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マリーと魔法使いヨハン19話

019 舞台に上がった役者たち

 

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 蒸気自動車は乱暴な運転のまま車止めに駐車した。

 雑なブレーキの勢いで車内は激しく揺れ、マリーは舌を噛まぬように歯を食いしばった。車が完全に止まると、蒸気自動車の天井にしがみついていた二人が、ついに力尽きて地面に転げ落ちる音が聞こえてきた。しかし車内のヨハンを含む男たちは、地面に転げ落ちた二人を気に掛ける様子などこれっぽっちもなかった。

 ヨハンはさっさと息苦しくてオイル臭い車内を後にし、マリーもヨハンの後に続いて車の外に出て、灰色のコンクリートの地面に足をつけた。そして、とんでもなく広く吹き抜けた造船ドックの天井を見上げ、縦横に延びるはりに取り付けられた大きなクレーンを物珍しそうに凝視した。

「やれやれ、やっと着いたか。相変わらず君たちの車は乗り心地が悪いな」

 ヨハンが首を回しながら言いった。
 反対側の扉から出たホズが申し訳なさそうにヨハンを見る。

「まぁ、オンボロのポンコツでからね。おいっ、いつまで寝てやがる。さっさと起きろ」

 ホズは、地面に力尽きたように寝そべるハッターとマウスにを怒鳴りつけた。二人はダラダラと立ち上がり、蒸気自動車にもたれるように体を預けた。その蒸気自動車もガタガタと震えながら、最後の力を振り絞っているかのように後部の煙突から煙を上げていた。

「造船ドックってすごく広いのね。でも、肝心の飛空挺がない?」

 巨大な穴倉のようなドック内は、何もない倉庫のようにものけの空だった。マリーは造りかけの飛空挺が見れると思っていたのだが、そんな期待とは裏腹にドックはがらんどうで何もない。静まり返ったドックの中は薄暗く、ひんやりとした湿気を含んでいる。暗闇の中に微かに漂う金属とオイルのような匂いが、マリーの鼻をくすぐった。

「この間まで造っていた飛空挺を卸しちまったんで、ドックの中は今空ですぜ」

 それを聞いたマリーは、がっかりと何もないドックの中を見回した。だだっ広いドックの隅には、今まで使われていた機材か機械なのか、大きなシートを掛けられくたびれたように佇んでいました。

「じゃあ、魔法省に頼まれていた機体はもう?」

 ヨハンが服に付いた埃を払いながら尋ねた。

「あの飛空挺なら、先日無憂魔領域グリモ・ガルドの飛行場に移しました」

「あなたたち、無憂魔領域グリモ・ガルドに入れるの?」

 マリーは無憂魔領域グリモ・ガルドと聞いて、二人の会話に割り込んだ。

「召喚状があれば誰でも入れますぜ」

 ホズが何でもないと答えると、ヨハンがいぶかしげにマリーを見た。

「マリー、いったい無憂魔領域グリモ・ガルドなんていつ覚えたんだい? さては、ロキだな? まったく、余計なことばかり教えて」

 ヨハンが困ったように言った。する

「別にいいじゃない、それくらいのこと。それに私はホズに話をしているのよ」

 マリーが不機嫌そうにぴしゃりと言い放ち、ホズと話の続きをしようと口を開きかけたが、ドックの奥のから急に声が聞こえてきたので、マリーを含めた全員が声の方角に注意を移した。

「たったったっ、たいへんだよー」
「たったったっ、たいへんだよー」

 かん高く絶妙にハモった声を歌うように鳴らしながら、ドックの入り口とは反対の大きな鉄の扉から、二人の小さな男の子が走ってやってきた。

「ハンプティにダンプティ」

 ちょびヒゲで黄色のバンダナを巻いたマーチと、今にも泣き出しそうな赤い瞳のヘヤが、これまた声をハモらせて言った。もちろんその声は、男の子たちが鳴らした和音の調べではなく、ダミ声の不協和音だった。

 ハンプティとダンプティと呼ばれた小さな男の子は、二人とも全く同じ顔をしていました。赤く癖のある髪の毛にそばかすの頬。瞳は愛くるしく円らで、まるで人形のように可愛らしかった。二人とも茶色のビロードのマントを羽織っていたが、靴はマリーから向かって右側の男の子が赤色、左側の男の子が青色を履いていた。男のたちは息を切らせながら肩を揺らし、まるで徒競走でもしてきたかのように顔を真っ赤にしていました。そして息が整うと、赤い靴を履いた男の子が口をひらいた。

