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マリーと魔法使いヨハン35話

035 百年の後、土に体を返し、星に心を帰しても、千年の後、またこの糸を手繰り寄せよう

 

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「そんな酷い、たかが石のために?」

 マリーは震えた声で言った。

「始めは侵攻に反対していた“白獅子”も、“バグラ”で魔法石が見つかった途端に。手の平を返したように戦争に参加していったよ。関係のない人たちを皆殺しにし、住む家や、家族を奪っていった。それには多くの魔法使いが、戦争の道具として参加していたんだ」

「でも、どうして魔法使いたちは戦争に反対しないの? そんな酷い戦争なら、反対すればいいじゃない?」

「前に話した通りさ。魔法使いこそがエリートの道なんだ、。“世界政府”も“魔法省”も、“ヴァルハラ議会”――――国の権力の座には、多くの魔法使いが腰を降ろしている」

「じゃあ?」

 マリーの顔に陰りが見えた。

「そう、魔法使いこそが、今の世界を動かしているのさ。この戦争も、きっと魔法使いが仕掛けたものだよ」

 ヨハンは深刻そうに顔を顰めた。

 マリーは言葉が見つからず、ただ驚愕の表情を浮かべたまま黙っていた。ヨハンもしばらく口を開かずにいたが、しかし静寂を切り裂くように、ヨハンは声を強めて言葉を発した。

「実は、僕もバグラ大陸に行っていたんだ」

 突然の告白に、マリーは表情を強ばらせてヨハンを見つめた。

「僕がバグラに行った目的は、一つ――――それは、バグラが僕の産まれた故郷かもしれないから」

「うそ? そんな――――」

「先遣隊としてバクラに行っていた魔法使いに聞いたんだ。バグラに住む人たちの中には、僕に良く似た髪や瞳の色の人たちが住んでいたって」

 ヨハンの声が更に強く鋭くなった。

「だから、僕はどうしてもバグラに行く必要があった。僕は自分が何者なのか、自分の産まれた場所は本当にバグラなのかを、知る必要があったんだ。だけど魔法使いとして行くことは、この戦争に手を貸すことになる。それだけは、僕にはどうしても出来ない。だから、トール達の手を借りてバグラに渡ったんだ」

 辛そうに言葉を止めるヨハンを見て、マリーは気遣うように声をかけました。

「それで、バグラはヨハンの故郷だったの?」

「僕は、ただ自分が産まれた場所がそこなのか知りたかっただけなんだ。だけど、僕がバグラに着いた時には、既に大陸は瓦礫と死体の山だった。悲惨な光景だった」

 ヨハンは瞳を閉じ、瞼の裏に凄惨な光景を浮かべた。

「僕には、どうすることもできなかった。でも、間違いなくあそこは僕の産まれた場所だった。何故かは分からないけど、でも分かったんだ。ここが僕の故郷だって。あの地の一歩足を踏み入れた時に、言われた気が、感じたんだ――――お帰りって」

 ヨハンの声は震え、打ちのめされたような表情を浮かべていた。

「やっと見つけた故郷なのに、僕にはただ見ていることしかできなかった。たくさんの人たちが死んで行くのを――――僕はただ傍観していることしかできなったんだ」

 拳を握り、体を震わせるヨハンの頭をそっと撫でながら、マリーはヨハンが落ち着くのを待った。
 何も言わず、ただ黙ったまま、マリーはヨハンの言葉を待っていました。

「向こうにいる間、僕はずっと“グラール”の兵士に魔法で変装していたんだ。あそこの指揮権は、全てグラールが握っていたから、そのほうが動きやすいと思ったんだ。しばらくして、思いもよらない情報が僕の耳に入り、僕はその情報を頼りに飛空挺に乗り込んだんだ」

「もしかして?」

 マリーは何かに気づいたように尋ねた。

「それが“アルバトロス”――――“グラール帝国”が“魔石機関”の粋を集めて造った、再新鋭の飛空挺だった。情報は極秘の物資をアルバトロスに積み込み、これから出航するというものだった。僕は確信を持って船に乗り込み、その物資が何なのか確認に向かった。昔から言われていたんだ。“聖杯”は南の異大陸に眠っているって。案の定、グラールが積み込んだ物資と言うのは“聖杯”のことだった」

