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青い春をかける少女~23話

23 アイリーン

 

kakuhaji.hateblo.jp

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「もしもし、ハル」

「もしもしアイリーン……どうしたの?」

 

 電話越しに聞こえるアイリーンの声は、どことなく苛立って興奮しているみたいだった。

楽譜だったら、間違いなく〝フォルテッシモ〟がつくような感じのトーン。

 

「ハル、ミツと喧嘩してるんでしょ?」

「えっと、あの、うん」

 

 私はいきなりの追及に少したじろいだ。

 いつだって、単刀直入なのがアイリーンの持ち味でもあり魅力だった。

 

「何で一言ぐらい相談しないのよ?」

 

 言葉の抑揚は抑えられていたけれど、アイリーンはどことなく怒っているみたいだった。

 私が同じ立場だったら、私は怒らずに傷ついたと思うけど、たぶんその気持ちは一緒のような気がした。

 

「……ごめん」

 

 私は素直に謝ってその先を続けた。

 

「私、少しどうしていいのか分からくなっちゃってたの。それで一人で塞ぎ込でた。ほんとに、ごめんね。でも、もう大丈夫だから。あのね、ぜんぜん大丈夫ってわけでもなくて、ハニーとは仲直りできてないんだけど……でも大丈夫だから」

「はぁ、ぜんぜん話が見えないんだけど」

 

 電話越しに重い溜息が聞こえてきた。

 

「えっと、あのね――」

「ああ、いい。ほんと大丈夫そうだから。声もいつもの調子だし、それにハルの声、何だかスイングしてる」

「アイリーン」

 

 私は、込み上げる暖かいものを胸いっぱいに感じていた。

 

「でも、まだぜんぜんスイングが足りない」

「うん」

「ぜんぶ片付いたら、ちゃんと報告しなさいよ。これでもけっこう心配したんだから」

「うん、ありがとう。必ず報告するね」

 

 私はアイリーンを安心させるように力いっぱい言った。

 

「あ、でも、私とハニーが喧嘩中って話……誰に聞いたの?」

「双海」

「双海君に?」

「そう。こっちもこっちで大変だったの」

「大変って?」

「今度ゆっくり話すから。まぁとにかくがんばりなさいよ」

「ありがとう。今からハニーのところに行ってきます」

 

 私は電話を切った。そして足を止めて青空を見上げた。

 私はアイリーンのことを考えた。

 私の大切な友達。

 

“南方郵便機”の三番目のメンバー。

 

 彼女のことを知ったのは、ハニーよりも先だった。

 私は、彼女のことを中学一年生の頃から知っていた。

 私は思い出を振り返った。

 

 私が所属した吹奏楽部では、一年生は楽器の練習で音楽室を使わせてもらえなかった。

だから一年生は校庭の隅や裏庭、空き教室など、どこか開いている場所を見つけて、一人で自主練習をするという習慣があった。それがやる気のない部員を振るい落として、一人でも演奏の練習をして向上できる生徒だけを残すという、我が吹奏楽部の伝統だと知ったのはだいぶ後になってからで、一年生の吹奏楽部員の中では私が一番最後にその伝統を知った。

 

 私はいつも裏庭を選んで、そこで一人サックスの練習していた。

来る日も来る日も裏庭で練習をしていると、私はいつしかそこに一人の観客がいることに気がついた。

 たった一人の観客は、裏庭に面した二階の教室の隅から少しだけ顔を出して、私の演奏に耳を傾けてくれた。

 気恥ずかしくも嬉しくなった私は、そんなたった一人の観客に向かって毎日せいいっぱいの演奏をした。拍手もアンコールもない静かな演奏会だったけれど、私はそれでよかった。それがよかった。

 

 二人きりの小さな演奏会はとても素敵だった。

 そんな二人きりの演奏会は二年生になっても、三年生になっても続いた。

 正式に吹奏楽部のサックスに指名され、もう音楽室の外で自主練習をする必要がなくなっても、私は時折中庭に向かって自主練習した。

 

 そうすると、からなず彼女は二階の教室から顔を出して私の演奏に耳を傾けてくれた。

 私のたった一人の観客が、二人だけの演奏会が、私に音楽に向き合う勇気をくれた。

 だからあの日、私は勇気を出して声をかけた。

 中学三年生に上がったばかりの桜吹雪が舞う日だった・

 

「あの、私……最近小さなジャズ・バンドをはじめたんです。良かったら一緒にバンドやりませんか? 私たちと一緒にスイングしませんか?」

 

 二階の教室から顔を出したたった一人の観客は、初めて窓際から身を乗り出した。

 そして私を見下ろして小さく微笑んでくれた。

 

「私なんかでよかったら、ぜひ」

 

 その日からたった一人の観客は、私とハニーと同じバンドのメンバーになった。

 私とアイリーンの間には、そんな素敵な思い出がある。

 

 この思い出は、ハニーも知らない。

 それどころか私たち自身も、一度もそのことを話しを持ち出したことはなかった。

 アイリーンが私の演奏にずっと耳をすませていてくれたことも、私がアイリーンに向かって裏庭で演奏していたことも、私たちは口に出したりしなかった。

 

 私たちは、まるで私がバンドに誘ったあの日に初めて二人は出会ったかのように接した。

今まで裏庭の舞台で行われていた、たった一人の観客に向けた小さな演奏会なんてなかったかのように、私たちは振る舞った。

 

 私たちは、お互い声をかけずにいた長い時間を恥ずかしく、こそばゆく思っているのかもしれない。その思い出があまりに素敵過ぎて、秘密にしておいた方がより素敵だって思っているのかもしれない。

 

 私は、後者。

 きっとアイリーンも同じ気持ちだと思う。

 

 こんな素敵な思い出が私たちにはたくさんあった。

 アイリーンが私たちのバンドのメンバーになって、私たちは三人になって、そして〝南方郵便機〟になってからは、毎日が素敵な思い出の連続だった。

 

 一緒に楽器屋さんを巡ったことも、初めてドラムのスティックを買ったことも、アイリーンとハニーの性格が合わずに気まずくなったことも、バンドの練習でスタジオに入ったことも、最初の一曲がなかなかきまらなかったことも、帰り道にした下らないおしゃべりも、その全てが素敵な思い出だった。

 

 私たちは、これからももっと素敵な思い出をつくっていくために、三人で一緒に前に進んでいくために、三人でスイングするために、私はこんなところで落ち込んで、塞ぎ込んで、立ち止まっていたらいけないんだ。



 私たちは演奏をやめちゃいけないだ。

 

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