「大変だよ」

 すると、青い靴の男の子も口をひらいた。

「大変なんだよ」

 それを聞いたホズは声をあらげ、怒鳴るように言った。

「何が大変なんだ、さっさと言わねぇか?」

「トールのパパがすごく怒ってるんだ」
「トールのパパがすごく怒ってるんだ」

 二人とも、息を合わせたかのように声を揃え、即座に答えた。

「なっなに、オヤジが――――」

 ホズは顔を歪めてその場に飛び上がった。じゃが芋のようにごつごつとしか顔が、さらにごつごつとして見えた。そしてホズだけでなく他のメンバーも明らかに動揺しはじめ、がたがたと体を震わせた。それを見ていたヨハンは呆れたようにニーズホッグのメンバーを一瞥し、優しい声でハンプティとダンプティに声を掛けた。

「さっさとトールの所に僕を案内しないからこうなるんだろう? さぁ、トールのもとに案内しておくれ」

「はーい」
「はーい」

 ハンプティとダンプティは、楽しそうに答えて大きく手を上げ、そのままよたよたと歩きだした。そして一同は、たった今ハンプティとダンプティがやってきた大きな鉄の扉をくぐり、いくつもの扉が並んだ長い通路を進んでいく。

 小さな男の子を先頭にして、マリーとヨハン、そしてニーズホッグのメンバーが後に続く。通路は暗くて埃っぽく、色々な配線や配管が蛇のように伸びていたり不規則に突き出していて、まるでジャングルのような場所だなあと、そして先頭に男のたちがいなければ配管につまずいたり、天井から垂れ下がるパイプに頭をぶつけているだろうなあと、マリーを思った。

 ニーズホッグのメンバーは、がやがやと不満やぐちをばら撒きながらだらだらと歩き、ヨハンは何やら神妙な面持ちでマリーに声を掛けた。

「マリー、今から会いに行くトールの前では、得意の好奇心と質問はやめておくれよ?」

「どうして?」

 マリーはいつも通り尋ねた。

「トールはあれこれ言われたり、思いどおりにならないことが嫌いなのさ。後ろの彼らを見れば分かるだろう? とにかく静かにしておいてくれよ」

 マリーは振り返ってニーズホッグのメンバーに視線を向ける。確かに先程から、みんな一様に焦り、一様に脅えていた。いい大人たちが、まるで悪戯がバレた子供のようだった。

「ねぇ、お姉ちゃんは魔女なの?」

 マリーの前を歩く赤い靴の男の子が、マリーの脇に来て話しかけた。

「ヨハンのお兄ちゃんよりもすごい魔女なの?」

 続いて青い靴の男の子も、赤い靴の男の子とは反対の脇に来てマリーに話しかけた。

「私は魔女じゃないわよ。あなたたちは魔法使いなの? それとも空賊? ここで働いてるのかな? それに二人ともそっくりなのね、もしかして双子なの?」

 マリーは自分も魔女だったらいいなあと思いながら、双子のような男の子の話しに答え、そしてお得意の質問をした。

「うん。僕らもニーズホッグの一員だよ」
「ここで働いてるんだ」
「それに魔法だって少し使えるんだよ」
「それに僕たちは双子だよ」

 双子の男の子は仲良く、そして順番ずつマリーの質問に答えた。

「ずいぶん可愛い空賊さんね。それに魔法が使えるなんてすごいのね?」

 マリーは優しい声で双子に言った。

「うんっ」
「うんっ」

「でもヨハンお兄ちゃんが」
「ちっとも魔法の使い方を教えてくれないんだ」

「教えてあげればいいのに。意地悪なのね」

 マリーがヨハンに視線を移した。

「僕じゃなくても魔法は教えられるよ。それに君たちには立派な師匠がついてるじゃないか?」

「そうだけど、サルマン先生が言ってたんだ」
「ヨハンお兄ちゃんは、この国で五本の指に入るくらい魔法が上手だって」

 双子がヨハンに尊敬の眼差しを向ける。

「それは買いかぶりだよ。君たちの先生だって立派な魔法使いだよ」

 ヨハンが言い終えると、双子はそれまでの扉とは違う、重厚そうな黒光りの扉の前で足を止めた。

「さぁ、着いた。お前たちいつまでビクビクしてるんだ? 入るぞ――――」

 ヨハンは振り返り、するとニーズホッグのメンバーはゴクリと唾を飲み、心の準備を始めた。きっとここがトールと呼ばれている人物の部屋だと、マリーは直ぐに理解した。みんな緊張しているのか、それまでよりも空気が重く感じ、マリーもそんな雰囲気に自然と体がこわばるのを感じた。

