青い春をかける少女~27話
27 三人
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「私の知らないところで勝手に喧嘩して、勝手に仲直りしてたってわけね?」
私とハニーの話を聞き終えたパジャマ姿のアイリーンは、冷やかに言って私たちを見た。
ちなみに私もハニーもパジャマ姿。私はカートゥーンのキャラクターがプリントされた、かわいいけど子供っぽいパジャマを着用していて、枕に顔を埋めたまま足をジタバタしているハニーは、黄色のキャミソールのパジャマ、アイリーンは黒の大人っぽいパジャマを着ていた。
私たち“南方郵便機”の三人はアイリーンのお宅でお泊り会をしていて、現在パジャマパーティを開催していた。
本日、私とハニーが無事に仲直りをしたことを連絡すると、アイリーンがお泊り会を提案してくれた。
「今日、良かったらうちに泊まりに来ない? ミツには私から連絡しておく。私も二人の話を聞きたいし、二人に話したいこともあるから」
アイリーンのご両親は、とても親切に私たちを迎え入れてくれた。娘の友達が遊びに来るなんていつ以来だろうと、私たちのお泊りをとても喜んでくれた。
アイリーンのお父さんは、アイリーンが恥ずかしがるような昔話をたくさん披露してくれた。アイリーンが極度の方向音痴で、人の多いところでは直ぐに迷子になってしまうという話に、私とハニーは大笑いをした。
「あと遊園地とかに行ってキグルミが近づいてくると、リンはいつも大泣きして戻ってくるんだ。“パパ、こわーい”って言いながらね」
「パパ、それ以上喋ったら、もう口きいてあげないから」
私とハニーは笑い転げそうだった。
アイリーンのお母さんは、たくさんのご馳走を振る舞ってくれた。手まり寿司にエビフライ、アボカドのサラダにコーンスープ。アイリーンのお母さんの得意料理だというローストビーフは、まさに絶品だった。
「これね、ぜんぶリンの好物なの。子供っぽいものばっかり好きで困っちゃうでしょう? ピーマンとかシイタケなんかは中学生になっても食べられないし」
「ママ、余計なこと言わないで」
少し頬を赤らめるアイリーンに、アイリーンのお母さんは嬉しそうに「はいはい」と言った。 食後に、これまたアイリーンの好物だという自家製プリンをいただいた。
食事を終えた私たちは順番にお風呂をいただき、アイリーンのご両親に“おやすみなさい”の挨拶をした後、お布団の敷かれたアイリーンのお部屋でガールズ・トークをはじめた。
「でも……二人が仲直りできてよかった」
アイリーンはこぼすように笑って私たち二人を見た。
その瞳の奥には、とても暖かなものが宿っていた。
「これでもけっこう心配してたんだから。ほんとよかった」
「アイリーン、心配かけてごめんね」
私が泣きそうになりながら言うと、アイリーンは小さく首を横に振った。なんだかアイリーンも泣きそうになっているように見えた。
「私がぜんぶ悪いんですよ。もー、反省してるからこの話は終わりにしようって」
枕から顔を上げたハニーがうめくように言った。
「ほんとよ。一之瀬に興味ないなんて言っておいて、いざ一之瀬がハルに告白したらみっともなく取り乱して。救いようがないわ」
「やめてやめてやめてー。あの時の私のみじめったらしさを思い出させないでよ。恥ずかし恥ずかしい恥ずかしいー」
ハニーが再び枕に顔を埋めて足をジタバタさせた。
「ハニーはみじめでもみっともなくもないよ。一之瀬君のことを本気で好きなんだもん、必死になって当たり前だよ」
「ハル、それはぜんぜんフォローになってないから。こういう時は、あえて厳しいことを言ってあげた方がいいのよ」
「やめてやめてやめてー。ゆるしてー。あーもー、いっそ私をどうにかにかしてー」
なぜか悶絶しているハニーを私が不思議そうに見ていると、アイリーンがぼそっと指摘した。
「カエデとは、あれから気まずくてろくに顔を合わせられないし、リンにはここぞとばかりにからかわれるし、ハルは天然で私の胸を抉ってくるし……ホント最悪」
