マリーと魔法使いヨハン8話

008 本当、いい迷惑だわ

 

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 ヨハンのアジトは、町を貫くレイプト川に面した通りを過ぎた川の反対側にあった。

 川に架かる大きな橋――――三つの緩やかなアーチに支えられ、どっしりと構えた風貌は圧巻の一言だった。そして欄干らんかんの上に飾られた騎士や天使の像が、橋を見守っていた。

 橋を渡り、小さな路地に入って直ぐの建物――――どれも似たようオレンジ色の石造りの建物の中、向かって右側、手前から三番目の質素な建物がヨハンのアジトだった。

 マリーはアジトだと言うのだから、もっと隠れ家のような場所を想像していたのだが、近づいてくる建物は周りの風景に溶け込んでいて、町並にすっかり馴染んでた。

 しかし近づいて見るにつれて、マリーは自分の考えが間違っていることに気がついた。

 その建物は明らかに周りの建物とは違い、町並みに馴染むどころか完全に浮いていた。

「ずいぶん目立ったアジトなのね?」

 マリーは広々とした玄関ポーチの前まで行き、玄関を登るたった三段しかない階段の脇に飾られた、大きな女性の彫像を眺めながら飽きれたように言った。

 その彫像の首に掛けられた表札には、こう書いてあった。


 ――――『魔法使いヨハンのアトリエ』。


「アトリエ?」

 ヨハンは階段を登り終え、振り向き様に答えた。


「そうとも。ここは僕のアジト兼アトリエなのさ。僕は魔法使いだけど、売れなくしがない芸術家でもあるんだよ」

 マリーは玄関に施された、幾つもの彫刻――――幾何学模様の描かれたステンドグラスのドアや、金色のライオンの形をしたドアノブ。そしてファサード全体には、巨大な黄道十二宮がアーチ状に彫刻されていた。まるでインチキ手品師の劇場のように見えた。

「芸術家って、じゃあこれ全部あなたが造った物なの?」

 マリーは、ヨハンのアジト兼アトリエの目立ちすぎる玄関ポーチとファサードをまじまじと眺めながら尋ねた。

「もちろんさ。どうだい、少しは僕の非凡なる才能を理解できただろう?」

 ヨハンは鼻高々に声を上げた。そしてライオンの額に書かれた“不思議な文字”に手を当ててからノブを握り、流れるようにドアを開いたた。

「さぁ、どうぞ」

 マリーはヨハンに案内されて部屋の中に入る。

 アジト兼アトリエと呼ばれた部屋の中は、外の華やかさとは裏腹にきちんと整理整頓されていてた。

 真っ白な壁に、ピカピカに磨かれた木目の床。玄関の壁にはマリーの身長よりも大きな鏡がかかっている。部屋の中心には大きな机と、机と同じ木でつくられた椅子が四脚。机の上にはステンドグラスのランプが乗っていた。部屋の左隅には小さなキッチンがあり、食器棚にはきちんと食器が並べられていた。キッチンの脇には緑色のドアがあり、部屋の右端には二階に上がるための階段があった。階段の手前からズラリと並ぶガラス張りの棚には、大小様々なたくさんの瓶や、見たこともない薬草、植物の根、実験で使うような道具までもが几帳面に並べられていた。その光景は、まるで薬屋のようだった。

 部屋全体は窓から差し込む太陽の光で心地よく、飾り気のない部屋は寂しげで閑散としていた。多分、部屋の外の華々しさを見たせいで、物悲しく見えてしまうのだろう。

「きれいに片付いているのね、それに気持ちの良い部屋ね?」

「そうかい」

 ヨハンはそっけなく言葉を返した。

「さて、今日からマリーはこの部屋で寝るといいよ」

 そう言って、ヨハンはキッチンの脇の緑色のドアを開けてみせた。

 そこは焦げ茶色の書斎机と大きなベッドが置かれた、こじんまりとした部屋だった。

 部屋を囲むように設置された本棚には、分厚く小難しそうな本がこれでもかと言うぐらい詰め込まれていた。まるで背表紙でつくられた巣のようだった。そして、今にもその本たちが押し寄せてきそうな気がして、マリーはどこか落ち着かなさそうな部屋だなと、本棚の本たちを見回しながら思った。

 ベッドのある部屋の紹介を終えると、二人は椅子に腰掛けた。

 マリーはようやくと言った感じで、もうくたくただった。

「あの部屋は、マリーの好きに使っていいよ。けど、なるべく二階には上がらないように。色々と危険な物や、貴重な物があるからね」

 ヨハンは二階へ上がる階段を指さた。

「それとキッチンや浴室なども勝手に使ってくれてかまわない」

 次にヨハンは、階段脇の通路を指した。

 マリーはそれを聞いて、少し考えてから答える。

「ええ、分かったわ。それより、私はいつになったらボロニアに帰れるのかしら? あなたのアジトに着いたら、私の中にある“聖杯”を取り出すんじゃないの?」

 ヨハンは急に立ち上がった。

「今直ぐにでも始めたいところだけれども、お互い長旅でくたくただろう? それに準備にも色々時間がかかるしさ」

 ヨハンは言い訳がましく答え、キッチンでお湯を沸かし始めた。

 しばらくして、ヨハンは手にティーカップとティーポットを持って、紅茶のいい香りと共に戻って来た。そして慣れた手つきで紅茶を注ぎ、マリーにティーカップを差しだした。マリーはカップから立ち上る香りを確かめ、それを堪能するように香りをかいでから、カップに口をつけた。

