国道を走るスクーターは、少しずつ速度を上げながら迫りくる闇を振り切るように、前に、前にと進んだ
幅の広い道路には車の通りはほとんどなく、時折大型のトラックが僕たちの乗ったスクーターを邪魔そうに追い越していくだけで、これといった危険や恐怖と遭遇をすることもなかった。
大きな川にかかった橋を渡った。川には巨大な水門があり、土手が広がっている。さらに遠くの方には、長い橋と橙の光を灯す背の高い街並みが見えた。
不意に背中から歌声が聞こえた。
London Bridge is falling down,
Falling down, Falling down.
London Bridge is falling down,
My fair lady.
お世辞にも上手ともいえなかったし、感情や情景が込められて歌われているという感じでもなかったけれど――僕はそんな彼女の歌声をいつまでも聴いていたいと思った。
マザーグースの童謡『ロンドン橋おちた』を背中越しに、耳ではなく胸の奥で聴きながら、僕は遠くに見える長い橋を眺めて思った。
僕たちは、一度壊れてしまった、落ちてしまった橋を直すことができるのだろうか?
そして、一体何を使い、どうやって直すのだろうか? 粘土と木で? 粘土と木では流されてしまうから煉瓦と石で? 煉瓦と石では崩れてしまうから鋼と鉄で? 鋼と鉄では折れ曲がってしまうから金と銀で? 金と銀では盗まれてしまうから寝ずの見張りを立てて? 寝ずの見張りが眠ってしまったら――一体、僕たちはどうやって橋を直し、どうやって橋を架けるのだろうか?
そんなことを考えると、まるで答えは出てこなかった。
橋を渡るとフィンの歌も終わった。
「その歌、好きなの?」
「分からない。何となく頭の中に残っていて思い出しただけだから」
「たぶん、小さい頃にお母さんに歌ってもらったんだよ」
僕は早くフィンを母親と再会させてあげたくて速度を上げた。
彼女を母親の待つ家に送り届けることができたなら、全てが上手く運ぶような、物事の全部がいい方向に転がるような、そんな気がしていた。
落ちてしまった橋を直し、新しくかけ直すように。
「ねぇ、ジャバウォックとも知り合いだったのね?」
「ジャバウォックって、ルイス・キャロルの詩に出て来る怪物のこと? そんな奇抜な知り合いはいないけど」
「あの、国会議員のことよ。あの人、いつも真っ黒で、いつも訳の分からないことばっかりを口にしているでしょ? だからジャバウォックって呼んでいるの」
その不名誉なニックネームがひどく当てはまっているような気がした。
「知り合いっていうか、少し前に会って、話をしたぐらいだよ」
「それって一年半前に、たくさんの子供の目が覚めた時のこと?」
「大量帰還っていうんだよ」
「もしかして隠していた?」
「どうなんだろう? よく分からないんだ。正直、ただ思い出したくないだけなのかもしれない。多くの子供はイデアの中の出来事を、朝目覚めたら忘れてしまう曖昧な夢のように扱うことができる。だけど、僕はなかなか忘れることができないんだ。あの夢を」
「きっと、思いが強いのね」
「違うよ」
僕はそれを否定した。
「僕は結局のところ、上手く向き合えていないんだ。あの長い夢を。今でもただの夢として受けいれられずにいるんだ。ただ、心地よくて都合の良い夢に沈んでいただけのくせに」
僕は真っ直ぐに前を見つめながら、迫りくる闇から逃れるようにひたすらに速度を上げ続けた。
まるで、僕の背を夢の終わりが音を立てて追いかけてきているような気がしたから。
London Bridge is falling down,
Falling down, Falling down.
何をしても、あの夢はもう創り直せない。
粘土と木でも、煉瓦と石でも、鋼と鉄でも、金と銀でも、寝ずの見張りを立てたとしても。
London Bridge is falling down,
My fair lady.
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