 ヨハンは言葉を強く噛み締めた。

「これが、この物語の始まりだよ」

 ヨハンはどっと疲れたように息を吐いて言葉を終え、物語を閉じた。

 マリーはようやく自分の中で一本に繋がった物語を聞き終え、想像を超える話の内容に押し潰されそうになっていた。

「じゃあ、私の中にある魔法石は――――ヨハンの故郷から見つかった物なのね?」

 マリーは念を押すように、ヨハンに尋ねた。
 ヨハンは黙ったまま頷いた。

「それって、グラールが兵器にしようとして持ち出した物なの?」

 ヨハンは首を振った。

「分からないんだ。“アレクサンドリア”に帰って来てから、ありとあらゆる方法で探ってはいるんだけど、確かなことはなにも? 分かっているのは、グラールも、魔法省も、それに世界政府さえも、“聖杯”の存在には気づいていないんだ」

「じゃあ、一体誰が?」

「わからない」

「だけど、魔法使いが絡んでるのは間違いない。こんなことができるのは、魔法使いしかいない。きっと、そいつがこの戦争を仕掛けた張本人でもあるはずなんだ」

「ねぇ――――」

 マリーは言いづらそうに言葉を続ける。

「世界政府とか魔法省に話してみれば、もしかしたら力を貸してくれるかも」

「ダメだ」

 ヨハンは頑として言い放った。

「そんなことをしたら、マリーを危険にさらすだけだよ。きっと奴らはどんな方法を使ってでも聖杯を取り出そうとするはずだし、マリーを丁重に扱うとは思えない。それに、この聖杯を兵器にする訳にはいかないんだ」

 ヨハンの言葉にマリーは頷いた。

 しかしマリーは、自分の中に残る不安を拭い去ることができず、震える声を必至に押さえて尋ねた。

「もしかしたら、私の中にあるこの魔法石が、聖杯が――――“キャメロットの悲劇”のように爆発するかもしれないの?」

「――――わからない。正直、そうならない保証はどこにもないんだ」

 ヨハンは自信がないながらも、偽ることことなくそう言って続けた。

「だけど――――」

 ヨハンはマリーを真っすぐ見つめ直した。

「絶対に“キャメロット悲劇”を繰り返しはしない。それに、必ずマリーの中にある“聖杯”を取り出してみせる。マリーを絶対に守りぬく――――約束するよ」

 ヨハンの真剣な顔を見れば、この言葉に偽りがないことは容易に理解できた。
 そしてマリーは、笑顔で頷いた。

「ええ、信じるわ。ヨハンを信じるって――――私、決めた」

「マリー、ありがとう」

 ヨハンは真摯に言った。

 マリーにはその言葉だけで十分だった。

 ありがとう。

 たった一言で、マリーの心は今までにないぐらい満たされていた。ヨハンの言葉に心から安心してしまうマリーは、この時、どうして自分がヨハンの言葉で安心できるのか、少しだけ分かったような気がした。きっと初めて出会った時から、マリーはヨハンのことを信じていたのだろう。今までは、それに気がつかないふりをしていた。

 ようやく埋まった二人の溝――――その溝を埋めたお互いの信頼と絆は、二人の心の中をとても暖かく、そして優しく包み込んでいた。

 それから二人は、長い間肩を寄せ合い、寄り添って言葉を交わし続けた――――お互いの子供のころの話や、ヨハンが初めて“アレクサンドリア”に来たころの話。ヨハンの初めての仕事がネズミ退治だったことを、マリーは笑わずにはいられなかった。マリーのオベリアル卿の館で働いていた頃の話を聞いて、ヨハンはその給料の少なさにとても驚いていた。

 そしてホズたちが話してくれた、朝早くにヨハンのアジトを訪問した人たちを、みんな蛙に変えてナベで煮込んでしまった話をマリーが聞くと、ヨハンは大笑いして寝ぼけてたのさと、大したことが無いように言ってみせた。

 そんなふうにお互いの過去を語り合いながら、二人はお互いの距離を少しずつ縮めて行った。
 そして、今ではもう二人の間に合った溝は完全に埋まろうとしていた。

 しかし、マリーがヨハンの礼服を取りに行った帰り道――――道に迷って偶然出会ったドロシーの話をしても、ヨハンは一向に信じてくれずに、しまいには魔法使いに馬鹿にされたんだろうと笑われた事には、マリーはずっと腹を立てていた。