 双子はその重厚な扉をゆっくりと開けて、部屋の中に入って行く。マリーやヨハン、そしてニーズホッグのメンバーもそれに続いて部屋の中に入っていく。全員が入り終えると、扉は大きな音を立てて閉まった。

 部屋に入ると全員が部屋の一番奥、とても大きな黒檀の机の、はるか上のほうに視線を向けた。

 机の上には沢山の書類が山のように積まれており、そしてとても大きな背もたれのある椅子にふんぞり返って座り込んでいた、クマかイノシシといよりは、もはや巨人と呼んでも差し支えない大きな男の、鬼のような顔が、そこにはあった。

 マリーは、これが大空賊ニーズホッグ、そして造船会社トールワーカーズを仕切る、トールと呼ばれる男なんだと思い、思わず後ずさった。

 ホズも大きな男だが、椅子に座っているたくましい髭をたくわえた男はそれ以上で、その男があまりにも大きすぎるために、座っている椅子は極限まで沈みこんで、ギシギシと悲鳴をあげていた。その巨大すぎる男は座っているだけで、優にマリーの倍以上の身長をもち、横幅もマリーの五倍はありそうだった。

「おーまーえーらー」

 巨人のようなトールは、とても低い角笛のような声を部屋中に響かせて、鬼のような形相でニーズホッグのメンバーを睨みつけた。

「おめぇらは、人一人呼んでくるのに、いったいどれだけの時間をつぎ込めば気がすむんだ? ああっ、てめえらはこんな簡単なこともできねぇのか? おいっ、ホズ、どうなんだ言ってみろや」

 熊の体に、猪の鼻、そして鬼の形相で嵐のように怒鳴りつける大男は、まるでお伽話の登場する魔王のように、マリーの瞳には映った。さすがのマリーも、ろくに目を合わせることすらできず、ヨハンが静かにしていろと言った意味を十二分に理解して、今回はヨハンの言っていることが正しいと――――心の中で頷き納得していた。

「オッ、オヤジ、その、いろいろあって――――」

「言い訳かあ? あぁっ」

 口を開いたホズに、直ぐさま怒号という名の鉄槌が落ちた。雷よりも激しい怒鳴り声は部屋を大きく震わせて、ピシャリと言い放たれたホズは豆のように丸くなり、他のニーズホッグのメンバーも静かに俯いて、ただただ脅えていた。怒号はさらに激しく続き、凄まじい嵐がニーズホッグのメンバーを呑みこんでしまった。ニーズホッグのメンバーは嵐が過ぎ去るのを、ただひたすら体を震わせながら待っていた。

 マリーはなんだかニーズホッグのメンバーがとても気の毒で、なんとかしてあげたいと思ったのだが、やはり目の前に聳えたつ憤怒する魔王が恐ろしく、とても口を挟める状況ではなかった。マリーは困ったような顔で、一人涼しげな顔で我関せずのヨハンを睨みつけて、何とかしなさいとよ急かした。

「やれやれ、そろそろいいかな? くだらない親子喧嘩は僕の用事が済んだらにしてくれないかい? こっちはこんな真夜中に呼び出されているんだ。少しは客人のもてなしに気を使ってくれよ」

「なにい?」

 白いヒゲからつながった、たわわな白髪のてっぺんから、今にもマグマが吹き出しそうなほどに怒りを爆発させているトールは、その分厚い斧のような視線をヨハンに向けた。ヨハンは大男たち八人を一刀両断にした眼光を、ひらりと躱して言葉を続けました。

「トール、少しは落ち着いたらどうだい? みっともない」

 マリーはその言葉を聞いて直ぐにでも、安全な場所に避難したくなった。それもそのはずだった。少し言い訳をしただけであの怒りさま、落ち着け、さらにみっともないなどと言ったら、怒りの嵐だけでは済むはずはないと思った。きっと天地がひっくりかえるほどに、とんでもなく荒れ狂うに違いないと、マリーはこの場所からいなくなりたいと願った。

