私とハニー――二人の間には、気まずさの川が流れていた。
川のこちら側には私が所在無さ気に立ちつくし、川の向こう側には表情を押しころしたハニーが立っていた。
「で、なんのよう?」
ハニーの声は刺々しくて、とても痛かった。
苛立ったように腕を組んで、足を踏み鳴らした。
恩賜公園の日差しはいつもよりも鋭く照りつけて、木陰に入ったはずの私たちに何かを焚きつけるように照らした。けれど熱さは気にならなかった。
私たちの間に流れる空気は完全に冷え切っていたから。
始業式に出るために登校をした私たちは、学校の中ではいっさい口をきかなかった。ハニーからは“話しかけないで”という刺々しいオーラが出ていたし、私自身も教室でいきなりハニーに声をかけて、昨日の説明を始める勇気も度胸もなかった。
一之瀬君とは式に向かう最中と、式の途中で目が合ったけれど、私は気まずさのあまり目をそらしてしまった。
こんなことはよくないって分かっていた。
昨日の返事を、しっかりしなくちゃいけなんだって分かっていたけど、とにかくハニーと話をするまではどうしようもできなかった。
まずはハニーと話をする。
それだけを考えて私は今日一日を過ごしていたけど、ハニーはまるで私のことなんか気にならないみたいに、何事もなかったかのように最後の登校日を過ごしていた。クラスの女の子と楽しそうに話していて、ころころ笑ったりして、夏休みに遊ぶ約束なんかをしていて、私はその場で泣いてしまいそうだった。
始業式が終わってホームルームが終わった後、私は何とか自分を奮い立たせてハニーの席の前まで向かった。
「ハニー、話しがあるから一緒に帰ろう」
ハニーは仕方ないって感じで頷いた。
そして今、私たちは川を挟んで向かい合っている。
「ハニー、昨日のことなんだけどね――」
「ああ、ハルが何の用事もないって嘘ついてたこと?」
ハニーの先制攻撃に、私は胸をぐさりと刺された。
「あの、そのことなんだけどね……私、一之瀬君にね――」
「告白されたんでしょ?」
ハニーは私の声をかき消すよう大声を出した。
「私に嘘ついて、二人で公園で楽しくデートしたんでしょう? あんな男が好きそうな服装で楽しくボートなんか乗ったりして、それで告白されたんでしょ? ぜんぶカエデに聞いた」
私はハニーの剣幕に押されて何も言い返すことができずにいた。
涙でにじむ瞳でハニーを見つめていることしかできなかった。
「ハルは年上のお兄さんに夢中だったのにね。そう言えば、ハルはカエデのこと気にしてたもんね? あれ……双海のことが気になってたんだっけ? 気が多いとモテていいよね」
その言葉に私は深く傷ついた。
ハニーからこんなひどい言葉を聞くなんて思わなかった。
ちゃんと説明すれば分かってくれるって思ってた。
だけどハニーは私の言葉に聞く耳をもってくれず、怒りに任させて棘のある言葉を投げつけるばかりだった。
ハニーが怒っている理由は分かってる。
そんなこと、分かってるよ。
ずっと前から気がついていた。
だって昨日のハニーの顔を見れば、どんなニブチンだって気がつくよ。
ハニーは一之瀬君が好きなんだ。
きっと、ずっと前から好きだったんだ。
だから、一之瀬君に告白された私が許せないんだ。
その気持ちは理解できた。
だけど少しぐらい私の話を聞いてくれたっていいのに。
「二人で仲良く……付き合って恋人同士になりなよ。私には関係ないし」
ハニーは震える声で捲し立てると、踵を返して歩き出した。
「ハニー待って……お願い」
私は縋るように言って手を伸ばした。
「いい加減、そのふざけたあだ名で呼ぶのやめてよっ……ずっとイラついてるんだから」
振り返ったハニーが叫ぶよう言った。
その目には大粒の涙が溜まっていた。
ハニーはとても傷ついていた。
私は思いきりに頬を叩かれように体をびくりと震わせた。
伸ばした手を、私はそれ以上伸ばせずにいた。
「ハルは……ずるいんだよ」
ハニーは体を震わせながら続ける。
「男の前でかわい子ぶって、初心な女の子ぶって……みんなハルのことかわいいって思うよ。好きになるよ。私なんかと違って」
ハニーは走り去っていった。
今度は、その背を追うこともできずにいた。
私はただただ立ち尽くしたままだった。
夏の日差しは苛立つほどに眩しかった。
蝉の音は耳を塞ぎたくなるほどに五月蠅かった。
こんなにも夏を嫌だと思ったのは初めてだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
kakuyomu.jp続きはこちらから読めます ↑