カクヨムはじめました!

小説投稿と雑記と飯のブログ!(たぶん……)

マリーと魔法使いヨハン26話

026 お使いとお化け

 

kakuhaji.hateblo.jp

 第1話はこちらから読めます ↑

 

 アレクシア姫がヨハンのアジトを訪問した日から、数日が立った。

 マリーにとっては、穏やかで平和な日が続いた。何事もなく時間は流れ、マリーはアレクサンドリアの町にも、ヨハンのアジトでの生活にもずいぶん慣れ、買い物に出掛けるのも、もうロキと一緒でなくても大丈夫になっていた。

 ヨハンは相変わらず突然いなくなったり、部屋で読み物にふけったり、マリーをからかったりといつもの調子だった。

「マリー、そんなにおめかしをしてどこへ行くんだい? さてはデートだね?」

 マリーは部屋を出る前に、意地の悪い顔でヨハン言われた言葉を思い出していた。

 紫色の裾の長いワンピースに、薄い緑のカーディガンを羽織り、ヒールの高い黒の靴とつばの広いフェルト生地の帽子姿で外へ出掛けたマリーは、今晩の夕食の材料を買いに九番地の“ムスペル広場”――――そこで毎週開かれる“自由市場フリーマーケット”に向かっていた。

 マリーは三番通りを歩いていて、すると市場の開かれたムスペル広場の手前で、マリーの鼻をくすぐる、甘い食べ物の匂いがしてきた。どうやらクレープの出店のようで、マリーは感激してお腹の虫を鳴らすと、クレープ店まで足を運んだ。そこで生クリームとフルーツたっぷりのクレープを注文すると、マリーは広場の椅子に腰掛けて、休憩を兼ねてクレープを食べることにした。

 赤いレンガが敷き詰められたムスペル広場は、燦々とした太陽の光に照らされて、陽だまりの中でみんな活気良く動き回り、声を上げて売り買いをしていた。

 マリーはもぐもぐとクレープを食べながら、人でごった返した広場を眺めた。

 色とりどりの食材が市場を彩り、たくさんのテント中から活気の言い声が聞こえてくる。そんな声に悩まされてか、大勢の人たちが色々な食材を手に取っては、今晩のメニューに頭をひねらせていた。

 クレープを食べ終わったマリーは、唇のすみについた生クリームをぬぐってから、「よしっ」と―――――自身も市場の喧騒の中に、食材を求めて身を投じて行った。

 アスパラ、ジャガ芋、トマト、レモン、牛肉、牛乳、オリーブなどなど。

 今夜のメニューを決めて市場での買い物を終えたマリーは、今度はヨハンの買い物を済ませに、十番地の“高級ショッピング通り”――――“ミミル・ストリート”に向かっていた。

 マリーの手の中には、何も書かれていないく“しゃくしゃの紙”が握られていました。

「マリー、買い物に行くのなら、僕のお使いも頼まれてくれないかい?」

「いいわよ」

 マリーは快く承諾した。

「じゃあ、僕の服を取って来てほしいんだ。この間、新しいのを新調して、まだ取りに行ってなかったからさ」

 ヨハンはそう言って、マリーにレシートを渡す。

 “ナターシャ洋服店”。

「場所はムスペル広場からそう遠くはないから、そうだ――――」

 ヨハンは思い出したように、ポケットからくしゃくしゃの紙を取り出す。

「なにこれ?」

 くしゃくしゃの紙を差し出されたマリーは、首を傾げてヨハンに尋ねる。

「“魔法の地図”さ。地図を握りながら行きたい場所を頭の中で念じれば、地図が教えてくれるよ」

 マリーはヨハンに言われた通り――――“ナターシャ洋服店”と、頭の中で念じる。すると何も書かれていなかった“魔法の地図”に、まるであぶりだしの文字のように“赤色の矢印”が浮かび上がった。

