部下の報告を受けた婁圭虎は、ずらりと並んだモニタ画面を眺め、こめかみに指を当てた。トントンとその部分を指先で叩きつつ、現在実行中の作戦の進捗状況を頭の中で確認した。
乗っ取った無人機は、最後の攻撃を行うために目的の場所へと向かいつつあった。
到着時刻は正午丁度。
正午までの残り時間は十五分ほどであり――その時刻をもって、婁圭虎の復讐とテロ攻撃は成功となる。
この復讐とテロ攻撃によって、婁圭虎は自身を陥れた政敵の殺害と、そして失った武器密売のルートを取り戻すことができる。ビジネスの拡大が上手くいけば、いずれ自身の上官であった郭白龍が牛耳っていた東アジア全域の利権ビジネスにすら手が届くだろう。
そのための布石はすでに打たれていた。
無人機による攻撃が行われれば、この日本という国は完全にその機能を停止する。長期に渡る混乱が生まれ、国内外を問わずにその混乱は恐怖へと変わり――世界中に伝播していくだろう。
婁圭虎が求めたのは混乱だった。
無人機によって総理官邸や戦略捜査室を攻撃することもできたが、しかしそれでは一時的にこの国を混乱させて、一時的な麻痺をつくり出す過ぎない。
婁圭虎が望んだのは長期的な混乱と長期的な麻痺だった。
この攻撃をもって、日本の首都であり世界有数の国際都市である『東京』は使い物にならなくなる。それも長期に渡って。
それによって起こる混乱は計り知れず、その混乱は日本の経済のみならず世界経済を混乱させ、テロ市場を潤すだろう。
各国各地に散らばっているテロリストたちは活気好き、世界は本格的なテロの世紀に突入する。テロリストたちは各地で蜂起し、事件を起こし、攻撃を企て――そして、ますます大量の武器を求めることになる。
そうなれば、自身の影響力を強めることなど造作もないことだった。さらに婁圭虎には、切り札とも言える無人機のデータがあった。
これさえあれば現在世界中に展開している各国の無人機技術は丸裸同然になり、もはや無人機はテロリストの脅威ではなくなる。
この無人機のデータは莫大な値がつくだけでなく、自身の武器密売の価値を何百倍にも高める価値があった。
テロ攻撃の作戦を大幅に変更して、大きなリスクを負うだけの十分な価値があった。
婁圭虎は満足げに頷き、その巨体をゆっくりと持ち上げた。
時計に視線を送り、そろそろ時間だと頷く――
そして、自身の勝利を確信しかけた。
まさに、その瞬間だった。
「同士婁、シンと連絡が取れません。それと……アラン・リーが身を隠していたホテルで何者かに殺害されていたようです」
「――何だと?」
婁圭虎は細い目を剝いていた言った。
「詳細は?」
「それが警察の無線や通信によると……アラン・リーが身を隠していたホテルで四人の他殺体が発見されたようです。全員が外国人であり、銃を使用して殺害されたと。そして二名の遺体には、拷問を受けたような形跡があるとのことです」
その瞬間、婁圭虎は直ぐにそれを行った人物に心当たりをつけた。
そして先ほどの不可思議な部下の報告を思い出して顔色を変えた。
このテロ攻撃を行って初めて、この人の皮を被った獣の心に焦りという感情が生まれた。
「今直ぐ無人機に標的のGPS座標を打ち込め。標的をロックオンしたら自動で攻撃を行うように設定することも忘れるな」
婁圭虎は無人機の遠隔操作を行っている部下に命令を下した。
攻撃の確実性は間違いなく低下し、事前に算出した最大の被害予測には届かなくなるだろうが、それでも今直ぐにこの場所を後にする必要があった。
命令を受けた部下は素早くキーボードを叩き、まるでゲーム画面にしか見えない無人機の映像に座標をセットした。
「完了しました」
部下から完了の報告を受けた婁圭虎は、無線機を口に元に運んだ。
「全員、報告せよ――」
建物内で見張りや巡回を行っている部下が素早く報告を始めたが、建物の外と入口に配置した四名の部下からの報告が無かった。
残った蛟竜のメンバーは自分を含めて十一名なっていた。
「全員、傾聴せよ――現在、我々は襲撃を受けている。すでに襲撃者はこの建物内に侵入を果たしているだろう。各員、速やかに侵入者を抹殺せよ」
婁圭虎は焦りという感情を胸に抱きながらも、自身のテロ攻撃が失敗に終わることなどは微塵にも考えていなかった。
テロ攻撃の成功が疑いなく、この場を乗り切ることなどは造作もないことだと確信していた。
しかし、この男だけは無事で帰すわけにはいかなかった。
おそらく、アラン・リーと共に司馬秦も殺害されているだろう。
自分はこの国での後ろ盾であり、今後のビジネスの最大のパートナーを失った。それと同時に金の卵であり、無人機の乗っ取りを行える優秀なプログラマーを失った。
今後の計画の大部分が瓦解し、計画の大幅な修正を余儀なくされた。
婁圭虎の怒りは燃え盛る業火の如く一人の男に向けられた。
今回のテロ攻撃をことごとく邪魔し続け、最後まで自身の手を煩わせ続けた憎き仇敵へと――
この男さえいなければ。
婁圭虎は静かすぎる怒りを獣の顔の下に隠しながら、その男の名前を口にした。
「――衛宮蔵人」
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