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マリーと魔法使いヨハン21話

021 海とニブルと巨人族

 

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 第1話はこちらから読めます ↑

 

  「お疲れさまっす。本当に送っていかなくていいんすか?」


 ホズはバツが悪そうに、ヨハンの顔色を伺いながら尋ねた。

「ああ、結構だ。君たちの車だと居心地が悪くて仕方がない。箒で帰るよ」

 ヨハンは冷たく言って腰のチェーンに手を伸ばし、チェーンから羽のアクセサリーを外し、それを箒に変えてみせた。

「そうですか――――わかりました」

 振り返ってドックの入り口に向かうヨハンの背中を、ホズは主人に捨てられた子犬のように寂しそうに眺めていた。他の二人も同じように、ヨハンの背中を捨て犬のように、もの悲しそうに眺めている。

 マリーは申し訳なさそうに顔を歪めて、小さな声で言った。

「ごめんね、私のせいで――――」

 それを聞いた三人は、大きく手と頭を振る。

「いえいえ、いいんですよ、あっしらのせいですから」

 マリーは申し訳のなさで胸が膨らみ、そのまま音を立てて張り裂けてしまいそうだった。そして、どうすることもできない自分に、もどかしさと苛立ちを覚えた。

「マリー、帰るよ」

 ヨハンに言われ、マリーも仕方なくドックの入り口まで足を運ぶ。

「さぁ、乗って――――」

 マリーはヨハンに促されるままに箒に跨がり、ヨハンはマリーが箒に乗ったのを確認すると、ホズたちに何も告げずに飛び立った。マリーはヨハンの腰の辺りをしっかりと握った。そして、いつまでもヨハンを見送っている三人が消えてしまうのを確認する暇も無く、箒はそのままドックを出て空へと上って行った。

「ねぇ――――」

 無言でいるヨハンに、マリーはそれとなく声を掛けました。

「怒ってる?」

 それを聞いたヨハンは、特に気にした様子もなく、

「何を?」

「何をって、あなたの昔話を聞いたことよ? あれは、私が無理やり聞いたの。だからニーズホッグみんなは悪くないの」

 マリーがニーズホッグのメンバーに変わって説明をすると、ヨハンは――――「ああ、そんなことか」と、あっけらかんと答えた。

「別に気にしてないさ。マリーならどうせしつこく食い下がって、聞くまで諦めないと思っていたからね」

「なによ、だったらもっとみんなに優しくしてあげればいいのに。あんな言いかたをしたら、絶対に怒ってるって思うじゃない?」

 マリーは不満そうに言った。

「やけに彼らの肩をもつね? 初めは空賊だからって悪い奴らだって言っていたくせに。それに、あんなに怒っていたじゃないか?」

 ヨハンは肩をすくめて振り返った。

「それはそうだけど、でも、あの人たち人相は悪いけれど、話してみるとぜんぜん悪そうな人には見えないし――――それに、怒っていたのは部屋の中を荒らしたからよ。当たり前のことだわ」

「まぁ、それもそうだね。でも、一つマリーの偏見が消えてよかったよ」

「あら、そう。でも、あの人たちみんな大きな人たちばかりなのね。私あんなに大きな人たちを見たの初めてよ。トールなんてクマよりも大きいんですもの、私驚いちゃったわ」

「ああ、彼らの多くはローラシア大陸最北部の山岳地帯“ニブル”の出身だからね。“ニブル”には“巨人族”の血が濃く残っていて、それで彼らも生まれながらに身体が大きいのさ」

「ニブル? 巨人族? うそっ、巨人って本当にいたの? もしかして、今もいるの?」

「やれやれ、マリーの好奇心を刺激しちゃったな」

 ヨハンはしまったと顔をしかめた。

「何よ、その言いかた? ねぇ、巨人族の話を聞かせてよ」

 マリーはヨハンの背中をポンポンと叩いて、話を続きを催促した。

「“神話時代”の話だよ。ニブルには巨人たちが暮らしている“氷の国”があって、その血を引く子孫が、トールやホズたちニブルで生まれた者たちってだけの話さ。ニブルは今も冬に閉ざされた極寒の土地で、めぼしい産業や、外貨を稼ぐための手段がないんだ。それに巨人族の子孫だってことで差別を受けたり、教育が進まなかってりして、空賊や盗賊といって賊家業に身をやつすものも少なくないんだよ。なんて言っても、ニブルの男たちは皆屈強で力だけは有り余っているからね」

