マリーと魔法使いヨハン3話

003 箒とぶどうと時計台

 

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「ちょっ、ちょっ、ちょっとぉ」

 マリーは悲鳴に近い声をあげ、少年は器用に二本足で細い箒の柄に乗ってみせた。すると、箒は一気に空まで上昇していった。

 マリーは驚きのあまり、わずかな呻き声すら上げられずにいた。

 今マリーと、マリーを抱えた少年と、マリーを抱えた少年を乗せた箒は、はるか上空まで舞い上がっていた。

 月が近くなり、頬を撫でる風は冷たさを増していく。まるで真冬に吹きつけるような風が、刺すように肌を刺激した。箒はぐんぐんと空高く上っていき、眼下に広がる光景にマリーは息を呑む。マリーが働いているオベリアル卿の館も、マリーの住んでいた宿舎も、山の麓に広がるボロニアの街並みも、全てが一望できた。

 マリーは息がつまり、恐怖のあまりマリーを抱えた少年の首の後ろで、がっちりと手を組み、空中に振り落とされぬよう必死にしがみついていた。

 そんな脅えたマリーの姿を見て、少年は意地悪な笑みを浮かべてマリーに声をかけた。

「空の散歩は初めてかい、お嬢さん?」

 少年の質問にマリーは答えずにいた。と言うよりも、答えられないと言ったほうが正解だった。マリーは目を瞑り、小さく体を震わせていた。

 そんなマリーに、少年は「大丈夫、ゆっくりと目を開けて」と、優しく声をかける。そんな少年の言葉通り、マリーはゆっくりと目を開いた。そしておそるおそる辺りを見回し、自分が本当に空の上にいることを確認すると、マリーはおずおずと少年を見上げた。

 少年は無邪気な笑顔をマリーふりまいて、顎を上げ夜空を指してみせる。

 マリーは夜空を見上げた。

「きれい」

 マリーは自分の目の前に広がる光景に思わず声をもらした。

 いつもは山道に転がる石に腰掛けながら見上げていた星々が、今はこんなに近くに見えていた。月にだって手が届きそうなぐらい、とても大きく見えていた。まるで宝石を散りばめたかのような、幾千万の星の輝きに目を奪われ、マリーは自分が数多の星が瞬く宇宙に放り込まれたような気分にさえなっていた。

「どうだい、少しは落ち着いたかな?」

 少年の言葉で、マリーははっと現実に引き戻された。そして今までの理不尽な出来事を思い出して、マリーは再び少しずつ腹が立ちはじめ、身体をわなわなと奮わせた。そして、マリーは今までと変わらぬ口調で少年に尋ねた。

「あなた、本当に魔法使いだったの? そんなことより説明してよ。なんで私が追われなくちゃいけないのよ?」

 少年はため息をつき、呆れたようにマリーに言葉を落とす。

「やれやれ、こんなにも美しい夜の空を目の前にして、そんな台詞しかないのかい?」

「悪かったわね、そんな台詞しかなくて。もう、さっさと降ろしてよ」

 マリーはぴしゃり言い放ち、そしてさらにマリーが言葉を続けようとすると――――少年がマリーの言葉をさえぎった。

「すまない、もう少し言葉を交わしたいところだけど――――どうやら先客が来てしまったようだ」

 少年は素早く顔を上げた。すると箒は百八十度回転して止まり、マリーが少年を見上げると、少年は前方を鋭く見つめていた。

 月明かりに照らされて、白く浮き上がる少年の精悍な横顔は張り詰めた弓のよう。そして、その眼差しは凛々しく、翡翠の瞳は宝石のように美しく、そして妖しく輝いていた。

 目の前を鋭く睨みつける少年からは、緊迫した空気がひしひしとマリーにも伝わり――――その時、突如としてライトの光がパッと二人を照らしつけた。

 マリーは眩しくて目を背けたが、少年は光の先をじっと凝視していた。

 そのライトの光は、箒の先に現れた物体から発せられていた。

 先ほど夜空に映った飛行物体が、もう二人の目の前まで迫っていた。近づいてくるそれは、人が二人ぐらい乗れそうな壷のような形状をしており、両脇にはトンボの羽のような翼が二枚――――そのトンボの羽は小刻みに振動している。さらに壷の上の部分には、砲台のような物が設置され、そして壷の右側の側面には“黒い獅子”の紋章が描かれていた。