「これをたどって行けばいいのね?」

 マリーはゲームでもしているような気分で、矢印が示した通りに足を進める。

 途中、わざと道を間違えてみたりして、魔法の地図と睨めっこをしているような気分で、マリーは石畳の上を歩いて行く。マリーがしばらく矢印に従いながら歩いて行くと、色鮮やかな看板を掲げた建物が軒を連ねる、ミミル・ストリートに出た。

 すると、赤色の矢印はパステルカラーの建物の前で、青色の文字に変わった。

 ――――“hereここ”。

「ここね」

 マリーは淡い黄色んお文字で書かれた看板を見上げる。

 ――――“ナターシャ洋服店”。

 マリーは店内に入って行った。

 店内は高級そうな洋服がマネキンに着せられ、個性的なドレスからシンプルな紳士服、ユニークな衣装まで、幅の広い洋服が置かれていた。

 マリーが店内の洋服に目を奪われていると――――

「いらっしゃいませ」

 気の良さそうな若い女性店員が奥から出て来て、マリーに声をかけた。

「何かお探しですか?」

 背の高いすらっとした女性店員が着ているシャツの左胸には、ネームプレートがついていた。

 ――――ナターシャ・ヘルモーズ。

 マリーは、こんなに若くて綺麗な女性が店の主だなんて素敵だなあと心の中で思った。マリーが心細そうな顔していると、ナターシャがかけているピンク色のフレームのメガネの奥で、彼女の灰色の瞳がマリーの着ている紫のワンピースを捕らえた。

「あら、その洋服――――あなたが着てるワンピース、うちの洋服ね」

 ナターシャは慣れた口調でマリーに声を掛ける。
 マリーは自分が着ている紫色のワンピースに目を落とした。

「あ、あの、これは、貰い物なんです。それよりも、あの、これ――――」

 マリーは頬を赤らめながら恥ずかしそうに言って、ヨハンから受け取ったレシートを渡した。
 ナターシャはそれを受け取り、レシートに目を落として頷いた。

「ああ、ヨハン君の礼服ね? ちょっと待っててね」

 そう言ってナターシャは店の奥に引っ込んでしまった。しばらくマリーが店内を眺めていると、ナターシャは綺麗にラッピングされた箱を持って戻って来た。

「はいこれ、ご注文の品ね。あなたの着ているそのワンピース――――ヨハン君にプレゼントされたの?」

 ナターシャは洋服の入った箱をマリーに渡しながら、マリーを品定めでもするようにゆっくりと下から上へ眺めて、楽しむように尋ねた。

「ええ、そうです」

 マリーは何て答えたらいいのか分からないまま、頷いて言った。

「ヨハン君が必死に女性の洋服なんて選んでいたから、誰にあげるのかと思ったら、あなたにプレゼントしたんだ。ヨハン君のセンスもいいけど、着ているモデルがいいのね。とっても良く似合ってる」

「い、いえ、そんな――――」

 マリーは赤くなった顔を大きく横に振った。

「じゃあ、もしかして、あなたがマリーね?」

「えっ――――」

 ナターシャは楽しそうにマリーに尋ね、マリーは見ず知らずの人が自分の名を知っていることに驚いた。

「何で、私のこと知ってるんですか?」

「少し噂になってるのよ――――ヨハン君が自分のアトリエに女の子の助手を雇ったって。と言っても、噂をしているのは、ヨハン君をごひいきにしてる貴族の女性たちだけだから、気にしないでね」