 しかしそんなマリーの心配とは裏腹に、先程までマグマのように真っ赤だったトールの顔は、徐々に赤みを失っていく、その下の浅黒い皮膚の色を取り戻していった。そして鬼の面を被っていたような表情は、お世辞にも優しく親しみのある表情とはいえなかったが、なんとか穏やかといって差し支えない初老の男性の表情へと変化していた。

 ニーズホッグのメンバーはまだ緊張しているのか、青ざめた浮かない顔をしていたが、皆一様にその強張った表情の下では安堵のため息をついていた。

 マリーはふと自分の手のひらに目を落とした。すると広げた手のひらにはびっしょりと汗をかいていて、マリーはいつの間にか自分が強く手を握っていたことに気づき、あらためて先程の重圧の凄まじさを実感していた。

「ふわううううううううううう」

トールが落ち着きを取り戻すために、大きく息を吸いこんでガマガエルのように頬を膨らませた後、机の上の書類をばらばらに吹き飛ばしてしまうほどに大きく吐きだした。

 マリーの目には、落ち着きを取り戻したトールの顔は、どことなくカエルのような爬虫類に似ているように見えた。

「すまねぇな。せっかく呼び出しておいてよ」

 トールは悪気もなさそうに謝った。

「いつものことさ。で、僕に用があるんだろう?」

「ああ、大ありよ。例の話で――――」

 そこまで言ったトールは、そこで初めてマリーの存在に気づいたかのようにマリーの姿を認識して、トールはその鋭い目でマリーを捕らえ、視線を外さずに凝視しました。

「そこのお嬢さんは、どこのお嬢さんだ?」

 トールはマリーを視界に収めたまま尋ねた。

「彼女の名はマリー。僕の連れさ」

 ヨハンはそう言うと意味ありげに翡翠の瞳を輝かせた。一方のトールも、ヨハンの瞳を見て何かを感じ取ったのか、ヨハンに意味深な表情をぶつける。しかしヨハンはその表情には答えず、ただ瞳を持ち上げてみせた。トールは再びマリーに視線を移す。そして大きな瞬きを数回してから、ニーズホッグのメンバーを怒鳴りつけた。

「おい、おめぇら、そこのお嬢さんを連れてどっか行けや。こっちは。ちょいとビジネスの話だ」

「がってん」

 ニーズホッグのメンバーは背筋を伸ばして直ぐに返事をした。

「さぁ、姉さん、行きやしょう」

 ホズに促されてマリーは部屋を後にするのだが、本当はこの部屋に残ってヨハンとトールの話を聞いていたかったというのが本音だった。

 ヨハンはいつもマリーに大事な所を話してくれないので、マリーはいつも自分だけ蚊帳の外にいるような気がして、その度にただ物事を眺めているだけの惨めな気分を味わっていた。ただでさえ見ず知らずの砂漠に投げ出された状態なのに、自分の周りで知らないことばかり起きていると、マリーはどんどんその砂の中に埋もれて行ってしまいそうな気持ちになった。

 それでもマリーは意を唱える事もできずに、仕方なく部屋を後にした。

 そしてニーズホッグのメンバーとマリーが部屋を出て大きな扉が音を立てて閉まると、トール目を鋭く細め、野太い角笛を小さく鳴らしました。

「もしかしてあの嬢ちゃんが、例の?」

「ああ、そうだ」

 トールは額に手をつき、大きくてゴツゴツした手を広げて巨大な頭をむしった。

「俺は今回の件に乗っかっちまった事を、心底後悔しているよ。おめぇの腕は、確かに一流だ。そんじょそこいらの魔法使い――――国家魔法使いも含めてだ、ヨハン、おめぇにかなう奴はいねぇだろうよ」

 トールは掻き毟った手を斧のような顎に収めるが、言葉を止めることはなかった。

「だがぁ、今回は相手が悪い。どんなに凄腕の魔法使いも、所詮は個人だ。国家や組織に敵うわけがねぇ。それに万が一うまくいったとしても、犠牲が出るぞ。ヨハン、おめぇ――――」

