「イチロー、準備はいいか?」
パソコンのモニタを眺めていた一郎は、スピーカーフォン越しに聞こえて来た衛宮の声に頷いた。
「ああ。準備は出来てる……そっちはもう侵入したのか?」
「今『システム開発室』のサーバ室にいる」
一郎は端末を操作して監視カメラの映像にアクセスし、システム開発のサーバ室の映像を呼び出した。
端末のモニタには、サーバ室の端末を操作しているの衛宮の映像が表示された。
そしてその衛宮の足元には、男性が一人横たわっていた。
「おい……足元にいるのは誰だ? 生きてるのか?」
一郎が驚いて尋ねた。
「戦略捜査室の情報分析官だ。少し眠ってもらっているだけで問題は無い」
衛宮は何でもないと言った感じで肩を竦めた。
「お前……昔の同僚によくそんなことができるな」
一郎が信じられないと言ったが、衛宮は何も答えなかった。
二人はテロ攻撃の新しい手掛かりを掴むため動きだしていた。
衛宮は再び『マトリクス社』に侵入し、一郎はそれをサポートするべく車内で衛宮の動きをモニタしている。
マトリクス社へもう一度侵入すると説明された時、一郎は「危険すぎる」と反対したが、衛宮が「まさか、僕たちが再びマトリクス社を訪れるなんて誰も思わないし、今は社内全体が封鎖されて、数少ない捜査官と分析官が残っているだけだから、侵入は容易い」と説得されて渋々頷いた。
事実、潜入は容易く行われた。
「イチロー、準備は整った。指示を出してくれ」
「分った。取りあえず、システム開発部のデータを盗み出す。基幹サーバにアクセスするから、端末のIPアドレスを教えてくれ。後はこっちで侵入する」
「了解」
衛宮はサーバ室にずらりと並んだコンピュータの中から、基幹サーバと呼ばれる最も重要なシステムが納められた端末を操作し始めた。
衛宮がIPアドレスを読み上げると、一郎はすぐさま基幹サーバにアクセスをしてその中の情報を覗き見にし始めた。
社内のシステムから独立したシステム開発室の情報が、一郎の端末に表示される。
「やっぱりほとんどのデータは破棄されてるみたいだ……」
「復元できるか?」
「……短時間じゃ難しい」
「そうか。イチローは作業を続けてくれ。こっちは別のルートを当たってみる」
衛宮は気絶させた分析官の携帯電話を使って電話をかけた。
「――鹿島だ」
くぐもった男の声が出た。
「衛宮だ」
「えっ……衛宮人? お前……どうして?」
衛宮の耳元で、動揺する男の声が響く。
「大声を出したりして怪しまれたりするなよ。誰かに話せば、秋月の命は無いぞ」
衛宮はこの電話の持ち主である分析官の名前出して脅した。
「よくもうちの分析官に。それに、お前の同僚じゃないか?」
「元な。今は違う」
「秋月は無事なんだろうな?」
「ああ。今のところはな。それで、僕の言葉は理解したか?」
「……理解したよ」
「僕を出し抜こうなんて考えるなよ」
「分ってる」
「捜査の状況はどうなっている?」
「状況って?」
「マトリクス社の手掛かりは洗ってるんだろ? システム開発室から何か出たか?」
「特に何も出てない。復元ソフトにかけてはいるが、まだコードの断片くらいしか復元できてない」
「そのコードから何か分らないのか?」
「ガラクタみたいなコードばかりで手掛かりにはなりそうもない」
「鹿島、お前たちが解析したデータとマトリクス社で手に入れた情報を、今から僕が言うアドレスに送ってくれ」
「いい加減にしろ。そんなことしたら、僕は仕事をクビになる」
「秋月を拷問して無理やり送らせても良いんだぞ?」
衛宮がは凄みをきかせて脅した。
電話の奥の鹿島は、この男ならそれをやってのけると瞬時に理解した。
「分ったよ……どうなっても知らないからな。アドレスを言え」
憤慨した声が響き、衛宮は一郎の端末のアドレスを言った。
「こんなことして……どうするつもりだ? どうして、NISの捜査を信じない」
データが転送されている間、鹿島は意味が分らないと尋ねた。
衛宮と鹿島は、もう二年以上も一緒に仕事をしてきた間柄だった。
現場に出た衛宮を長年支援してきたのは鹿島であり、今現在の一郎の役割を担ってきた人物だった。それほど親しい関係ではなかったが、二人とも互いの仕事に関しては信頼を置いていた。
「戦略捜査室に近いところに内通者がいる」
「そんな……嘘だ。バカを言うなよ」
「嘘じゃない。不知火は内通者のせいで死んだ。僕たちの居場所を知っていたのはごく少数だ。考えればわかるだろ?」
鹿島は押し黙って推測を纏め始めた。
「テロ攻撃の捜査はどうなってるんだ? 進展してるのか?」
「ああ。それは問題ない。こっちの捜査だって大詰めなんだ。お前なんかに煩わされたくないね」
「具体的には何を掴んでいるんだ?」
衛宮は核心に迫るように尋ねた。
「それは言えない。お前から情報が流出する可能性だったあるんだ。こればっかりは……秋月を拷問したって口は割らないからな」
鹿島は頑として言ったが、その声は震えていた。
実力や能力には申し分ないが、小心で臆病なところがある男だった。
「分ったよ。これ以上は聞かないさ」
衛宮は素直に諦めた。
鹿島にしても響にしても、テロ攻撃の捜査に関して事態を掌握しているような口ぶりで話をしていたが、衛宮にはそれが気にかかっていた。
一体どんな証拠や情報を掴んでいるのか?
しかし、それを元同僚を拷問してまで聞き出そうとは思わなかった。
「鵜飼については何か掴めたか」
「特には。鵜飼省吾の身分や経歴の全てが偽造だったよ。指紋は見つからず、毛髪などのDNA情報に繋がりそうな証拠も残されてない。間違いなくプロの手口だ。今は顔認証プログラムで検索をしてるが、今の所ヒットは無し」
「どうやって経歴を偽造した?」
「さぁ、『オプティマス社』の紹介状でマトリクス社に入社しているが、その紹介状は偽造されてた。鵜飼がオプティマス社に勤務していた記録もない。アメリカの情報機関に情報の提供を求めたが、回答は無い」
「……オプティマス社? アメリカの軍関連企業の『オプティマス・エンタープライズ』か?」
「そうだ」
衛宮は気がかりを覚え、その情報を胸に刻んでおいた。
すると、一郎から連絡が入った。
「衛宮、戦略捜査室の情報は全部ダウンロードできた。これから解析していく」
「解析は出来そうか?」
「今解析用のプログラムを一から組んでるところだから……しばらく待ってくれ」
「分った、僕も引き上げる。作業を続けてくれ」
衛宮は一郎との連絡を終え、鹿島との連絡を続けた。
「鹿島、全員が同じ方向を向いて一つの事件を追っていると、いつか袋小路に入り込むぞ。些細な手掛かりでも詳細に分析しろ」
「お前に言われなくても分かってる。お前のほうこそ、威嚇なしの発砲命令が出てる……気を付けろよ」
「ありがとう」
衛宮は礼を言って電話を切った。
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