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仕事をやめるたった一つのやり方~30話

第30話 お役御免だ

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kakuhaji.hateblo.jp

 第一話はこちらから読めます ↑

 

 目的地に辿りついた不知火は、倉庫の脇に車を止めて息を吐いた。そして、出発前に響直海に大人げない啖呵を切ったことを思い返していた。

 

 響直海は優秀な捜査官だった。

『SAT』でも『戦略捜査室』でも、彼女は常に一目を置かれていた。

 男社会の中で、実力だけでのし上がって捜査官であり、一切の後ろ盾なく今の要職を得た才女でもある。室長である敷島の信頼は誰よりも熱く、彼が直々にスカウトした数少ない捜査官の一人だった。

 そして、彼女は強い正義感と公正さを持ち合わせており、彼女が公私を混同するような過ちを犯すわけがないと、不知火自身も分っていた。

 

「はぁ……自分もまだまだガキだな」

 

 二十六歳になったばかりの不知火は、自分より二つしか歳が違わない響直海を思い浮かべて言った。

 

 これから確保する男が自分の前任者であり、響直海が優秀過ぎると称した捜査官であることが勘に障ったのは事実だった。

 しかし、自分が尊敬する上官にあそこまで言われ、お使いに出る子供のように心配をされたのでは、不知火も黙ってはいられなかった。

 

 自分にも意地やプライドがあったが、そんなものが捜査の役に立たないことは十二分に理解していた。

 

「さっきの若さは、仕事で取り戻すしかないな」

 

 不知火や一人ごち、任務に集中するべく気持ちを切り替えた、

 

 彼はホルスターから銃を抜き、車を出て目的の倉庫に向かった。シャッター脇のドアをゆっくりと開け、構えた銃はいつでも撃てるように引金に指をあてた。

 

 倉庫の中は明かりが消されていて薄暗かった。

 

 不知火は音を立てずに足を進めながら、当たりを見回す――暗闇の中で人影が動き、即座に反応した。

 

「――動くなっ。妙な動きをすれば撃つぞ」

 

 不知火は両手で銃を構えた。

 

 その瞬間、自分の背後に気配がし――気が付いた時には後頭部に冷たい感触がしていた。

 

 銃口だった。

 

「動くなよ。誰に言われてここに来た」

 

 耳元で静かに尋ねられ、不知火は反撃に転じるべきかどうか逡巡した。

 

「やめておけ。無駄に争うつもりはない。いいから、誰に言われてここに来たのか言え」

 

 背後の男は、不知火の意図を即座に見抜いて牽制するように言った。

 

「……響直海に言われてきた」

「戦略捜査室の人間か?」

「そうだ……」

「名前は?」

「不知火隼人」

「分った。まずは銃を置け」

「俺はお前を保護するように言われている。銃を置くのはお前の方だ」

 

 不知火は語気を荒げて言った。

 

「不知火捜査官、状況が分っていないようだな? 銃を突きつけられているのはお前の方だぞ――」

 

 不知火の後頭部に銃口が強く押し当てられた。

 不知火は巻波の言葉を思い出していた。

 

 ――この男は、味方だろうと平気で殺す人殺した

 

「……分った。銃を置く」

 

 不知火は少し屈んで銃を地面に置いた。

 

「銃を前に向って蹴れ」

 

 不知火は言われた通りに銃を蹴った。

 不知火の前方で囮の役を果たした人物が銃を拾い上げた。

 

「頭に手を当てて跪け」

「おい、衛宮蔵人。お前自分の立場が分っているのか?」

「お前こそ、自分の立場を考えて言う通りにしろ。僕たちは今夜、何度も死にそうな目に合っている。誰のことも信用できない状況だ。だから、お前の身分を確認する」

 

 地面に跪かせた不知火の体を調べ始めた衛宮は、ウィンドブレーカーの中から携帯電話と身分証を取り出した。

 

「ナオミに電話をかけろ」

「もう身分は確認できただろ?」

「いや、まだだ。巻波さんに言われているんだろう? 僕を殺しても構わないと」

 

 そこまで聞いて、不知火は「何故?」と顔を顰めた。

 そしてようやく、衛宮蔵人という捜査官の優秀さを思い知った。

 

 自分とは潜ってきた修羅場や経験が違い過ぎる。

 

 遅すぎる理解だった。

 

「分った。電話をする」

 

