『戦略捜査室』の情報分析官である鹿島は、自分が今しがた分析し終えた情報をレポートに纏めた後、信じられない我が目を疑っていた。
『戦略捜査室』の情報部門。
総勢三十名を超える分析官が、日夜、世界中から集められたる膨大な情報を分析・解析している。そして今現在の情報部門は、テロの脅威を前にして普段なら共有されることのない些細な情報まで、各省庁や捜査・情報機関から大量に送られ、さらにはそれと並行して情報部門独自の情報収集や情報分析を行っているため、分析官はパンク寸前で仕事に当たっていた。
そんな情報部門のチーフを務める鹿島が、分析し終えた情報を持って現場部門の捜査官である響直海の元を訪れた。
「響、これを見てくれ?」
二人は端末を覗きこんだ。
「これは?」
響は形の良い眉毛を持ち上げながら鹿島に尋ねた。
「今日の午後九時頃、汐留の『サイバー・マトリクス社』で銃の乱射事件があった」
「銃の乱射事件?」
「ああ。すでに三名の死亡が確認されている」
「何が起きたの?」
「詳しいことは分らないが、犠牲者の一人はマトリクス社の社員で、残りの二人は身元は不明だが、中国マフィアの構成員だと思われる。今詳しい身元を照会中だ」
「中国マフィア?」
そこまで聞いて、響は即座にこれから起こるテロ事件とこの事件を結びつけた。
「そして次の事件が、これだ」
端末のモニタには、今しがた起きたばかりの首都高速でのカーチェイスと銃撃戦――そして、爆発炎上の映像が鮮明に映し出されていた。
「これは……一体?」
「まだ分からない。今現在、所轄の刑事と鑑識が事件を調べているが、サイバー・マトリクス社で起きた事件との関連性は間違いない」
「死傷者の数と身元は?」
「まだ割れていないが……死者は八名。車内から身元に繋がるようなものは見つかっておらず、車も盗難車だった。そして爆発炎上した二台の車の先には、もう一台の車が横転していた」
「生存者は?」
「分らないんだ」
「分らない?」
響は顔を顰めた。
「現場には少なくとも、もう一台の車がいた。監視カメラの映像から黒の改造ハマーであると思われ、そいつらは横転させた車の搭乗者を連れ去っている」
「目的が知りたいところね。カメラの映像に映ってないの?」
「ああ、この位置は丁度カメラが切れる位置だ」
「プロの仕業ね?」
「だろう。黒のハマーは首都高を出て川崎方面へと逃走。その後の足取りはつかめずだ。ナンバーを付けないから『Nシステム』で照合することもできない」
『Nシステム』とは――正式名称を『自動車ナンバー自動読み取り装置』と言い、警察が日本全国に張り巡らせた監視カメラ網から走行中の自動車のナンバーを自動で読み取り、手配車両のナンバーと照合するシステムの事だった。
「今頃は車を変えているはず。追跡にはかなり時間がかかるわね」
「たぶんな」
鹿島は肩をすくめた後、自分の突き出した腹の肉をつまんだ。
この三十代前半の優秀な分析官の唯一の欠点と言えるのが、不摂生な食事だった。ほぼジャンクフード塗れの生活のおかげで出来あがった立派な身体は、現在体重九十キロにまで及んでいる。最近は髪の毛が大量に抜け始めてきたのが悩みだった。
「分ったわ。高速道路の衛星画像の分析と、交通局のカメラ映像からドライバーの顔を確認して」
響が手際よく指示を出すと、鹿島は首を横に振った。
「それはもう出来てる。だからお前のところに来た」
「どういう意味?」
「これが、サイバー・マトリクス社のエントランスのカメラ映像。そしてこっちが、交通局のカメラ映像を画像処理した映像」
「――嘘でしょ」
響は思わぬ光景に口を噤んだ。
そこには、サイバー・マトリクス社で銃を構えて敵を撃ち、首都高で神業のような運転技術を披露している長い黒髪の男性の姿が――克明に映し出されていた。
鮮明な映像と静止画で。
「衛宮蔵人?」
「ああ。顔認証ソフトで判定済み。九十九パーセント本人だ」
「何故、彼が? いったい何が起きているの?」
「わからない」
響は事態を深刻に受け止め、額に手を当てて数秒思考を巡らせた。
「現場にうちのチームを派遣する。鑑識もうちのチームで一からやり直させるわ。警視庁には、捜査をうちが引き継ぐと指示を出しておいて。それから、詳細情報をファイルに纏めて全職員に配布して」
「了解。で、いつまでに?」
「十分でやって。十五分後に各部門を集めた会議をするわ。私はこの件を室長に報告してくる」
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