ハニーは仰向けになってぼやいた。
私はぜんぜんハニーの胸を抉ってるつもりなんてないのに、こうなったらアイリーンに言われたとおり、あえて厳しいことを言ってやろう。
「ハニー、私が良い女すぎてごめんね」
「うわっ、その台詞が一番傷ついた」
「えー、ごめん。うそうそ、うそだから。ハニーのほうがぜんぜん素敵な女の子だよ」
「うわっ、そのフォローは余計に傷つく」
「えー、私本当にそう思ってるのに」
「あーもー、ハル、少し黙ってて」
「えー、そんな、ごめん」
そんな私たちのやり取りを、アイリーンが楽しそうに眺めていた。
「で、リンも私たちに何か話があるんでしょ? いいかげん私をいじめて楽しむのはやめにして、リンの話をしてよ」
「もう少し、ハルにいじめられるリンを見ていたかったんだけど、そうね――」
「えー、私そんなことしてないよー」
「ハルはうるさい。リン、早く話して。じゃないとまたハルが私をいじめてくるから」
ハニーに急かされ、アイリーンはなんて話したものかと少しだけ思案した後、徐に口をひらいた。
「私、双海と付き合うことになったの」
「えっ?」
「えっ?」
単刀直入、極めて簡潔に告げられたその事実に、私とハニーは目を皿のように丸くした。
私たちの驚きをよそに、アイリーンが淡々と話をしはじめた。
「双海が一之瀬のことで私に連絡してきたの。一之瀬がハルに告白したこととか、その現場にミツは鉢合わせたこととか、ミツが逃げ出してそれをハルが追いかけたこととか、けっきょく一之瀬はハルに告白の結果を聞けずじまいでいるとか」
「詳しい概要いる? それで?」
ハニーがじろりとアイリーンを見て続きを要求した。
「私も知らなかったから、適当なことは言えないと思って……双海には、当人同士の問題だから、私たちがでしゃばることじゃないって言ったんだけど、やっぱり私も気になって、しばらく双海と連絡を取ってたの。そしたら、そのうち二人会って話し合おうみたいな流れになって、それで――」
「それでそれで」
私は興奮して続きを要求した。
「急に告白されたの」
「急にって、どんな感じなの?」
「どんなって言われても、公園で待ち合わせて、しばらく公園のベンチで会話をしてたら、急に“俺と付き合ってみないかって”」
「きゃー」
「きゃー」
私とハニーは黄色い歓声を上げた。
「それでそれで、アイリーンはなんて答えたの?」
「双海って不謹慎なんじゃないのって言ってやったの。からかわれてるんだと思って」
「手厳しい」
「まぁね。ハルとミツのことは本気で心配してたし」
「アイリーン」
私は感動した。
「で、それで結局どうして付き合う流れになったのよ?」
私の代わりにハニーが続きを要求した。
「私が不謹慎って言ったら、双海は、一之瀬が振られたからって俺が彼女をつくっちゃいけないって理由にはならないだろ、なんて言って、その後で私のことが本気で好きだから、この問題が片付いた後にでも真面目に考えてほしいって」
「それでそれで」
「双海に私のどこが良いのって聞いたの」
「うんうん」
「私みたいな面白みのない女と付き合っても退屈なだけじゃないって。そしたら……双海なんて言ったと思う?」
「えー、なんだろう? 真面目なところとか、頭がいいところかな? わからないよ。双海君なんて言ったの?」
私はわくわくして続きを要求した。
アイリーンのことなのに、まるで私が告白されているような気分だった。
「私の顔が好みなんだって」
「顔?」
「そこ?」
私とアイリーンは思わず声を上げてしまった。
確かにアイリーンは美人だけど、どこがいいのと言われて真っ先に挙げるポイントなのかなと思ってしまった。
「それで、リンはなんて答えたの」
「付きっ合ってもいいよって言った」
「どうしてそうなった?」
ハニーが驚きの声を上げた。
私もびっくりしていた。
「別に双海のこと嫌いじゃないし、告白されたのだって悪い気はしてなかったから。ただ、タイミングが悪いかなって思ってたんだけど、それも双海が言ったみたいに、二人が恋愛のことで喧嘩中だからって、私が恋愛をしちゃいけない理由にはならないなって思ったの」