「へぇ。それであなたは、そんなニーズホッグのメンバーに働く会社をつくってあげたのね。すごいことだわ」

「どうだろうね? さぁ、この話はもう終わりだよ。お得意の詮索はやめてくれ」

「なによ、もっといろいろ聞かせてほしいのに」

 ヨハンはそれには答えず、その間も箒はゆっくりと空を進んで行った。

 空は白み始め、もう夜の帳は上がっていた。

 マリーはふと、揺らめく水平線に視線を向ける。そして、その光景に瞳を輝かせて、歓喜の声を上げました。

「ねぇ、ヨハン、もしかしてあれって――――海?」

 はしゃいだ様に声を弾ませるマリーに、ヨハンはそっけなく言いました。

「当たり前だろう、海じゃなかったら何なんだい?」

「私、海を見るの初めてなのよ」

 マリーは生まれてはじめて見る海に、心を強くつかまれ、瞳を釘づけにした。

 海はゆっくりと揺らめきながら、水平線の向こうに輝かしい夜明けを迎えている。先ほどまで濃紺だった空は黄金色に輝き、海面はまるで燃えるように赤く染まっていく。空は紺色と紫色と水色、そして赤色のグラデーションに染まり、顔を出した太陽の周りを金色の光が縁取っている。太陽から放たれた白いナイフのような陽光は、射すように伸びてアレクサンドリアの街並みを照らして行く。海は濃い青色と朱色のコントラストが、揺り籠のようにゆらゆらと波を打っている。

 マリーは自然の色彩が奏でる交響曲オーケストラに心を震わせ、海が歌う静かな波音に気持ちを傾けていた。

「とてもきれいね」

 そっとこぼすように言葉を発したマリーに、ヨハンも静かに頷いて見せる。

「ああ、このアレクサンドリの夜明け見るためだけに、海の向こうからやってくる旅人もいるくらい、この海の夜明けは美しいんだ。そっと包みこむように迎え入れてくれる、このアレクサンドリアの夜明けは、母の膝枕にたとえられるね」

「母の膝枕? とても素敵ね」

 マリーはうっとりとしながら言葉をこぼし、昇って行く太陽を、これでもかというぐらい眩しそうに眺めていた。

 海と波止場にはたくさんの船が並べられ、ドックから少し離れた場所ではもう人々は働き初めていた。きっと漁を終えて港に帰ってきた船から、たった釣ってきた魚を降ろしているのだろう。開き始めた市場には色とりどりの食材や並び始め、一日の始まりを告げようとした。

 ここは大陸一の港、“世界の台所”と称される――――ポート・アレクサンドリア

 世界の様々な物資や食材が運び込まれる世界有数の港。ローラシア大陸の海運業の拠点であり、数々の貿易が行われる商業の都。造船業、漁、市場で賑わい、そして全てが揃うこの港は、まさに世界の台所に称されるに相応しい港だった。

 しかし、マリーはそんな光景には目もくれず、アレクサンドリアの日の出を、雛が生まれる母鳥のような心境ではらはらと見守っていた。生まれてから一度も海を見たことがないマリーにとって、この光景はいつまでも心にとどめておきたい、そんな景色だった。

 箒はいつしか空中で停止しており、ヨハンとマリーは二人静かに日の出を眺めていた。

「マリー?」

 しかし日が昇りきる前に、ヨハンは申し訳なさそうにマリーに声を掛けた。

「そろそろいいかな?」

 マリーはヨハンに声を掛けられて、初めてその場にいることに気づいたように当たりを見回した。

「えっ? ああ、そうね。もういいわよ。ごめんなさい」

「なら、よかった。まさか仕事が朝までかかるとは思わなかったから、僕はもうクタクタだよ」

 ヨハンは力なく言い、それを聞いたマリーも大きくあくびをした。

 そして箒は再び動きだし、ヨハンは真っ直ぐにアジトを目指して行った。
 しばらく箒が進んだ後、マリーはそれとなくヨハンに尋ねた。

「ねぇ、ここの区域は魔法は使っちゃいけないんじゃないの?」

「ああ。この時間なら、巡回してる警備隊はいないから平気さ。たとえ見回っていても、見えないように魔法をかけているから大丈夫だよ」

 マリーはだいたい予想のつくヨハンの返事に言葉を返さず、うとうととヨハンの背中にもたれて、そしていつしか眠りについていた。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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