「ごめんなさい」
私は深々と頭を下げた。
ハニーに会う前、私は一之瀬君に恩賜公園に来てほしいと連絡をして、木陰の中で告白の返事をした。もっと他に言いたいことや、伝えたいことがあったんだけど、何を言っても告白の返事には相応しくないような気がして、私は率直に自分の言葉を伝えることにした。
ごめんなさいと。
「そっか……俺じゃダメか?」
私はゆっくりと顔を上げた。
一之瀬君は気まずそうに笑った。
「一之瀬君がダメとか、そう言うことじゃないの。ただ、私――」
「いいよ」
一之瀬君はその先はいいと首を世に振った。
「何となく……ダメだろうなって分かってたんだ。それに急に告白してセイシュンに迷惑をかけちゃったみたいだしさ。そっちは大丈夫そう?」
一之瀬君は私たちを気遣うように言ってくれた。
優しくて誠実な人なんだなって思った。
一之瀬君とお付き合いをしたら、きっと楽しくて素敵な毎日になるんじゃないかなって思ってしまった。
「まだ分からないけど、たぶん大丈夫だと思う。ううん……大丈夫にする」
「俺にできることがあったら何かしてやりたいけど、俺がしゃしゃり出ても迷惑そうだしな。がんばってくらいしか言えないわ」
「ありがとう」
「はぁ、まさかハチミツが俺に気があるなんて思わなかったよ」
一之瀬君は白状するように言って肩を落してみせた。
「どんかんだよ。私はずっと気がついてたのに」
「セイシュンだって、俺がセイシュンのこと好きだって気づいてなかったくせに」
「そっ、それは――」
私は、一之瀬君改めて好きと言われて赤面を隠せなかった。
それはものすごく嬉しい言葉のはずなのに、私の胸をチクリと刺した。
「まぁ、いいよ」
一之瀬君は笑った。
「俺は、セイシュンが鈍感な女の子だって知ってて好きになったんだし。あーあ、けっこうがんばってアプローチしてたんだけどな」
「もう、恥ずかしいからやめてっててば。ねぇ、一之瀬君は、ハニーとどうするの?」
「それ、たった今フラれたばかりの男を前にして言う? 信じられねー」
「ああ、ごめん。そんなつもりっていうか……私考えなしで、でもハニーのことも気になって、ああ、もう、どうしよう? とにかく、ごめんね」
私が慌てて言うと、一之瀬君は声を上げて笑った。
「俺さ、セイシュンのそういうところが好きだったんだよ。その鈍感っていうか、純粋っていうかさ」
「ほんとうに、ごめん」
私はしゅんとなって言った。
「……ハチミツとのことはよく分かんない」
一之瀬君は恩賜公園の池の先、遠くの空を眺めて言った。
本当にどうしたらいいのか分からないって顔をしていた。
「俺たち……ずっと幼馴染だったし、ハチミツとは腐れ縁だって思ってたからさ。少し考える時間が、気持ちを整理する時間が必要だよ。それにセイシュンに告白した後で、すぐに別の女のことなんて考えられないし」
私は顔を赤くして俯いた。
私は何も言えなかった。
「まぁそれに、お互い別々の高校に上がれば……他に気になる相手が見つかると思うけどな」
“そうかなあ”って思ったけれど、そんな簡単に別の人を好きになったりするのかなって思ったけれど、私は何も言わなかった。
ここから先は二人の問題なんだ。
私が口を出していい問題じゃない。
「でも、俺さ……セイシュンを甲子園につれて行くのが目標だったんだよなー。これから毎日、何を目標にバットを振ればいいんだろう?」
一之瀬君は冗談めかせて言った。
そしてその表情は沈んでいながらも晴れやかだった。最終回に逆転満塁ホームランを打たれたピッチャーのように、どうしようもないということをすでに受け入れているみたいだった。
だから私も一之瀬君の冗談に乗ることにした。
「よかった。私野球だいっきらいだし」
「うそ……マジ?」
一之瀬君は目を丸くした。
ワンストライクをとった感じ。
「ほんとだよ。お父さんと弟がテレビで野球中継を見てるとね、テレビの画面をバットで壊してやりたいって思ってるくらいなの。甲子園なんか行ったら、私失神しちゃうかも」
「はぁ……俺たち上手くいかなくて良かったのかもしれないな」
一之瀬君は苦笑いを浮かべて言った。
私たちは互いの顔を見合わせて笑った。
私は心の中で言った。
「ありがとう。好きって言ってもらえて……本当にうれしかったよ」
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