 不知火は言われるままに響直海に電話をした。

 

「――響よ」

「……不知火です」

 

 衛宮は不知火から電話を取り上げた。

 

「衛宮だ」

「衛宮君? あなた……不知火に手荒なことはしてないでしょうね」

 

 響は即座に状況を見て取った。

 

「ああ、ナオミ。実に友好的に事は進んでいる。それで、不知火隼人――彼はナオミが迎えに来させた捜査官でいいのか?」

「不知火に銃を突きつけるようなことはしてないでしょうね?」

「ちょうど銃を下ろしたところだ――」

 

 衛宮は不知火の後頭部から銃口を離して肩を竦めた。

 不知火は振り返って衛宮を睨みつけ、携帯電話を取り返した。

 

「……響さん」

「不知火、大丈夫?」

「ええ、少し変わった歓迎を受けただけですよ」

 

 不知火は心配いらないと強がっては見たが、プライドや自尊心は粉々に砕け散っていた。

 

「それで、二人を保護できたのね?」

「はい……これから連行します」

 

 不知火は精一杯虚勢を吐いて、「連行」などという強い言葉を使っては見たが、現状保護され連行されるのは自分の方だと理解していた。

 

「衛宮君に変わって――」

 

 衛宮は携帯電話を受け取った。

 

「いい? 不知火の身に何かあったら――承知しないわよ」

「保護されて連行されるのは僕の方だぜ? 僕の身を案じるのが筋ってもんだろう」

「あなたの身なんか案じるだけ無駄でしょう? 殺したって死なないような男なんだから」

「そこまで人間離れしてないさ」

「とにかく……話はこっちに着いてから聞くわ」

「分ったよ。それじゃ、また後で」

 

 衛宮は電話を切って不知火を見た。

 

「手荒な歓迎をして悪かった。イチロー、もう出てきていいぞ。不知火捜査官に銃を返してやれ」

 

 物陰から一郎が現れ、憮然としている不知火に銃を返した。

 

「お前が鈴木一郎か?」

「あ、ああ……」

 

 一郎は恐る恐る返事をした。

 

「テロに関する会話を聞いたと伺っているが、本当か?」

「そうだ。それで衛宮に助け求めて……その後は――」

「だいたいの事情は分かっている」

 

 一郎の話を遮って不知火は言った。

 

「いいか? 一つ言っておく――自分はお前たち二人を保護するのではなく、拘束して連行するように命令を受けている。お前たちは、テロ事件の容疑者として戦略捜査室に拘留される。分ったな?」

 

 一郎は不安そうに衛宮を見たが、衛宮は肩を竦めて心配ないと暗に示した。

 

「銃を出せ。それと二人ともボディチェックをする」

 

 不知火は手順通りに二人を連行しようとした。

 そして、衛宮蔵人の出方を窺おうとした。しかし不知火の予想とは裏腹に、衛宮は所持していた銃を地面に置き、両手を頭の上に置いた。

 

「これでいいか? イチロー、お前も言う通りにしろ」

「わ、分ったよ……」

 

 衛宮に言われ、一郎も頭に手を当てて地面に膝をついた。

 

「急に素直になって……どういうつもりだ?」

「いや、さっきの電話で僕たちの身の安全は保障された。響が僕たちの無事を確認した以上、お前は僕たちを無事に戦略捜査室に連行しなければならない」

 

 確かにその通りだった。

 

 不知火は忌々しそうに衛宮を見て、乱雑にボディチェックをした。

 衛宮の纏っている黒い薄手のジャンパーを調べると、直ぐに彼が大量の出血をした後だという事が分った。

 

「衛宮、脱げ――」

「残念ながら……お前は僕の好みじゃないんだが?」

「黙って脱げ」

 

 衛宮は言われるまま、犯人グループから拝借したジャンパーを脱いだ。

 

「お前……その傷?」

 

 不知火は衛宮の体を見て顔色を変えた。

 

 体中に青黒い痣が浮かび上がり、右脇腹にはガムテープがきつく巻かれ、大量の血が黒く変色していた。

 

 明らかに重傷でだった。

 

 不知火はそんな体で平然と行動し、自分を出し抜きまでした目の前の男に畏怖の念を覚えた。

 これだけの傷を負っているなら、先程の警戒心も理解できた。

 

「これを着ろ。車に戻れば医療キットがある。少しはマシになるだろう」

 

