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仕事をやめるたった一つのやり方~50話

仕事をやめるたった一つのやり方 小説

第50話 打ち切り

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kakuhaji.hateblo.jp

 第1話はこちらから読めます ↑

 

 

「婁圭虎に関する全ての捜査を打ち切るように命令を受けた」

 

 戦略捜査室の敷島は、会議室に集まったメンバーの前でそう告げた。

 巻波は特に驚いた様子もなく頷き、鹿島は目と口を大きく開いて手に持っていたボールペンを落した。他の職員たちも鹿島同様に困惑していたが、誰一人異論を挟むものはいなかった。

 

「これより、我々戦略捜査室はテロ攻撃の事後処理と羽田空港に待機させた民間航空機の警護に当たる。婁圭虎を国外へと逃がし、無人機による攻撃を防ぐためだ。葛城首相がご決断なされた――これ以上、国民が傷つかないために。我々はそれを全面的にバックアップする」

 

 敷島は内心苦渋に満ちていながらも、その命令を遂行する為に一切の私情を捨て去った。

 

 敷島はありとあらゆる提案をして、婁圭虎の捜査を続けさせてほしいと願い出たが、葛城首相の決断が覆ることは無かった。

 彼女はこの取引によってこれ以上の攻撃が防げると信じており、その決断に全てを委ねていた。

 

「そんな決定は呑み込めません。間違ってる。我々は捜査を続けるべきです」

 

 異を唱えたのは響だった。

 

 現場の前線本部からこの会議に参加をしていた響は、覇気のある凛とした声で続けた。

 

「ここで我々が捜査から手を引けば、婁圭虎を捕らえるチャンスは永遠に失われます。それに婁圭虎を国外に逃がしたとして、テロリストが約束を守る保証がどこにあるんですか?」

「分っている。テロリストは間違いなく約束を履行するつもりはないだろう。しかし、現状我々に撃てる手は無い」

 

 敷島が唸るように言った。

 

「手ならあるはずです。隠密にチームを組んで捜査を続行すればいい。少数編成のチームで通信を制限すれば、十分捜査を続けられます」

「我々は監視されている。捜査を続けていることが分かれば、婁圭虎は即座に攻撃を行うだろう。我々の独断で国民に被害が及ぶことなどあってはならない」

「そのリスクを取ってでも、私たち戦略捜査室は捜査を続けるべきです。私たちにとっての最悪は、婁圭虎を国外で逃がした後も攻撃が続くことです。そうなったら、誰にも攻撃を止めることはできない」

内閣総理大臣直々の命令だ。誰にも覆せない。私にはその権利と責任が無い」

「権利や責任など、国民の命に比べればどうでもいいことでしょう」

 

 響が激昂して言うと、そこに巻波が割って入った。

 

「響捜査官、いい加減にしたまえ。これは君が立ち入っていい領分ではない。君は今直ぐチームを纏めて羽田空港へと向え」

「響、分ってくれ。これが戦略捜査室の決定だ。全員良く聞け、我々は葛城首相の決断と、この取引に全てを賭ける。全員私情は一旦置いて仕事に専念してくれ」

 

 そして、会議の幕は下りた。

 

 会議を終えた後、響直海は頭を掻き毟って苛立ちを抑えようとした。しかし苛立ちは収まらず、こめかみに爪を突きつけて引っ掻いた。剥がれた皮膚から血が滲んだが、やはり苛立ちは収まらなかった。

 

「くそっ。こんなことなら、衛宮君と合流をしておけばよかった」

 

 響は後悔を口にした。

 

 考えるまでもなく、最初から全て衛宮蔵人が正しかった。

 彼の方が、事件の真相に迫っていた。

 

 あの時もそうだった。

 

 半年前に六本木で起きたテロ事件でも、衛宮蔵人は常に正しく、常に最善の行動を取り続けた。

 

