仕事をやめるたった一つのやり方~32話

第32話 君が殺したも同然だぞ

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kakuhaji.hateblo.jp

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「――くそっ」

 

 響直海は舌打ちした後、おもいきり頭をかきむしった。

 

 それは彼女の悪癖である自傷行為の一つ――ストレスにさらされると、彼女は無意識に爪を噛み、指の間の皮を剥ぎ、そして爪を立てて皮膚を引っ掻くことで自制を保とうとする。

 ストレスを痛みで誤魔化す癖が、響直海にはあった。

 そのため常に指の先はボロボロであり、皮膚にはひっかき傷が絶えない。ファッションモデルのようなスタイルと美貌を持つ彼女だったが、その美しさに比例して彼女の精神は、世の男性を遥かに凌駕するほどタフだった。

 

 常に重圧に晒され続ける男社会、女性であるということが足手まといにしかならない世界で、実力と結果のみで現在の地位と信頼を得た反動が、無意識の自傷行為となって表れてしまうのだった。

 

 彼女は爪を立てて血が滲むほど頭をかいた後――

 衛宮蔵人の言葉を思い返した。

 

 ――テロリストの内通者が存在している。

 

 それも内閣総理大臣に非常に近いところに。

 響はその事実を伏せたままにしておくことにした。

 

 しかし、今は目の前の事態に対処しなければならない。

 

「不知火……どうして?」

 

 響は自分がスカウトした捜査官の顔を思い浮かべて言った。

 

 まだ若さや無鉄砲さ、そして経験の不足はあったが、彼はとても優秀な捜査官だった。いつか、自分の背中を安心して預けられるパートナーになってくれると確信して『SAT』から引き抜いた。

 

 それがテロリストに無残に殺されてしまった。

 自分のせいで。

 

 響は親指の爪を噛み千切るように強く噛んだ後、何とか自分を落ち着かせた。

 

 そして、会議室に敷島と巻波を呼んだ。

 

 響は衛宮蔵人との電話でのやり取りを説明し――すでに現場に警察を向かわせ、不知火の遺体の確認が済んでいることを報告した。

 

 上級職員の二人は対照的な反応を示した。

 

 室長の敷島は深い溜息を吐いた後、握った拳で額を強く叩いた。悔恨で歪めた表情は、深い悲しみに塗れていた。

 

 巻波は表情を崩さず感情を表に出さないまま、刃のように鋭利な視線で響を見つめた。

 

「私の言った通り、あの男に関わるべきではなかった。あの男は捜査をかき回すだけで、我々の役には立たない。君はそれを理解するべきだった」

「しかし、彼から得た情報は――」

「まだ、そんなことを言っているのか? 我々は捜査官を一人失っているんだぞ――」

 

 巻波は表情を変えぬまま声を荒げた。

 

 彼の低く冷たい声には、これ以上ないくらいの怒気が込められていた。表情には出さずとも、彼が不知火の死を嘆いていることは明白だった。

 

「不知火は優秀な捜査官だった。こんな下らない仕事で死んでいいような男でもなかった。君は判断を誤った。君が殺したも同然だぞ――響直海」

 

 巻波の言葉に、響は胸を貫かれように表情を歪めた。

 ある意味では、それも事実だった。

 

 自分が不知火を殺したも同然だった。

 響はそれ以上何も言うことができなかった。

 

「巻波、それ以上は止めろ。許可を出しのは私だ。全ての責任は私にある」

 

 敷島が厳しく言って巻波を嗜めた。

 

「分りました」

 

 巻波は頷いた後に口を開いた。

 

「しかし、室長。衛宮蔵人に関しては、今後は私に一任して頂く――構いませんね?」

 

 巻波は有無を上せぬように言い、敷島は頷いた。

 

「ああ……そうするしかないだろうな」

 

 そう言うと、巻波は会議室を出て全ての職員を集めた。

 

「――全員聞け。不知火隼人が殉職した。犯人は依然不明だが、訓練を受けた狙撃主であることは間違いなく、現在捜査中のテロ攻撃との関連性は疑いようも無い。不知火はテロリストに殺された」

 

 巻波は不知火の殉職を伝えた後、衛宮蔵人との経緯を説明した。

 そして、静かに命令を下した。

 

「これより――衛宮蔵人を緊急指名手配犯とする。警察を含めた全ての捜査機関及び、関係各省に顔写真付きの手配書を送り、見つけ次第逮捕しろと命じろ。対象は凶悪犯であり、武器を携帯している。抵抗するようなら威嚇なしの発砲を許可すると厳命することを忘れるな」

 

 全職員が巻波の命令に頷き、持ち場に帰って行った。

 

「異存はありませんね?」

 

 巻波は敷島に尋ねた。

 

「……ああ、異存はない」

 

 敷島は浅黒く焼けた巌のような顔を強張らせたまま頷いた。

 

「響、君には衛宮蔵人に関する全ての捜査から外れてもらう。君はテロ攻撃の捜査だけに集中しろ」

 

 響は何も言わずにただ頷き、そして自分のデスクに戻って行った。

 ひび割れた爪の間から、赤い血が滲んでいた。

 

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