 ナターシャは不安そうなマリーに言葉を付け足して説明した。

「でも、みんなは助手だなんて言っていたけれど――――もしかしたら、ヨハン君の恋人だったり?」

 それを聞いたマリーの顔は瞬時に真っ赤なり、マリーはその場にいることが恥ずかしくて、穴があれば直ぐにでも入りたい気分になった。

 そしてマリーは手を顔の前で大きく振り、慌てて言葉を繕った。

「ちっ、ちっ、違いますっ。ほんと、そんなんじゃないです」

 マリーの慌てふためき様を見たナターシャは、申し訳なさそうに形の良い眉を下げた。

「ごめんなさい。困らせちゃったわね手? ヨハン君によろしくね」

「はっ、はひ」

 まだ落ち着かないマリーは緊張したように言葉を発して、早々に店を後にした。
 マリーの心臓はもうバクバクで、今にも破裂してしまいそうだった。

 マリーは速足で町を歩き、すれ違う人達に顔を見られぬように顔を伏せて、人込みをかき分けて行った。やっとマリーの心の中が落ち着き、心臓の音も静まって平常心を保てるようになったころには、マリーはもうすっかり自分がどこにいるのか分からなくなっていた。

「あのお姉さん、いきなりあんなこと言うんだもん。びっくりしちゃうわよ」

 小声で呟くように不平を漏らし、マリーは辺りを見回した。
 すると、見たこともない町並みに、マリーは呆然とした。

「ここどこ? もしかして、私、道に迷った?」

 先ほどまでマリーのいた人通りの多かった通りとは一変して、今マリーのいる場所は、人通りは疎らで閑散としていた。色鮮やかだった通りも、いつの間にか色のない灰色の通りに変わり、道の先は緩やかな下り坂になっていた。道の両側には、不思議な引っ掻き模様の背の高い壁が続き、いつしかマリーは引っ掻き模様の壁をなぞるよう、足を進めていました。

「まぁ、この地図があるからいいか? もう少し探検してから帰ろう」

 マリーはポケットにいれた魔法の地図に目を落とした。

 マリーは魚が泳いでいるような、ゆっくりと波を打つ海のような壁の模様を眺めながら坂を下り、この坂の先に広がる街並みに想像を膨らませていた。

 壁の模様に気を取られながら歩いていると、マリーは坂を下って直ぐの曲がり角に、古い骨董品店のようなお店を発見した。

 古くさびれた佇まいにもかかわらず、どこか吸い寄せられるような雰囲気に引き付けられ、マリーは胸の奥が熱くなるのを感じた。もうマリーの瞳にはその建物しか映っておらず、気づくとマリーは店の入り口まで足を運んでいた。


 古い木の扉は重く閉ざされ、窓には黒いカーテンがかかっている。マリーは窓にかかったカーテンの透き間から、目を細めて店内を覗いてみた。店内に明かりはなく、全く何も見えない。

 どこか不気味な雰囲気に、マリーはなおさら好奇心をくすぐられていた。

「不気味なお店ね? お化けでも住んでそう」

 マリーは一生懸命に中を覗きながら、そう呟く。

 すると――――

「不気味な家で悪かったわね?」

 とつぜん聞こえた言葉に、マリーはハッと振り返る。

 するとそこに立っていたのは、全身を真っ黒な洋服に身を包んだ少女だった。黒くて長い髪、黒くて長いスカート――――どこか威圧的で気品のある雰囲気の少女は、冷たい視線でマリーを一瞥する。

「あの、ごめんなさい。そういう意味じゃないの」

 マリーは慌てて謝った。

「別にいいわ、気にしてないから」

 少女はは興味の無さそうに言った。すると黒髪の少女はそれ以上何も言わず、黙ったままマリーを見つめていた。

 その場の空気の重さに耐えられず、マリーは思わず口を開いた。

「私マリー。よろしくね」

「私は――――お化けね」

 少女は腰の辺りまで伸びた、黒い髪をなびかせて言った。

「あの、本当にごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」

 マリーは必死に謝った。

 黒髪の少女はマリーの言葉には反応せず、金色の鍵を取りだして重そうな木の扉を開けると、また冷たい視線でマリーを一瞥した。

「冗談よ。入ったら? この家に興味があったんでしょ」

 それを聞いたマリーは、おずおずと黒髪の少女を見て瞳を輝かせた。

「い、いいの?」

 マリーのその言葉には答えず、黒髪の少女はさっさと部屋の中に入って行ってしまった。マリーも慌てて後に続いた。部屋の中に入ると、部屋の中は外から見た通り真っ暗だった。黒髪の少女が三つ又のキャンドル立ての赤いキャンドルに火を灯すまで、マリーには何も見えなかった。