「まぁ、たしかにね」
「うん。私も、私たちのことでアイリーンにが恋愛をしないなんてことしてほしくない」
「ありがと。でも、双海が私の顔が好みって言った時にね……たぶんこの人は正直な人だなって思ったの」
「正直?」
「薄っぺらい言葉で何かを飾りたてるような人じゃないだろうなって。そう思ったら、双海と付き合ってみるのも悪くないかなって。中学生活の良い思い出にもなるだろうし」
「すでに思い出にする気満々?」
ハニーが指摘した。
「さぁ」
アイリーンが小首を傾げて続ける。
「双海との恋愛が長く続くかは分からないけど、双海が最後の相手ってわけでもないだろうし、運命の相手って感じでもないだろうから、それなりに楽しんで終わりって感じじゃない? ああ、双海のことは好きよ。私も双海の顔は好みだし」
「リンの恋愛観はよくわかないわー」
「うーん、たしかに。でも双海君かっこいいもんね」
ハニーの言葉に私は頷いた。
「私は二人みたいにロマンチストじゃないのよ。届かない恋をするようなタイプでもないし」
「うっ、胸が痛い」
「ハルに同じく」
「私はね、それなりの相手とそれなりの恋愛ができればいいって思うの。恋愛だけじゃなくて、人生もそれなりでいいって思うの」
「それなりの人生?」
こんどは私が小首を傾げた。
「そう。それなりの学校に行って、それなりの会社に就職して、それなりの相手を見つけて、恋愛して、いずれ誰かと結婚してって、そんなささやかなものでいいの。でも、そのささやかなものを少しでも良くするための努力は惜しみたくないの。まぁ、ようするに私は退屈な女なのよ」
「そんなことないよ。私、アイリーンはすごいなって思うよ。私、そんなふううに考えたことなかった。それに、私なんて自分が何をしたいのかとか、どうしたいのかとか、まだぜんぜんわからないし」
私が言うと、アイリーンは優しく微笑んでくれた。
「ハルはそれでいいと思う」
「そうかなあ?」
「そうよ。そんなハルに私は憧れてるんだから」
「……私に憧れる? アイリーンが?」
「そう。いつも全力で、いつも真っ直ぐなハルに、私は憧れているの。不器用で、要領が悪くて、結果がついてこないかもしれないけど、それでも必死になって何かを探そうとしているハルのことが、私は羨ましいのよ」
「そんな、私なんて――」
「ハルがバンドに誘ってくれた時、私本当にうれしかった。私はハルにはなれないし、ハルのようにはできないけれど、ハルの背中を追って、ほんの少しだけハルと同じ何かを探すことができるかもしれないって思ったの。ハルが、私を青い春につれて行ってくれるって」
「アイリーン」
「だから、ハルはそのままでいいの。そのままのハルが一番いい」
私たちは黙ったまま見つめあった。
私たちは長い時間をかけて、ようやくここまで来たんだっていう感慨があった。
裏庭から始まった私たちの静かな出会いは、長い時間をかけてここまで深いものになったんだ。
「私、この“南方郵便機”が好きよ。だから二人が仲直りしてくれて、このバンドが解散にならなくて本当に良かったって思ってる。二人とも、ありがとう」
「ちょっと、やめてよ。急になに恥ずかしいことしちゃっるんだか。まぁ、私だって……この三人でよかったって思ってるから」
ハニーが顔を真っ赤にしながら言った。
私は気持ちが溢れすぎていて何も言えずにいた。
勇気を出してよかったと思った。
「一緒にバンドをやろう」って、勇気を振り絞って声をかけてよかったって思った。
ここに、この“南方郵便機”に、私のしたいことの、やりたいことの結果があるんだって思った。
そう思うと、私は前に進んでいけそうな気がした。
ハニーとアイリーン。二人に背中をおしてもらって、私は青い春を駆け抜けられるような気がした。
「二人とも、本当にありがと」
私は心からそう言った。
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