「実はマリー――――」

 しばらく穏やかな会話が続いた後、ヨハンは悪戯を告白する子供のように、言いづらそうに口を開いた。

「マリーは故郷のことや、オベリアル卿のことを気にしていたけど、実は君を“アレクサンドリア”に送った次の日に、僕はボロニアに戻っていたんだ」

「どう言うこと?」

 マリーは意味がよく分らずに尋ねた。

「マリーが、故郷のことを心配していたのが気になって――――まぁ、理由はそれだけじゃないんだけど、とりあえず次の日に、ボロニアに向かったんだ、君の伯父になりすまして、オベリアル卿の館を訪れたよ・しばらくマリーを引き取って、一緒に旅をするって言ってね」

 マリーは、ヨハンによってアレクサンドリアに連れてこられた次の日――――夜遅く疲れてアジトに帰って来たヨハンから、ボロニアのエニシダの香りがしたことを思い出しました。

「何で隠してたのよ? もっと早く言ってくれればいいのに」

「いや、勝手なことするなって言われそうでなかなか言い出せなかったんだ。あのころのマリーは、いつも機嫌が悪かったから」

 ヨハンは言い訳がましく言い、マリーもそれに納得したように頷いた。

 確かにアレクサンドリアに着いた頃のマリーは、慣れない環境のせいもあってどこか苛立たしげで、いつも心は荒れていた。

 そのころの自分を恥ずかしく思い、マリーは少しだけ頬を赤らめた。
 ヨハンはそんなマリーを微笑ましそうに眺め、言葉を続ける。

「でも、オベリアル卿は君がいなくなって残念がっていたよ。マリーがいないと仕事がはかどらないって――――それにマリーの笑顔が見れないと寂しいって」

「本当に?」

 マリーの表情が一気に華やぎ、満開の笑みの花を咲かせた。

「ああ、本当さ――――いつでも戻って気なさいって、言っていたよ。マリーの居場所は、ずっと残しておくって」

 マリーは感動の余り言葉を失った。そして、目を瞑ってオベリアル卿のことを思い出した。

 つい先程まで、自分の居場所はどこにもないと、ずっと独りぼっちだったと思っていた自分自信を、マリーは心から情けなく思った。ちゃんと自分の居場所も、自分を認めてくれた人も近くにいたのに、マリーはオベリアル卿に申し訳無くてしかたがなかった。

「やっぱり私、ずっと目を背けてきたのね? ねぇ、ママ――――私、自分の居場所を見つけた気がする。自分自信で見つけた気がするわ。私、約束やぶっちゃったけど、これで、いいのよね? しっかり見ててくれてるよね?」

 マリーは心の中で母親に話しかけた。

 そして、再びマリーが目を開くと、斑に広がった雲間から箒星が一筋――――雲間を縫うように現れ、そして一瞬の内に暗闇の中に姿を消していった。

 それを見つけたマリーは、その箒星を母親からの返事のように受け止めて、大切に心の宝箱にしまっておくことにした。

「さぁ、行こうか――――」

 しばらく穏やかな沈黙が続いた後、ヨハンは立ち上がりながら言った。マリーも立ち上がろうと体を起こしたが、しかしマリーの全身を急に激しい悪寒が包み込んだ。その背中には、今までかいたこともないような嫌な汗をかき、マリーは凍えたように体を震わせた。

