「イチロー、携帯電話を貸してくれ」
「わっ、わかった」
車の後部座席の下にもぐり込んで小さくなっていた一郎は、不知火から回収した物の中から携帯電話を探しだし、それを衛宮に渡した。
車は乱雑な動きと猛スピードで道路を駆けて行き、一郎はすでに気分が悪くなりじめていた。
衛宮は車を運転したまま電話をかけた。
「――響よ」
「衛宮だ。ナオミ、どうなっている?」
衛宮は開口一番怒鳴り声を上げた。
「衛宮君、どうしたの? 何があったの?」
響が事態の深刻さを察知して尋ねる。
「不知火が死んだ。狙撃主に撃たれた」
衛宮は悔しさを滲ませながら端的に言った。
「そんな……どうして?」
響も動揺を隠しきれずに言った。
「どうして? お前たちから情報が漏れているからに決まっているだろう」
衛宮が怒鳴り声を響かせた。
「戦略捜査室から情報が漏れている?」
響が信じらないと言った。
「ああ、そうだ。僕たちがあの倉庫にいることを知っているのは、ごく少数。僕とイチローをのぞけば、戦略捜査室だけだ」
「だったら、あなたたちが発見され可能性だってある」
「それなら、テロリストは部隊を組んでいるはずだ――間違いなく倉庫を包囲していただろう。狙撃主しか配置できなかったのは、情報を得て間もないからだ」
響は衛宮の説明が正しいことを認めざるを得なかった。
「確かに、私たちからの可能性が高いわね」
「狙撃主は間違いなく僕を狙っていた。不知火は僕の代わりに撃たれた」
「どういうこと?」
「僕は、戦略捜査室のウィンドブレーカーを着ていた。本当なら、僕が死ぬはずだった」
衛宮はハンドルを強く握って続けた。
「ナオミにこの場所を伝えたのは一時間前だ。しかし、敵は情報を得て間もなかった。他の機関と情報を共有したか?」
「いいえ……だけど出発前の会議の後、総理官邸に報告を入れた。定時報告の他に逐一報告を入れるように命じられているの」
「だとしたら……首相の側近全員がこの情報を知りえていた可能性があるな?」
「まさか……政権内部を疑っているわけ?」
「いや、総理官邸には『警察庁』や『防衛省』からも連絡官が出向している。つまり、どの機関も情報を得られたことになる」
二人は事態の深刻さに押し黙った。
「今も追われいるの?」
「いや、今のところは大丈夫だ……」
「じゃあ、早くうちに来て。私はそれまでにどこから情報が流出したのかを調べておく」
「情報の流出元を調べるなら……ナオミ一人でやれ。こうなってくると誰も信用できない」
「誰も信用できないって……戦略捜査室には信頼できるメンバーが揃ってる。あなただって、それは知っているでしょう?」
「その信頼できるメンバーの中で情報の流出は起こった。いいか、テロリストの内通者が、戦略捜査室か総理官邸――もしくは首相に非常に近い場所に紛れ込んでいるんだぞ? こうなってくると、そっちのテロ事件の捜査も信用ならない」
「私たちの捜査が信用できない?」
響は語気を強めた。
「ああ。戦略捜査室の捜査情報が、内通者に筒抜けになっている可能性を考慮するべきだ。不知火が捜査は進展していると言っていたが……本当なのか?」
「本当よ。私たちは事態を掌握しつつある」
「根拠や証拠があるなら教えてくれ」
「……それをあなたに伝える権限は私にはない。このテロ事件の捜査に、あなたは関係ないし、これ以上……私たちの捜査をかき回さないでちょうだい」
響は先ほど巻波が口にしたことをそのまま衛宮に伝えた。苛立ちを隠しきれなくなっていた。
「捜査官が一人死んでいるんだぞ? それも、僕たちを保護しに来た捜査官が。関係がないわけないだろう?」
衛宮も引かずに語気を強めた。
「いい加減にして。あなたは言われた通り、戦略捜査室まで鈴木一郎を連れ来なさい。話はその後で聞く」
響はきっぱりと言い放ち、衛宮は表情を厳しくした後、決断を下した。
「悪いが、NSIには行けない。そっちの安全が確保されているとも思えない」
「じゃあ、どうするつもり?」
「僕は、僕のやり方でテロ事件の捜査を続ける」
「あなた……本気で言っているわけ? 今も逮捕状が出ているのよ」
「ああ――」
衛宮は頷いて、かつてのパートナーのことを思った。
「ナオミ、一から捜査を見直せ。敷島さんを説得するんだ。それと、サイバー・マトリクス社と鵜飼を徹底的に調べ直せ――分ったな?」
「あなたこそ、私の話を聞きなさい。今直ぐにNSIに来て。単独でテロ事件の捜査をしようなんて許さない――分った」
衛宮は響の話を最後まで聞かずに電話を切った。
そして、途切れた電話口の奥で――かつて自分の相棒だった女性が、舌打ちをしながら頭をかきむしっている光景を思い浮かべた。
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