 その謎の飛行物体は二機、平行に並びながら凄いスピードでマリーたちの方へ近づいてきていた。

「見つかったな。“バズ”が二機か? ロキ、後ろは頼む」

「了解した」

 黒い子猫は低く落ち着いた声で、少年の言葉に答えた。そして、黒猫は紫色に発光しながら、フワフワと少年の肩に後ろ向きで乗る。そして箒はまたも向きを変え、ボロニアの町の方角を向いた。

 不安そうな顔をしているマリーに、少年はまたも優しく声をかける。

「しっかり掴まっていて。少し揺れるけど、大丈夫だから」

 その言葉を聞いたマリーは、この先のことが大体予想できたので、全身の肌があわ立ち、寒気がするのを感じた。

 要するにこういうことだろう――――少年は何故かは分からないけれど後ろの飛行物体、少年たちはバズと呼んでいる物に追われていて、そして今は自分も追われている。きっとそれは、あの空から落ちて来た光る石に関係している。そして少年はバズから逃げるために――――

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 マリーは大きな悲鳴を上げた。

 マリーが考えた通りの展開が起きたから、とうぜんと言えばとうぜんだった。少年を乗せた箒は柄の先端から直滑降で地面へと落下して行き、もの凄い早さで風を切って行った。そしてそれを追うように、二機のバズも箒の後をたどってくる。

 バズの一機が砲台から大砲を発射してみせた。

「来るぞ、右だ――――」

 黒猫が指示を出し、すると箒は右に避けてみせる。大砲は少年の横をかすめ地面に落ちて爆発し、大きな爆発音と共に抉った地面から粉塵が巻き起こした。

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 マリーは激しい爆発音に大きな悲鳴を上げる。
 少年の耳元で叫ばれるその悲鳴に、少年は顰め面でマリーを睨みつけた。

「悪いけど、少しの間静かにしていてくれないかい?」

 少年がマリーに向って片目をつぶってみせると、途端にマリーから言葉が消え去ってしまった。声を出そうにも上唇と下唇がくっついてしまったように離れず、マリーは文句を言おうにも口が開かないので、少年にしがみついていることしかできずにいた。

「んー、んー、んー」

 爆発で巻き起こった風圧で箒は浮き上がる。そして、そのまま巻き起こった粉塵の中を風圧に乗った箒は、すぐさま上昇する。箒は爆風と夜の風に乗り、平原地帯を抜けて山の斜面へと出る。その斜面を、どんどんスピードに乗って下って行く。

 山の斜面は耕されており、そこには多くの作物――――カボチャ、トマト、ジャガ芋などが栽培されていた、一面の野菜畑だった。しかしせっかく栽培された野菜たちは爆撃に巻き込まれ、むなしくも地面と一緒に空に吹き飛ばされていった。砂や石、砕けた岩、さらには野菜までもが飛び交う空を、箒は凄い早さで進んでいく。

「うーん、いいデキなのにもったいない」

 少年は空中に舞い上がった赤い宝石のようなトマトを手に取り、一口頬張ってから残念そうに言う。マリーの頭には、飛んできたジャガ芋が勢いよくぶつかった。

 少年は辺りを見回して素早く周りを確認する。

 少年の目に写ったのはボロニアの町の入り口で、箒は地面すれすれの高さで草と風をかき分けながら、徐々にボロニアの町への距離を縮めていく。斜面はどんどんなだらかになり、いつしか少年を乗せた箒は山の麓の山道の飛んでいた。

「――――右、左。次は、左」

 黒い子猫は放たれる砲弾に的確に指示を出し、箒は指示の通りに砲弾を避けていく。すぐ後ろでは爆発音が怒号のように鳴り、箒は蛇のように複雑に蛇行しながら砲弾の雨を躱して行った。

