仕事をやめるたった一つのやり方~46話

第46話 司馬秦

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kakuhaji.hateblo.jp

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 司馬秦しばしんはボディーガードを二人連れて、アラン・リーが潜伏している『東京コンチネンタルホテル』の2055号室に向っていた。

 

 今のところ、計画は順調に進んでいた。

 

 第一次と第二次のテロ攻撃は成功し、婁圭虎ロー・ケイフーは目的だった復讐を見事果たしてみせた。

 

 郭白龍と共に潰された武器密売のルートも取り戻すことができ、今後婁圭虎が影響力を強めれば、彼が東アジアの利権ビジネスを手中に収めることが可能になるかもしれない。

 

 シンは武器密売を含む、東アジアの利権ビジネスの多くを取り仕切ってきたブローカー業を生業としてきた。武器密売だけでなく、密入国、人身売買、麻薬ビジネスなども取り仕切り、一大で財を成してきた。

 

 そんなシンにとって、郭白龍の粛清は自分が取り仕切ってきたビジネスの大半を失うことに等かった。両手両足をもがれることと同義だった。断じて見過ごすことなどできなかった。だからこそ、シンは婁圭虎と協力関係を結び、日本国内で大規模なテロを起こすという危険な橋を渡った。

 

 これは危険すぎる賭けだった。

 計画は一分の乱れや隙もなく行われなければならなかった。

 

 しかし、婁圭虎は計画を事前に大きく変更し、新たに大規模な攻撃を仕掛けようとしていた。本来ならすでに婁圭虎とテロリストたちは、シンの手引きで国外へと逃亡を果たしていたはず。

 

 シンは商売において色気を出し、強欲になるという事がいかに恐ろしいことかを知っていた。

 商売は賭け事でない。

 儲けるべくして儲けることが大切なのだと、常に自分に言い聞かせいた。

 

 しかし、あのテロリストたちにはそれが分らないのだろう。

 

 シンはやれやれと首を横に振って2055室のドアの前に立った。

 

 確かに、婁圭虎が計画に引き込んだ鵜飼という男は有能な男だった。

 彼の参加で計画はより大規模で正確なものになった。

 

 しかし、シンはそのことで大きな不安を感じてもいた。

 

 こんなにも早くマトリクス社の存在が明らかになるとは思っておらず、マトリクス社が捜査の対象になるのは、テロ攻撃を終えて国外へと逃亡した後の予定だった。証拠は全て隠滅し、削除したデータを復元させるにも数日はかかる。それでも何か一つでも見落としがあったとしたら、捜査の糸がマトリクス社からアラン・リーに繋がる可能性は十分にあり得た。

 

 だからこそ、シン自らがアラン・リーの確保に出向いた。

 

 彼は金のなる木であり、金の卵。

 

 アラン・リーは周りの人間に相手にされず、自分の実力や能力が正当に評価されていないという満たされない感情を抱いていた。中国系のアメリカ人であり、アメリカ社会に馴染めないことも含めて、自分のいるべき場所はこんなところなどではなく、もっと自分に相応しい場所や環境があるべきだと思い込んでいた。

 

 テロリストに仕立て上げるには打ってつけの人材だった。

 

 少しばかり自尊心を擽り、満たされない感情をありとあらゆる手――金、酒、女、権力を使って満たしてやれば、後は操り人形同然だった。

 

 アラン・リーには、これから先も働き続けてもらわなければならない。

 利用価値がなくなるまで。

 

 シンは冷酷な皮算用と共に、視線だけで部下に指示を出した。プロレスラーのように屈強な肉体を持った男が、ドアを三度ノックした。

 

 アラン・リーには絶対に部屋を出るなと言い付けた。誰とも連絡を取らず、三度ノックが鳴った時にだけドアを開けるようにと命じておいた。

 

 しかし、いつまで経っても中から誰かが出てくるような気配は無かった。

 合図のノックも何度か繰り返したが、まるで反応が無い。

 