 真剣な口調は続き、トールは言葉の続きを強調するかのように力を込めて言った。

「自分の理想の為に、あの嬢ちゃんを犠牲にする気か?」

 その言葉を聞いて、ヨハンの瞳は妖しくそして不気味にトールを照らしました。

「“星をつかもうとするものは足元の藁につまずき、月を奪おうとするものは深い湖の底に沈む。暗闇に身をひそめ、数多の星の光を浴びるものよ、望んではいけない、求めてはいけない、大いなる力には大いなる代償。忘れてはいけない、風のせせらぎ、海の歌声、そして太陽の寵愛を。もう一度だけ告げよう、大いなる力には大いなる代償。この世の因果を知るものよ、この世の指環をはめてはいけない”」

「――――なっ、なんだって? 何だそれ?」

 ヨハンが歌った詩を聞いて、トールは怪訝そうな顔つきで、焦れったそうに言いました。

「魔法使いの古い歌さ」

 ヨハンの瞳は懐かしそうに虚空を眺めた。

「歌なんぞ歌っている場合かよ」

「でっ、僕を呼んだってことは?」

「ああ、動きがあった。お前の言った通り“聖杯”を持ち出したのは“グラール”じゃねぇ」

「やっぱり、じゃあ?」

「詳しくは、分からねぇよ。が、今回の“バグラ侵攻”を利用したってこったな。そもそも、グラールや魔法省の連中は“バグラ大陸”から“聖杯”が見つかったことすら気づいてねぇし、知らねぇよ。って、事はだぞ? そんな大きすぎる情報をここまで完璧に隠蔽できて、おまけにグラールの再新鋭の“アルバトロス”を動かせるだけの人物、または組織ってことだ」

 トールは分厚い顎を擦りながら、深刻そうに顔のしわを深くした。

「何かおかしいな?」

 ヨハンは気に入らないと言った表情で言葉を迷宮へと進ませる。

「聖杯は、確かにグラールが手に入れていた。僕がアルバトロスから盗みだしたんだから、それは間違いない。しかし、誰も知らない――――やっぱり、何かおかしい? あの時、アルバトロスに誰が乗っていたのかさえ分かれば手掛かりになるはずなんだが」

 ヨハンは腕を組み、眉間に皺を寄せた。

「あいにくだが、そこまでは分からねぇよ」

「今回のバグラ侵攻、黒獅子グラールやローラシアの白獅子は、発見された異大陸の異教徒を滅ぼし、世界に平和を広げるため――――バグラ大陸は異教の力に支配されているなんて説明して、プロパガンダを流していたが、実際はあの大陸に眠る豊富な“魔法石”の“原石が”欲しいだけだ。この目で見て、はっきりと分かったよ。あれは平和をもたらすなんてもんじゃない――――ただの侵略だ」

 ヨハンは忌々しそうに言葉を吐き捨てた。

「まぁ、蒸気機関に変わる新技術――――“魔石機関”の発達で、どの国も大量の魔石を喉から手が出るほど欲しがってる。それで、今回のグラールの武力行使を他の国も支持したってわけだろう?」

 ヨハンは髪をかきあげて思考の風を吹かせる。

「確かにね。どうやら今回の件は僕の同業者が、それもグラールの大皇帝を動かせる程の大物が絡んでいるな」

 トールはそれを聞いて目を大きく見開き、鼻息を荒くした。

「同業者って、魔法使いか? グラールは国の権力の座に、多くの魔法使いが腰を降ろしているって話だしな。それに、グラールは“魔法技術局”や、自国の“魔法産業”に多額の金をかけている。まぁ、ありえなくもねぇな」

 トールは口元のたくわえた豊富で立派な白いヒゲに触れて、声を落として言葉を続ける。

「ヨハン、おめぇよぉ、だったらなおのこと、この件から手を引けや。おめぇ一人に手に負えるもんじゃねぇのは分かってるんだろう? おめぇやロキ、それに俺たちだけならまだしも、あのお嬢ちゃんは全く関係ねぇだろうが」

「悪いがトール――――」

 ヨハンは鋭い視線で目の前の巨漢を射抜くように睨み、言葉の矢を放つ。

「もう幕は上がってしまったんだ――――僕らは舞台に上がった役者、結末は最後まで分からない」

「けっ、神のみぞ知るか?」

 トール力尽きたように言い、それを聞いたヨハンは両手を広げて、悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。

「だけどトール――――芝居は、最後の台詞まで幕は降りない」
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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