 揺らめく炎が部屋の中を照らすと、部屋の中は外から見るよりも更に不気味だった。

 全ての窓は黒いカーテンでおおわれ、部屋の家具は全て黒色に統一されていた。まるで昔話に登場する魔女の館の様だった黒い洋服で全身を包んだ少女は、この部屋にいると部屋の一部か、家具の一つに溶け込んでしまったように見えた。まるで暗闇の中から生まれ出たかのように。

 薄暗い部屋はキャンドルの炎で照らされ、マリーと黒髪の少女の影は何倍にも大きくなってゆらゆらと壁に投影されていた。

 マリーは黒い椅子に腰掛けるよう促されたが、黒髪の少女が何かを持って戻って来るなり立ち上がり、再び頭を下げた。

「あの、さっきは本当にごめんなさい。気分を悪くさせたでしょう?」

 それを聞いた少女は、手に持っていたお盆を机の上に置き――――お盆のうえにはコーヒーとスコーンが乗っていた――――椅子に腰掛けてから口を開きました。

「別にいいのよ。本当に気にしてないから」

 黒髪の少女は品のある微笑を浮かべてみせた。 

「さあ、座って。私はドロシー。よろしくね、マリー」

 マリーは表情に花を咲かせて、椅子に腰掛けました。

「ねぇ、ドロシーはこの家に一人で住んでるの?」

 マリーはさっそくドロシーに質問をした。

「ええ、そうよ。大切な人は、みんば死んでしまったから、この空間には私一人ね」

 マリーはすぐに顔色を変えた。

「ごめんなさい、。私、気が利かなくて、それに考えなしで」

 それを聞いたドロシーは特に顔色を変えず、優雅な仕草でコーヒーを一口飲んでから、小さく笑みを浮かべた。

「マリーって、おもしろいわね。さっきから謝ってばかり」

 マリーはしょんぼりしながら、もう一度頭を下げた。

「別にいいのよ。死は誰にでも等しく訪れるものなんだから。それよりマリーはこの辺りに住んでるの? この辺りではあまり見かけないわね」

 ドロシーはマリーを気遣うように優しく尋ねた。
 それはマリーの答えなど気にしていない、ただ話を先に進めるためのような質問だった。

「私、最近八番地に引っ越してきたの。だから、買い物の帰りにこの辺りを散歩してて、それで――――」

「この不気味な店を見つけたのね」

 ドロシーがマリーの言葉の続きを口にした。

 ドロシーが微笑むと、マリーも申し訳なさそうに微笑んだ。

「そうなの。道に迷ってふらふら歩いてたら、偶然」

 マリーもコーヒーを口にしました。

「偶然じゃないわ。この世界に、偶然はないの。全ては必然。全ては、起こり得るべくして起こり得るこ。だから、私たちがこうして出会ったのも偶然じゃなくて――――必然なのよ」

 ドロシーは一つ一つの言葉をマリーの熱くなったままの胸に刻み付けるように、静かな声で語りかけた。

 マリーは頭をひねりながら、ドロシーの言葉の意味を考えた。

「じゃあ、私たちの出会いにも、何か意味があるってこと?」

 マリーは尋ねた。

「ええ、もちろん」

 ドロシーの顔が優しく綻んだ。

「だって、こんなに素敵な友達ができたんですもの」

 それを聞いたマリーは、ようやく満面の笑みを浮かべることができた。

 そして、今にもドロシーに抱き着いてしまいたい気持ちを抑えこんで、マリーはドロシーとのお喋りの続きを楽しんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

ncode.syosetu.com

バナー画像