 不知火は自分の着ている紺のウィンドブレーカーを渡した。

 

「助かる。ありがとう」

 

 衛宮はウィンドブレーカーを着用して礼を言った。

 

「気にするな。それより早く行こう」

 

 不知火は肩を竦めて出口に視線を向けた。

 

「手順に則るなら、お前は僕たちに手錠をかけるはずだが?」

「ああ。あんたの人となりは分った。そして、自分が判断した」

「そうか」

 

 二人は互いを見て頷いた。

 

「それで、テロの捜査はどの程度進んでいるんだ? 僕たちの情報から、何か手がかりはつかめたのか?」

 

 衛宮の問いに不知火は苦笑いを浮かべた。

 

「それを教える権利は自分にはない。それに……あんたと慣れ合いをするつもりない」

「分ってるさ。僕は部外者だし……もうお役御免だ。後は戦略捜査に任せよう」

 

 衛宮も苦笑いを浮かべ、降参のポーズを取った。

 

「心配するな。テロの捜査は進展している」

「だと良いんだが」

 

 不知火は、表情を深刻にした衛宮を見て理解した。

 

 この衛宮蔵人という男が、本当にテロを食い止めようとしていたんだという事を。

 それも、たった一人で証人を守り抜いて。

 戦略捜査室へを出る前と今では、衛宮蔵人への印象がだいぶ変わっていた。

 

「自分は……あんたの後任として響さんにスカウトされた。NSIでは、誰もがあんたのことを優秀な捜査官だと言っていた。今、そのことが分ったよ」

「戦略捜査室にいる連中は全員優秀だ。それにナオミにスカウトされたんだろう? 不知火、お前も十分優秀なはずだ」

「あんたは響さんのパートナーだった。やっぱり信頼しているんだな?」

「向こうはどうだか知らないが、僕は彼女の信頼していた」

「今でもあんたを買っている。自分の事なんか眼中にないくらい」

「お前のことも信頼しているさ」

 

 衛宮は不知火の心情を見抜いて言った。

 

「どうだろう……あんたとやり合って少し自信を無くしたよ」

 

 不知火は素直に心情を吐露した。

 

「さっきの事なら気にするな」

 

 衛宮は不知火の肩を叩き、ドアを開いて外に出ようとした。

 

「自分が先に行く。あんたは鈴木一郎を」

「分った」

 

 倉庫を出た三人は、不知火が乗ってきた灰色のSUV車に向かって行った。

 

 そして不知火が運転席のドアに辿りついた時――何かが破裂するような音が暗闇に響いた。

 

 次の瞬間、不知火は背中から地面に倒れ込んでいた。

 

「――イチロー、伏せろっ」

 

 衛宮は大声を出して一郎を地面に伏せさせた。

 

 二人は車の影に身を隠し、衛宮は運転席のドアを開いてそれを盾代わりにした。その後、直ぐに不知火に近づいて安否を確認した。

 

「――くそっ」

 

 不知火は額を撃ち抜かれて死亡していた。

 間違いなく即死だった。

 

「衛宮……何が起きたんだ?」

狙撃主スナイパーがいる。イチロー、不知火から銃と携帯電話を回収してくれ。僕は車を動かす」

「彼はどうするんだ?」

「不知火は死んだ。追手がかかる前に早くしろっ――」

 

 一郎ははっきりと告げられた不知火の死に動揺しなたらも、言われた通り不知火の持ち物を回収し始めた。

 

 衛宮は急いで車の運転席に乗り込み、キーを差し込んでエンジンをかける。

 その間にも、狙撃主の二発目の弾丸が車の窓ガラスを割って衛宮の胸元ギリギリを通り過ぎて言った。

 

「急げ、狙撃主が位置を変えている」

 

 狙撃主は車の助手席側、向かいの倉庫の上に陣取っている。

 銃声がほとんど聞こえないところを見ると、少なくとも二百メートル以上は離れているだろう。狙いが非常に正確であることから、訓練を受けた兵士であると――衛宮は判断した。

 

イチロー、後部座席に乗って身を屈めていろ」

「分った」

 

 衛宮は一郎が車に乗り込んだのを確認すると、アクセルを踏み込んで急発進した。

 

「くそっ。ちくしょー」

 

 衛宮は不知火のことを思い出して大声で叫んだ。

 

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