「どうする気だ、このまま町へ向かう気か?」

「あぁ、逃げてばかりじゃらちがあかないからね。あそこで片付けるさ」

「あまりハデにやるなよ」

「分かっているさ」

 少年ははニヤリと笑みを浮べ、箒のスピードをさらに上げる。
 そして山道脇の、ぶどう畑へと侵入する。

「んー、甘いぶどうだ。良いぶどう酒になるな」

 ぶどうの木の間をするすると抜けながら、たわわに実ったぶどうの一房を拝借して、一口頬張った少年が表情を明るくして歌うように言った。

 その間にも、箒は町の入り口に差しかかり、山道は舗装された街路へと変わっていた。山の風景からあっと言う間に町中へと変わり、明かりの消えた夜の街は静まり返っていた。少年が何度も口にした通り、さすが田舎と言った具合で、街には人っ子一人いなかった。

「さすがに、ここでは砲弾を打ちまくるわけにはいかないだろう」

 中央の通りを風のように突き抜けながら、少年が声を上げる。しかし箒が駆けたすぐ後を、バズと呼ばれた飛行する物体二機が凄い早さで追って来ていた。少年は箒を操り、中央の通りから宿屋の脇の小道にひょいと入る。すると後ろの二機は小回りがきかないせいか、曲がれずにそのまま中央の通りを真っすぐ進んで行った。

 少年はそのまま小道を進み、右に左にと網目を潜るかのように曲がりくねりながら、町の奥深くへと進んで行く。

「このままだと町の中心だぞ」

「分かっているさ。あの時計台まで向かう」

 少年が目指している時計台は街で一番高い建物であり、ボロニアの町の象徴だった。
 それはマリーの働く館の主オベリアル卿が、町の発展を願って建設したものだった。

 少年が時計台を目指していると、また後ろから機械のエンジン音が大きくなった。

「上だ」

 瞬間、少年と箒を、再びライトの光が覆った。しかし少年は振り返らず、箒の操縦に集中した。バズはその機体の大きさのため道幅に収まりきらず、街路の上に被さるように追って来ていた。少年の予想通り、町中では砲弾を撃てないようだった。そして屋根の上から追って来ているので、地面スレスレを飛んでいる少年には、危害を加えることはできなかった。

 しかし、完全に少年が安心しきっていると――――

「よけろっ」

 突如、黒猫の言葉に反応したように箒がさらにスピード上げ、細い道を抜けて大通りに出る。すぐ後ろの路地では、何かが激しく崩れる音が響いていた。

「おいおい、こんな町中でぶっ放してきたのかい?」

「気を抜き過ぎだ。しっかり集中しろ」

 少年は思わず振り返りった。すると軒を連ねる建物の間から、バズが粉塵と共に現れる。バズは壷のような形のちょうど真下から、腕のように伸びた機械のアームが飛び出していた。さらにそのアームの先には、鷲の爪のように鋭い鉤爪かぎづめが取り付けられていた。見たところ、そのかぎ爪に捕まったらひとたまりも無さそうだった。

「ずいぶんな物をつけてるね? 今のは少し危なかったよ」

 そう言った少年には、まだ随分と余裕が感じられた。しかし、マリーのほうは今や気絶寸前だった。自分を抱えている少年は、二本の足で細い箒の柄に乗り、とんでもない早さで空中を駆け抜けている。さらに後ろでは激しい物音の連続。マリーはいつ自分が空中に放り出されるか、はたまた爆発に巻き込まれるか、心配でたまらなかった。

 そんなマリーの心を読み取ったかのように、マリーを抱える少年は――――

「だいじょうぶ、安心して。もう終わらせるから」

 静かにマリーの耳元で囁いた。

 それを聞いたマリーは、なぜだかは分からないけれどホッとしていた。

 マリーを抱える少年の言葉を聞いた瞬間に、マリーの中に巣くっていた恐怖や心配は消え去り、少年の腕の中で安心していた。マリーは温かい毛布にくるまれたような、安らぎにも似た不思議な安心感に包まれ、そして小さくこくりと頷いてみせた。

 それを満足に見届けた少年の箒は、どんどん高度を上げて一直線に時計台を目指して行く。そしてそのすぐ後ろをバズが二機、伸ばしたアームを振り回しながらどんどん追っていた。