 それを見たヨハンは顔色を変えてマリーの前に屈み込み、マリーの顔を覗き込んだ。

 「マリー、大丈夫?」

 青白い顔のマリーを見て、ヨハンは心配そうに声をかけた。
 マリーは体を震わせたまま、顔を上げて無理やりヨハンに笑顔を見せた。

「大丈夫、別に何でもないの?」

「そんな訳無いだろう、こんなに体を震わせて」

 ヨハンは強い口調で言うと、自分の手をマリーの頬に当てた。

「こんなに冷えてる」

 ヨハンは、マリーを強く見つめました。
 ヨハンの全て見透かす翡翠の瞳に見つめられ、マリーは追い詰められたように口をひらいた。

「今頃になって、怖くなってきちゃったみたい」

 マリーは、困ったように笑ってみせた。

「でも、大丈夫――――もう治まると思うから。きっと、心が少しびっくりしただけよ」

「マリー、すまない」

「謝らなくていいのよ。本当にたいしたことないから」

 マリーは大きく首を横に振った。

「マリー、今すぐ君の不安を取り除いてあげることはできないけど――――それでも、もう一度、僕の魂にかけて誓うよ。必ず君を守り抜く、だから――――」

 ヨハンは力強く言った。

「マリー、頼むから無理はしないでくれ。いいかい、マリー? 君は独りじゃない。僕がいる。だからマリー、僕を信じてくれるなら決して無理はしないでくれ」

「うん」

 マリーはヨハンを見つめて、そっと添えるように返事をした。

 マリーの瞳から一筋、先ほどの箒星のような涙が頬を伝い、音もなく地面に落ちた。

 ヨハンはそれ以上何も言わずに立ち上がり、マリーにそっと手を差し出した。マリーはその手を強く握り締めた。その差し出された手を握った瞬間、不思議とマリーの体の震えは治まり、マリーの心に淀んでいた不安や恐れの全ては、綺麗に消え去っていた。

 マリーは差し出された手を握り締めながら、この差し出された手を一生離したくないと、マリーは心から思った。

「そうだっ、マリー――――」

 ヨハンが思い立ったように声を上げた。
 そしてマリーの手を握っている方とは反対の手を、天に突き出した。

「何をするの?」

「まぁ、見ていてよ」

 ヨハンは意味ありげな顔で答えた。
 しばらくすると、夜空を指したヨハン指先に、淡く青白い光が集まり始めた。

「きれい」

 マリーは強くなっていく光を見つめながら、零すように呟いた。

 ヨハンは夜空を指した手を降ろし、自分とマリーを囲むように指先でぐるりと宙に円を描く。すると光る指先が宙に描いた円は空中で浮かび上がり、二人を包み込みんだ。まるで光のクレヨンで空に落書きをしているかのように、二人を淡く青白い光の線が包んでいる。

 そしてヨハンは、光を放つ指先を二人の顔の前に近づけた。

「さぁ、マリー――――手を離して、この光りに指を近づけて」

 マリーは言われた通り、離した指を二人の顔の前に近づけた。

 ヨハンはマリーの手を取り、マリーの小指に光の糸をくくりつけた。そしてヨハンは、次に自分の小指にも光の糸をくくりつける。

 二人の小指と小指は青白い光の糸に結ばれ、淡くぼんやりと輝いている。

「これは、魔法使いの古いおまじないなんだ。いいかいマリー、僕の言葉の後に続けて言葉を発して――――」

 マリーは静かに頷いた。

「数多の星より見つけしもの」

 ヨハンが言葉を止めたので、マリーはヨハンの言葉を復唱する。

「数多の星より見つけし君もの」

 ヨハンは笑みを浮かべて言葉を続ける。

「月の光に誘われて、今夜二人は誓いを交わす」

「月の光に誘われて、今夜二人は誓いを交わす」

 マリーは続ける。

「小指に綴った誓いの光りは、二人を繋ぐ絆の証し」

「小指に綴った誓いの光りは、二人を繋ぐ絆の証し」

 二人が言葉を交わしていくと、二人を取り巻く魔法の光りは徐々に濃くなる――――地面から夜空に向かって蛍のような光りが、優しく瞬きながら夜空に舞い上がっていった。

「私が汝の骨ならば」

 言い終えるとヨハンは小声で――――

「私は汝の血となるだろう」

 ウィンクしながら言う。

 マリーは頷き――――

「私は汝の血となるだろう」

 マリーが言葉を終えると、青白い光が二人を祝福するように集まりした。
 マリーはどうしてか、この言葉の続きを知っていた――――というよりも、マリーの頭の中に入り込んで来た。

 マリーはヨハンと言葉を重ねて、その続きをヨハンと一緒に声を揃えて口にする。

「二人の心を一つに束ね、永遠の命を共に生きよう――――百年の後、土に体を返し、星に心を帰しても、千年の後、またこの糸を手繰り寄せよう」

 言葉を終えると、二人は誓いの糸で結ばれた。

 小指と小指を繋ぐ光の糸――――魔法の光りは二人の重ねた小指に集まり、そしてその指に溶け込むように消えていった。

 マリーとヨハンは、ただ見つめ合っていた。

 何一つ言葉のいらない二人の絆は――――

 光りが消えた後も、二人の小指を照らし続けていた。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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