「衛宮、これからどうするんだ?」
後部座席から起き上がった一郎は、車を運転し続ける衛宮に尋ねた。
先ほど途切れ途切れに聞こえてきた電話の内容では、衛宮は自分のやり方でテロ攻撃の捜査を続けと言っていた。
一郎はこれから自分がどうなってしまうのか、一体何時になったら安心して身を落ち着けることができるのか不安で仕方なかった。
「……取りあえず身を隠せる場所に移動する」
「追手はないのか?」
「今のところ、尾行をされている形跡はないな」
衛宮の運転する車は先ほどから同じ経路を何度も辿っていたり、急な車線変更を繰り返していたが、どうやらそれは尾行の有無をあぶり出す為だったのだと、一郎は気がついた。
「不知火って捜査官は……死んだんだよな?」
「ああ、そうだ。おそらく……僕と間違われたんだろう」
衛宮は押し殺した声で呟くように言った。
「狙われているのは……俺じゃなかったのか?」
「テロリストたちはイチローが情報を全て話し終え、その情報がすでに戦略捜査室に伝わっていると踏んだんだろう。だから、イチローではなくテロ攻撃の妨げになる僕にターゲットを変えたんだ」
「どうして……衛宮に?」
「分らないが……おそらく、サイバー・マトリクス社の情報が関わっているはずだ。僕が戦略捜査室の捜査に手を貸すことで、その情報が露呈することを恐れたんだろう」
一郎はそれを聞いて押し黙った。
「なぁ……俺はこれからどうなるんだ? お前は一人でテロ攻撃の捜査を続けるのか?」
一郎は恐る恐るそれを尋ねた。
「ああ。お前をどこか安全な場所に送り届けたら、僕は一人でテロ攻撃の捜査を続ける」
「安全な場所なんかあるのか?」
「今日一日を乗り切れるぐらいの場所なら、まぁ見当がつく。お前はテロ事件が終わった後、警察に出頭しろ」
一郎はそれを聞いて考えた。
この後、衛宮は一人でテロ攻撃の捜査を続ける。
一郎が今日一日目にし続けてきた危険な出来事の中に、また飛び込んで行こうとしている。
一郎は首を横に振って口を開いた。
「衛宮も……俺と一緒に安全な場所に隠れていよう。一人で捜査なんてどう考えても無茶だ。お前がそこまでやる必要はないだろ?」
一郎の言葉を聞いた衛宮は、バックミラー越しに一郎を見て笑みを浮かべた。
「僕を心配してるのか?」
「当たり前だ。俺のせいで……お前が酷い目に合ったんだぞ。俺が巻き込んだ。それに、やっと安全な場所に身を隠せるのに……お前はまた危険な目に合いに行こうとしている。止めるに決まっている」
一郎は怒鳴るよう言った。
「お前のせいじゃない。お前に助けを求められなくても、僕は何かしらの行動をしただろう」
「どうして……お前がそこまでするんだよ? 関係ないじゃないか?」
「ここは僕の国だ。僕には日本国民を守る責任がある。たとえ今――その職に就いていなかったとしても」
衛宮は一点の曇りもない澄んだ瞳で言った。
「それに……不知火は僕の代わりに死んだ。彼は内通者によって殺された」
衛宮は苛立ちと悔しさを押し殺して続ける。
「戦略捜査室に近い所に――裏切り者がいる。テロ攻撃の捜査そのものが、間違っている可能がある。もしもそうだったとしら、組織の外にいる僕にしか、このテロ攻撃は止めらない」
衛宮の断固たる決意の籠った言葉を聞いた瞬間、一郎は理解した。
この男を説得することは無理なのだと。
この衛宮蔵人の決意は、何をもってしても揺るがないと。
「そうか、分ったよ……」
一郎は深く項垂れて後部座席に背中を預けた。
衛宮はそんな一郎を見つめたまま、言い辛そうに口を開いた。
「イチロー、一つ頼みがある……」
「頼み? 何だ、言ってくれ」
「ああ。お前の力を貸してほしい」
「……俺の力を貸す?」
一郎は意味が分らないと尋ねた。
「ああ。テロ攻撃を防ぐのに、お前の力が必要なんだ。お前のハッキングの技術で、僕をサポートしてほしい」
その言葉に一郎は驚いた。
「ハッキングで……サポートって、俺が? むっ、無理だ。俺はただのプログラマー、システム・エンジアで……お前とは違うんだぞ?」
「分ってる。おそらく危険な目にも合うだろう。これから起こす行動で、罪にも問われるかもしれない。でも、お前の力が必要なんだ」
「……そんな? 俺はお前と違って、特別な訓練を受けているわけじゃないんだぞ? ただ他人の情報を盗み見るだけの、情けない臆病者が俺なんだ……無理に決まっている」
一郎は叫ぶように言った後、惨めそうに衛宮から視線を逸らした。
自分の情けなさや不甲斐無さで押しつぶされそうだった。
「いいか、イチロー? 今日、日本国民の多くが危険に晒されようとしている。それを止められるのは――僕とお前だけなんだ」
「俺には関係ない。関係あったとしても……俺には無理だ」
「無理じゃない」
衛宮は一郎を真っ直ぐ見つめて言った。
その力強い視線には、一郎に無理じゃない信じさせるだけの説得力が宿っていた。
「お前にならできる。できると思っているから――僕は頼んでいる。それに、お前にはその力が――優れた能力ある。それを正しいことに使え。頼む、僕に力を貸してくれ」
一郎は天を仰いで目を瞑った。
これまでの出来事が瞼の裏に蘇った。
震えが止まらなかった。
手足だけじゃなく、まるで魂までも震えて慄いているようだった。
しかし、そんな恐れや不安の中でも、変わらずに輝き続けいるものがあった。
それは一郎の瞼の奥――胸の奥深くで輝き続けているもの、それは衛宮蔵人の姿だった。
彼のような人間になりたいと、一郎自身も以前願ったはずだった。
誰かを守るため、正義のために悪と対峙するそんな存在になりたいと――
全ての男の子が願ったはずだったのだ。
「なぁ、衛宮――俺が初めてクラスの女の子のアカウントをハッキングした時、俺はその子のことを守りたいと思っていたんだ……」
一郎は徐に語り出した。
「クラスの人気者だった女の子に、嫌がらせをしようって女の子がいたんだ。俺はいてもたってもいられなくなった。だから、その子が何か意地悪をされないか監視しして、守ろうとしたんだ。もちろん、その子のことを知りたいって気持ちだってあったし……本当は仲良くなりたかった。でも、俺はあの時、正直に声をかけるべきだったんだ。友達になってほしいって、アカウントを交換してほしいって……断られれると分っていたとしても……そうするべきだったんだ」
一郎は大きく首を横に振った。
全ての恐怖や弱気を、情けない自分を振り払うように叫んだ。
「――あーもー、分った。分ったよ。お前の手伝いをするよ。テロ攻撃を止めるために……おっ、おっ、俺も力を尽くすよ」
一郎は青ざめた顔で言い切った。
そして直ぐに後悔して、不安になって続けた。
「でっ、でも、危ないと思ったら……俺は直ぐに逃げるぞ。それに、絶対に俺のことを守ってくれよ。危ない目は勘弁だからな?」
「約束する」
衛宮は弱気になった一郎を笑うことなく、感謝の念を滲ませて約束をした。
「イチロー、ありがとう」
二人はミラー越しに互いを見た。
そして、静かに頷き合った。
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