 シンは薄ら笑いを浮かべたような表情を崩さぬまま、その胸の内だけで不安が的中したのではないかと勘繰った。

 

 シンは身に着けていた小型の拳銃を取り出した。

 それを見た部下の二人も拳銃を抜き、不測の事態に備えた。

 

「ボス、鍵を使ってドアを開けますか?」

「待て」

 

 シンは部下に指示を出した。

 シンは一考した後、合鍵を使って部屋の中に踏み込む決意をした。

 

「良し、部屋の中に入れ」

 

 シンに命じられた部下たちは、ドアを開けて部屋の中に入って行った。

 シンも後ろからそれに続き、何が起きても対処ができるように神経を張り巡らせた。

 

「ボス、何もありません」

「アランの奴もいません」

 

 部屋はもぬけの殻だった。

 

 ガラステーブルに置かれたままのノートパソコン、乱れたベッド、無造作に置かれた椅子――何一つ変わったことのない部屋だった。

 

「恐らく部屋に籠っているのが退屈で、ホテルの施設を利用しているんでしょう?」

 

 どうやらそのようだと思いかけたその時――

 

 シンは無造作に置かれた椅子の足元に視線を向け、そこに付着している赤い染みを見つけた。

  

 青い絨毯にこぼれた赤い染みが血液であると理解した瞬間、シンは婁圭虎にさえ感じなかった恐怖と危険を明確に認識した。

 

「気を付けろ。この部屋は何かが起きた後だ」

 

 その語尾は――

 

 巨大な銃声によってかき消された。

 

 シンが咄嗟に振り返った時には、部下たちは地面に崩れ落ちていた。銃声の先に視線を向けると、ホテルのクローゼットの中から一人の男が飛び出し、こちらに銃口を向けていた。

 

 シンは反射的に身を捩りながら、自身も咄嗟に銃を連射した。お互いの放った七発の銃弾が交錯し、肉体ではなく虚空を突き抜けてホテルの壁に着弾する。

 

 銃弾を避けて間合いを詰めたのは、クローゼットから飛び出した男だった。身を捩ったことで体制の崩れたシンの射線から即座に外れ、右手に握られた銃を蹴りで宙へと弾き出した。

 

 銃を失ったシンは、男から逃げるのではなく自身も間合いを詰め、相手に銃を使わせないために接近戦を選んだ。

 

 二人は互いの拳が届く距離で視線を交錯させる。

 

 シンは連続して掌底を繰り出し、相手の意識が拳に向いたところで脇腹に向って蹴りを放った。しかし、右脇腹に向けて放った蹴りは相手の肘によって叩き落され、逆に残った軸足に蹴りを受けて床に転ばされル結果になった。

 

 背が床に付く瞬間――

 

 シンはスーツの袖口から鉄の串によく似た暗器を取り出し、それを相手に向って投擲した。

 

 刹那、シンの両腕に重い衝撃が走った。

 

 暗器を投擲する間際――まさに神業のような速さで銃弾が放たれ、シンの両腕を撃ち抜いたのだった。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああ」

 

 シンは薄ら笑みのような表情を浮かべておれず、瞳を見開いて絶叫した。

 

 紛れもなくプロの手口だった。

 一切の躊躇いもなく、一切の容赦のない手際だった。

 

 シンとて、何も商人の才覚だけでここまで上り詰めたわけではなかった。軍人としても、殺し屋としても一流であると自負していた。

 

 しかし、目の前の男は全てにおいて自分を上回っていた。

 くぐり抜けて来た修羅場と、そもそもの格が違っていた。

 

 まさに鬼神の如き強さだった。

 

「きっ、貴様は?」

 

 そんな鬼神を、銃を突きつけたまま無表情に自分を見下ろしている長髪の男性を見て――

 

 司馬秦は、それが衛宮蔵人であることを理解した。

 

 自分の不安が全て的中していたことに、この商人は全てが終わった後で気づくこととなった。強欲が身を滅ぼすと知っていてなお――アラン・リーという金の卵を手放せなかった自分を呪った。

 

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