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iの終わりに~18話

第18話 ブージャム

 

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 マンションの前の通りには、黒猫が背伸びをしたような車が停まっていた。

エンブレムには堂々と“Lincoln”と描かれていた。

 広すぎる車内に案内され、車が音も立てずに発進すると――トゥイードル・ダムとトゥイードル・ディーは、パーティのホスト役になりきって僕たちをもてなした。

「冷たいお飲み物をどうぞ」

 ショーケースからペリエの瓶を取り出し、それを氷の入ったグラスになみなみと注いだ。しゅわしゅわと炭酸の粒が涼しげな音を立て、そこに色鮮やかなレモンを絞った飲み物が出された。

「お好きな果物をどうぞ」

 果物のつまった器からもぎたてのように新鮮なオレンジを選び、ペティナイフで皮をむいてお皿の上に盛り付けた。

「遠慮なんてなさらずに」「遠慮なんてなさらないで」

 双子のような女の子たちは、無邪気で陽気に騒ぎ始めた――大声で『マザーグース』を歌ったり、次から次に果物の皮をむいてクラッカーの上に乗せて食べ初めたり、ミキサーをぐるぐると回してオリジナルのフレッシュフルーツジュースをつくったり、カードゲームを提案したり、とにかくやりたい放題にやった。

 僕はそんな一方通行のおもてなしをうんざりと受けながら、同じようにおもてなしされているフィンが心配だった。

「大丈夫?」

 僕がそう尋ねても、彼女は表情一つ変えずに――

「ええ、平気」

「本当に?」

「本当。それに、私誰かにもてなされたのなんて初めて。とっても愉快ね」

 ぜんぜん愉快そうにしていないフィンのそんな言葉を聞いていると、僕は今直ぐに出もこの車を停止させて、彼女をどこか遠くに連れて行きたかった。

だけど、どうしてもその勇気が湧いてこなかった。

何かを決断することが出来なかった。

 それに、どこか遠くに連れて行くって――一体どこに行くつもりなんだと、自分に尋ねてみた。

そんな場所、あるわけもなかった。

「ねぇ、二人に少し聞きたいことがあるんだけど」

 目を瞑って頭の中を整理していた僕は、再び目を開いて彼女たちに尋ねてみた。

今の状況を少しでも把握して、整理しておきたかった。

「何かしら?」「何でしょう?」

「今向かっているディドルディドルのナーサリーっていう場所はどんなところで、何が待っているんだろう?」

「たくさんのお菓子と」「いっぱいの幸せと」「寝心地の良いふかふかベッドと」「たのしいたのしい夢の中」

 僕は歌うように帰ってきたその答えにめげずに、次の質問をしてみることにした。

「じゃあ、僕たちはそこに行って何をするんだろう?」

「みんなで」「いっぱい」「たくさん」「遊んで」「日が暮れるまで」「笑って」「走って」「歌って」「転げて」「日は暮れないからない」「終わらない」

 僕はよっぽどやれやれって声に出してやろうかと思った。

「じゃあ、この車を運転しているのは、まさかコギトってことはないよね? それにこんな高そうな車、一体どうやって手に入れたんだろう? この飲み物とか果物とかも」

 もしも、この車の運転をアナムネシス・チルドレンが――しかも重度のイデア依存症患者が運転しているんだったら、この車は棺桶と同じだと思った。

 そんな僕の様子を見て、トゥイードル・ダムとトゥイードル・ディーは同じ仕草で笑った。

「あんしんあんしん」「あんぜんうんてん」「これはおじさまからの贈り物」「良い子の子供にプレゼント」

「おじさま? プレゼント?」「

「全ては子供たちのため」「全ては心地よい夢のため」

 僕はぐっとため息を堪えた。

「今から行くナーサリーには、君たちの活動を指揮している誰かがいるのかな? リーダーみたいな人とか、ディドルディドルを創った人とかが?」

「リーダーはいません」「創った人も知りません」

 僕はがっかりと肩を落とした。

 もう、そのがっかりを隠しておくだけの気力も根気も尽きていた。

大きなため息を吐いて、やれやれと首を横に振った。

「でも、スナークがいます」「だけど、スナークは知っています」

 今度こそ、本当にお手上げだった。

“スナーク”はルイス・キャロルのナンセンス詩『スナーク狩り』に登場する架空の生物で、最後まで出てこない生物だった。

 ようするに、存在しないものにこれから会いに行くわけか、と僕は心の中で思った。

 ユニークすぎるユーモアだった。

ぜんぜん笑えない。

 背中をシートにあずけて宙を仰いだ。

 揺籠のように心地良いシートだけが、落ち込んだ僕の体を優しく受け止めてくれた。

僕は揺籠の中に入った赤子になってしまったみたいだった。

木の枝にかけられて、いずれ落っこちてしまう揺籠の中の赤ん坊に――棺桶に入る老人のように。

「スナークはブージャムかもしれません」「ブージャムはブーツかもしれません」「そして沈黙」「しー」

 僕は今直ぐ耳を塞ぎたいと思った。

そして目を閉じて口を噤んでしまいたいと思った。

僕はどこか遠くに行きたかった。

 ここじゃない、それでいてナーサリーなんて訳の分からない場所じゃないどこかへ。

 

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