 彼の足を引っ張ったのは政治や法律、そして自分たち戦略捜査室であり、彼の意見に従って行動していればあの事件を未然に防ぐことだってできたはずだった。

 

 戦略捜査室は――今後国内で起こるであろう大規模なテロ事件に備えて発足した組織だった。

 

 室長に任命された敷島は、組織に必要な人材をリクルートする過程で、この組織に圧倒的に足りない要素を、致命的な弱点を補うために衛宮蔵人をスカウトしたはずだった。

 

 圧倒的に足りな要素。

 致命的な弱点。

 

 それは現場での経験だった。

 

 テロリストと対峙する上での経験。

 戦闘、暗殺、諜報、工作、捜査、作戦、戦術、戦略、指揮、命令――その全ての経験と知識を持つ衛宮蔵人を組織に招き入れることで、テロ対策に万全を期すためだった。

 

 しかし、組織は上手く回らなかった。

 

 衛宮蔵人は徹底した現場主義であり、任務を遂行するためにはどのような手段でも用いた。時に法律やルール、倫理やモラルといったものを蔑にし、結果を出す為には何でもした。脅迫や拷問ですら軽々とやってのけ、犯人を逮捕するためなら一般人ですら平気で危険な目に合わせた。

 

 そのような行動は他のメンバーとの軋轢にしかならなず、彼の存在は次第に戦略捜査室の汚点となって行った。

 自業自得であることが間違いなく、彼の行動の多くは擁護も弁帆の余地もなかったが、それでも今は彼の力が必要だった。

 

 このテロ事件を防ぐために。

 

 婁圭虎が約束を守らないことは明らかだった。

 海外に逃亡したとしても攻撃は間違いなく続くだろう。

 いや、攻撃が行われるなら逃亡する前――そもそも羽田空港に用意させた民間航空機は、我々の捜査の目をそちらの向けるための偽の物かもしれない。

 

 響は婁圭虎の考えを読み解きながら、その実何もできない自分に苛立っていた。

 すると携帯電話が鳴り、響は電話に出た。

 

「……室長? 何かご用ですか?」

「ああ。テロリストの捜査のことだ」

「手を引かれたのでは……?」

「今、鹿島と同席している。鹿島は、蔵人に連絡を取る手段を持っていると言っている」

「衛宮君と? どうやって?」

「衛宮が再びマトリクス社に侵入した報告は受けてるな?」

 

 鹿島がくぐもった声で尋ねた。

 

「ええ。その際、うちの分析官が襲撃されたこともレポートで読んだわ」

「その時……僕は衛宮と接触してる。あいつにうちの分析データを寄こすように言われたんだ」

「それで、データを流したわけね?」

 

 響は責めるよう言った。

 

「秋月が人質に取られてた。データを送らなきゃ、拷問するって言われたんだ」

 

 響はそれを聞いて溜息を吐いた。

 そして、仲間すら平気で拷問をするような捜査官が、組織内の軋轢にならないわけがないと思い直した。

 

 やはり、弁解の余地は無かった。

 

「それで、どうやって衛宮君と連絡を取るの?」

「衛宮にデータを送る際にアドレスを指定された。そのアドレスが今も生きているなら、連絡はとてるはずだ」

「こっちらから居場所を特定できないの? IPアドレスが分っているなら簡単でしょう?」

「それが……向こうも腕利きの分析官がいるみたいで、特殊な環境設定を使って海外のプロキシを幾つも経由しているだけじゃなくて、256ビットの暗号を使っていて……解読するにしても数日以上はかかる。IPスプーフィングとしては、王道にして完璧なやり方なんだ」

「オタクっぽい話は良いから、連絡は取れるわけね?」

 

 響はうんざりと言った。

 

「……ああ、連絡は取れる」

「室長、構いませんね」

 

 響は敷島に尋ねた。

 

「ああ、我々が捜査を続けるならこの手しかない。鹿島、衛宮に連絡を取れ」

 

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