 箒は巧みにそれを躱しながら前へ前へと進むが、バズとの距離は徐々に縮んでいく。もうほとんど至近距離で繰り出されるアームを躱し続け、あともう少しで捕まるそうなところひらりと躱し、少年の頭をかすめたり、左右同時に繰り出されるアームをくるりと一回転して躱してみせた。

 そうした必死の逃走の末、ついに時計台が目の前に迫って来た。そして、少年は高く聳える茶色いレンガ造りの時計台を目の前にして、待ってましたとばかりに行動にでる。

 少年はマリーを抱えている手を持ち上げて自分の羽織っているマントに手を運び、首の所でマントを止めている蝶々結びの紐を解く。するとマントは少年の肩を離れ、夜空に飛び立っていった。マントは鳥のように翼をはためかせ、迫りくるバズへと向かって行く。バズの振り回すアームをひらりと躱し、バズの正面のガラス張りの部分にぴたりと張り付いた。マントはそのまま大きく広がりって行き、風呂敷で包んだようにバズを飲み込んでしまった。するとマントに飲み込まれた片方のバズは前が見えなくなったのか、挙動が不自然になっていく。片方のバズはガタガタと震えながら、もがくようにアームを振り回す。すると、前の見えなくなったバズの振り回したアームが、もう片方のバズの側面部分に突き刺さってしまった。もう片方のバズは、それを払おうとアームを動かすが、なかなか上手くいかない。

 そうこうしているうちに、少年の箒はもう時計台の目の前だった。時計台との距離がどんどんと縮まり、もう少しでぶつかるという瞬間、衝突の手前、髪の毛一本ほどの距離で――――少年は箒を垂直に傾けて、衝突を見事に避けてみせた。

 そして箒は垂直のまま、壁すれすれの距離で駆け上がり、時計台の巨大な文字盤の前でピタリと停止してみせた。少年はとてつもなく大きくて長い時針に背を預け、眼下を見下ろす。その時、時計はちょうど夜中の三時を指していた。

 一方のバズ二機は、時計台を目前にして必死に衝突を避けようとしていたが、アームが突き刺さっていることと、マントで前が見えないせいで操縦が上手くいかず、二機とももの凄い速さで時計台へと突っ込んで行った。

 夜をつんざくような激しい音を立てて、時計台の壁に激突した飛行物体。大きな物音と共に、爆発が起巻き起こり、オレンジ色の頬を上げながら機体の残骸と崩れた壁のかけらを辺りに散らしていく。

 少年はその光景を、舞台で劇でも見ているかのような楽しげな気分で眺めていた。さらに少年はご満悦の様子でピューッと口笛を鳴らして上機嫌だった。

「天才的だね。さてと、ここを離れようか? 今の騒ぎで人が集まってくるだろう」

 その言葉を皮切りにして、町には明かりが灯りはじめる。時計台の周りの建物を中心に、どんどんと町の明かりが広がり、大勢の人々が目を覚まして時計台の周りに集まって来ていた。そして壁にめり込むように突き刺さった飛行物体を見て、集まった人たちは驚愕の表情を浮かべてた。

 少年はと言うと、そんなことは露知らずで、火の粉と共に舞い上がって来たマントがふわりと肩にかかり、自然に元の蝶々結びに結ばったのを確認してから、悠々とその場を離れていった。

「まったくとんでもない目にあったね? やれやれだ」

「これからどうする、“アレクサンドリア”に戻るのか?」

 黒猫に尋ねられ、少年は考えながらマリーに視線を落とした。

 マリーは目を閉じて眠りについていた。きっと驚きの連続で疲れたのだろう。それに、先程の少年の言葉で緊張の糸が切れたのか、今は穏やかな顔ですやすやと眠っていた。

 少年はそんなマリーの姿を見て、大きすぎる溜息を落した。

「やれやれ、やっかいなことになったな?」

 大き過ぎる溜息とともに吐きだした少年の言葉は、夜の闇に吸い込まれていった。
 そして少年たちもまた、黒滔々とした夜の空に吸い込まれるように飛んで行った。
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こちらの物語は、『小説家になろう』に投稿していたものをブログに掲載し直したものです。『小説家になろう』では最終回まで投稿しているので、気になったかたはそちらでもお読みいただけると嬉しいです。

 

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