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仕事をやめるたった一つのやり方~14話

仕事をやめるたった一つのやり方 小説

第14話 スーツを脱いでくれ

『カクヨム』ミステリーランキング54位でした。

読んで下さった皆さん、ありがとうございます!!

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kakuhaji.hateblo.jp

 第1話はこちらから読めます ↑

 

 裏口から駐車場へと出た一郎は、当たりを見回しながらコンクリートの地面を静かに歩き出した。

 

 どちらに行けばいいのかも分らず、これからどうすればいいのかも皆目分からない。直ぐに後を追うと言った衛宮は現れなかった。

 

 彼が言った言葉が、一郎の頭の中で何度も木霊していた――

 

「次は、お前の番だ。奴らはテロの情報を掴んだ全員を殺す気だ」「直ぐに追いつく」「僕が援護する」「行け」

 

 まるで悪い夢を見ているようだった。

 それか安っぽいアクション映画を見ているような。

 

 鳩原部長の端末にハッキングをした時から、自分の世界が変わってしまったみたいだった。

 

 まるで別の世界に紛れ込んでしまったように。

 白い兎を追って行ったわけでもないのに、一郎の人生は転落し続けていた。

 

 今朝あれほど辞めたいと思っていた仕事や、昨日まで最悪に思えた暮らしが、途端に懐かしいものに感じられた。

 

 二度と戻って来ない平穏の日々のようにも。

 

「……いや、それは違うぞ。昨日までの生活も、俺の仕事も会社も最悪のクソだ。平穏じゃない。でも……こんなは間違っている。人が死んだり、命を狙われたりするような、こんなのは絶対におかしい」

 

 一郎は駐車場に止まった車の影に隠れながら、大きく頭を振った。

 すると、少し離れた所から人の足を音が聞こえてきた。足音は複数あり、どんどんとこちらに近づいているみたいだった。

 

「どうしよう……見つかったら殺される」

 

 一郎の脳裏に、頭を打ち抜かれた鳩原のことが浮かび上がった。

 テロに加担していたとはいえ、あまりにも悲惨な最期だった。

 こんなことになるなんて思いもしなかった。

 

 一郎は近づいてくる足音に怯えながら、どうすればいいのか分からずにガタガタと体を震わせた。そして車のボンネットから顔を出し、近づいてくる足音の主を確認しようとした瞬間――後ろから何者かに口元を覆われ、地面に押し付けられた。

 

「んーんー、むー」

 

 一郎は大声を上げようと体を大きく動かした。

 

「静かにしろっ。僕だ」

 

 一郎の耳元に聞きなれた声がした。

 

「いいか、今から手を離すけど声は出すなよ?」

 

 一郎は小刻みに頷いた。

 

「驚かせるなっ。死ぬかと思ったし、寿命が確実に縮まったぞ」

「後ろから声をかけたら、確実に悲鳴を上げてただろ?」

 

 一郎は押し黙った。

 

「それで追手はどうなったんだ?」

「片付けてきた」

「片付けてきたって……殺したのか?」

 

 一郎は尋ねた後、ごくりと唾を呑んだ。

 

 一郎の目の前で、少なくとも今日四人の人間が死んでいた。

 その中の三人は、今自分の目の前にいる男が殺したものだった。

 

 衛宮蔵人は人を殺すという行為に対して、何の躊躇いや後悔を見せてはいなかった。ごく平然と、さも当然の事に様にそれを行っていた。

 

 衛宮蔵人は自分とは住む世界が違う人間なのだと、一郎は改めて感じていた。

 

「今はこの場をやり過ごすことを考えろ」

「やり過ごすって……どうやって?」

 

 一郎は足音のする方に気を向けながら言った。

 足音は確実に近づいていた。

 

「身を屈めてついて来い」

 

 衛宮が進みだし、一郎もそれに続いた。

 少し大きめのワゴン車の脇に身を寄せ、衛宮は車を調べ始めた。

 

イチロー、スーツを脱いでくれ」

「脱ぐって?」

「ジャケットを脱いで貸してくれ」

「分ったよ」

 

 一郎は意味が分らぬままジャケットを脱いで衛宮に渡した。

 それを受け取った衛宮はゆっくりと体を起こし、車の運転席のウインドウに一郎のジャケットを当てた。

 

「おい、何をするんだよ?」

「こうするんだ――」

 衛宮は言いながら車のウインドウにおもいきり肘を落とし、窓ガラスを粉々に割った。

 

「おい、何やってるんだ」

「静かにしろ。ほら、早く乗れ」

 

 衛宮は割った窓から手を入れて鍵を開けると、車のドアを開いて一郎を席に押し込んだ。そして自分も運転席に乗り込むと、どこからともなく万能ツール取り出し、それを鍵穴に差しこんだ。

 

 ものの数秒で車のエンジンが動きだした。

 

「しっかり掴まってろよ」

 

 いきなりアクセルを踏んでエンジン全開で走り出したワゴン車が、タイヤを滑らせる甲高い音と共に進んでいく。

 

「――イチロー、伏せてろ」

 

 衛宮は前方に人影を見つけて言った。

 言われるままに一郎が身を屈めた瞬間――今日何度目かの銃声が響き、車に銃弾が当たる金属音が続いた。

 

 その後、車を鈍い音と衝撃が襲った。

 

 それが人を跳ねたものだという事は理解していたが、一郎はそのことを問いただそうとは思わなかった。

 

 これはもう、自分が知っていた昨日までの日常じゃない。

 

 夜遅くまでの残業も、上司の嫌がらせも、孤独なコード書きも、帰宅してからの憔悴も、出社前の憂鬱も、駅のホームに飛び込みたいという衝動もないが――

 

 それ以上の理不尽と不条理が存在する残酷な世界だ。

 

 自分は逃れようのない何かの中にいる。

 残酷な機械を動かす歯車に巻き込まれてしまったみたいに。

 

 一郎はそのことを理解した。

 

「もう顔を上げて良いぞ」

 

 衛宮に言われて顔を上げると、車は道路を走っていた。

 

「なぁ……一つ聞いていいか?」

「つまらない質問はやめてくれよ」

「どうして車の窓を割るのに、お前のスーツじゃなくて俺のスーツを使ったんだ?」

 

 衛宮はその質問が気に入ったように、にやりと笑ってみせた。

 

「お前のスーツは三着一万円程度の安物の吊るしだろ? 僕のはオーダーメイドの特注品だ。価値を考えれば当然だ」

 

 一郎は久しぶりに誰かを殴りたいと思ったが、もはや殴り方も分からなくなっていた。そもそも人を殴ったことすらなかった。

 

「それより、車の盗み方なんてどこで習うんだよ? 数分もかかってなかったぞ」

「数秒だ。まぁ、車種にもよるけどな」

「それはどうでもいい」

「そうムキになるなよ。車の盗み方だけじゃない。その気になれば飛行機だって盗めるし、操縦できるさ。イチロー、僕は必要なことは何でもやるって言っただろ? 言葉の通り、僕は何だってやる男だ」

 

 その言葉を聞いた一郎は絶句した。

 本能的に、その言葉に嘘はないと気が付いてしまったから。

 

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