杯を戦争の道具にさせるわけにはいかない」

 断固たる決意の口調でヨハンが告げると、白いローブの男は残念そうに息をついた。しかし、男は一転して表情を変え、今度嬉しそうに口の箸を吊り上げてみせた。

 男は、その鷹のような紅の瞳を、獲物を狩るハンターの目付きへと変え――――ヨハンを鋭く睨みつけた。

「そうか、ならば仕方ない――――だが、最後に覚えておくがいい。ヘイムデイル――――“テンプルナイト”のヘイムデイルだ。それが、貴様の知る最後の男の名だ――――」
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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