「おいしい」

 マリーの口の中に紅茶の深みと香りが広がった。たった一口含んだだけの紅茶の味は、今までマリーが口にした飲み物の中で、一番おいしい飲み物だった。

「そうだろう? 僕の入れる紅茶は――――まるで木漏れ日に包まれたような温かさと、天使が舞い降りたような幸福感で満たされると評判なのさ」

 ヨハンは、まるで詩でも朗読しているかのような叙情的な口調で言葉を紡いでみせた。
 マリーはそれを聞き、打てば響く早さで言葉を返した。

「誰によ?」

「誰にって、そうだな? まぁ、ロキにさ。ロキは僕の紅茶の熱狂的な信望者だからね。どうだい、ロキ?」

 何もない空間に向かって声をかけると、ヨハンは玄関の方に死線を向けた。玄関には洋服かけが置いてあり、そこにはヨハンが部屋に入る際にかけたマントと革のバッグかかっていた。

 ヨハンの皮のバッグがモゾモゾと動きだし、中からロキが顔を出した。

「私も頂こう」

 ロキはフワフワと浮き上がり、マリーの隣の椅子の上にちょこんと乗った。
 ヨハンは小さなお皿に紅茶を注ぐと、それをロキの前に差し出した。

「マリー冷ましてやってくれないか、そのままだとロキが火傷してしまう」

「火傷? やっぱりロキ、あなたって猫なんじゃない?」

 マリーはロキの目の前のお皿を手に取り、ふうふうと息を吹きかけた。

「まぁ半分は猫だね、いわゆる猫舌と言うやつさ」

「紅茶を飲む猫だなんて初めて聞いたわ」

 マリーは紅茶の入ったお皿をロキも前に置いた。

「紳士というものは紅茶をこよなく愛すものだ」

 そう呟きながら、ロキはお皿の中の紅茶をペロペロとなめ始めた。
 その顔は、どこと無く幸せそうな顔をしていた。

「ふふっ、おかしな猫ね」

 マリーはペロペロと紅茶をなめるロキを見つめながら、ふと笑顔をこぼした。

 こぼしたその笑顔は、雨上がりの葉の上に残る一つゆのように小さいものだったが、太陽の光を浴びて輝き滴ったような、そんな美しい笑顔だった。

「マリー?」

 ヨハンはマリーの顔をまじまじと見つめなおした。

「なっ、なに? 私、何かおかしなこと言った?」

 ヨハンの翡翠の瞳が輝いていた。

「いや、初めて君の笑顔を見たなって思ってさ。僕と出会ってから一度も笑ってくれないから、てっきり嫌われているのかと思ったよ」

 ヨハンは悪戯っぽい笑顔をつくってみせた。

「別に、あなたのこと好きになった訳じゃないわよ。できることならこんなところ居たくないんだから」

 マリーはぷいっとそっぽを向き、ヨハンはがっくり肩を落とした。しかし次に顔を上げた時には、もう何事も無かったかのようにけろっとしていた。

「全くつれないなぁ、マリーは。さてと、僕はそろそろ出掛けるとするか」

 不意にヨハンは立ち上がり、ふらふらと玄関に向かって行った。

「ちょっと、どこに行くのよ?」

 マリーはヨハンの背中に向かって声を掛る。
 ヨハンは洋服かけにかかったマントを再び羽織ると、ドアのノブに手を当ててから振り返った。

「マリーのことはロキに任せてある。僕は明日中には戻るから、おとなしく待っていておくれよ」

「何よそれ?」

「ああ、それと――――」

 二の句を告げさせず、ヨハンが言葉を続ける。

「マリー、君は笑顔のほうが似合っているよ。そんな顔じゃあせっかくの可愛らしい顔が台無しだ」

 ヨハンはマリーに片目をつぶってみせると、勢いよく扉を開けて颯爽と外に飛び出した。

「何よ、それ――――」

 マリーは、ヨハンが今までいた空間を呆然と眺めていた。
 心ここにあらずと言った感じで。

「私の相棒が色々と迷惑をかける」

 ロキはお皿の中の紅茶をきれいになめ回して、お皿はすっかりピカピカになっていた。

「本当よ、いい迷惑だわ」

 強い口調で放たれた言葉とは裏腹に、マリーの顔は林檎のように真っ赤に色づいていた。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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