iの終わりに~14話

第14話 スクーター

 

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 ほとんど無人の施設には、見回りをしている警備員などいるわけもなく、僕たちは息を殺しながら廊下を抜けた。

 僕が先頭を歩き、後ろをフィンがついて来る。

フィンの挫いた足のことが気になったけれど、今は普通に歩いていたし、直ぐにどうにかできることはないので、彼女の先ほどの言葉を信じることにした。

 電気の一つもついていない階段を下り受付のようなところに出ると、そこもやはり無人だった。身を屈めて受付の前を通り抜け、入り口の鍵をゆっくりと開けて、ようやく施設の外に出た。

 ひどく定型的な形の施設は大きな壁に囲まれていた。

壁の上の方には丁寧に鉄の杭のようなものが突きだしていたので、それを越えることは諦めた。施設の正門まではだいぶ距離があった――車数十台を並べてもまだ十分に広さが残る、まるでバスロータリーのような空間が広がっていて、桜の樹が並んだ正門までのプロムナードは施設正面の窓ガラスからからは丸見えだった。

だけど、プロムナードの脇、高い壁沿いに植えられた桜の樹の下を潜って行けば、何とか見つからずには済みそうだった。

「どうしよう――か?」

 振り返って直ぐ、僕は彼女から目を逸らした。

まじまじと彼女の体を眺めてみると、薄いゴム一枚だけを纏ったような彼女の姿に、今さらというか、思い出したように驚いた。

改めて見ると、それはとても刺激的な姿で僕の目には毒過ぎた。

「どうしかしたの?」

「いや、これ着なよ」

 僕は自分が纏っていたブレザーを脱いで彼女に手渡した。

「どうして?」

「そんな恰好じゃ寒いだろ?」

「私寒さとかに鈍感だから、大丈夫よ」

 彼女は僕の意図にまるで気がつかずに、無表情で首を傾げた。

「そのダイブスーツってやつ、多分施設の外に出たら目立つと思うんだ――それに、そんな恰好恥ずかしいだろ?」

 僕はもごもごと言った。

 フィンは自分の姿を月の光に映してまじまじと眺めた。

指先からつま先、胸元や背中、形の良いお尻、まるで彼女の体の全て部分を寸法して、彼女のためだけに一ミリたりとも違わずに仕立てられたその黒い衣には、何かの器具を指し込むような窪みのようなものがついていた。

 フィンは首元の少しだけせり上がり首輪のようなった部分に手を伸ばして撫でた。

「そうね」

 彼女は俯いて小さく呟き、僕の制服を手に取った。

 何となくフィンが恥ずかしがっているような気がして、僕まで恥ずかしくなった。

 僕のブレザーを両手で受け取った彼女は、目を瞑ってそれを胸に引き込んで抱えた。ブレザーの襟の部分が彼女の鼻先に当たっていて、まるで彼女が僕のブレザーの匂いを嗅いでいるように見えて、僕はどきりとした。

「あたたかい」

 フィンがブレザー制服に袖を通して、金色のボタンをゆっくりとかける――スカートをはかずにブレザーだけを着たような恰好は、ひどくアンバランだった。

 僕たちは車止めまで進み、大きな車の影に隠れた。

 僕は、何だか見覚えのある巨大な壁のような乗り物を眺めて手をついた。

「これ、もしかしてシヲリさんが乗っていた?」

「LAV」

「ラブ? 愛ってこと?」

 僕は思わずそう尋ねた。

言ってから、死ぬほど恥ずかしくなった。

軽装甲機動車――Light Armoured Vehicleを略してLAVだって、私たちを助けてくれた女の人が言ってた」

「シヲリさんだ」

「知り合いみたいね」

「知り合いっていうか、僕たちが通っている高校の図書館司書だったんだよ。まぁ、偽物だったんだけどさ」

「偽物?」

「どこかの組織の捜査官で、僕のことをずっと騙してたんだよ」

 僕は子供っぽく言った。

「そうなの? でも、あの女の人はあなたのこと“良い子だから、よろしくね”って言っていたわ。“少し根暗で捻くれたところがあるけど、弟みたいに可愛らしい子だから”って」

「嘘なんだよ。名前も経歴も、今までのことも――シヲリさんの全部が嘘でインチキだったんだよ」

 僕はそんなことを言いながらものすごく落ち込んで、ものすごくがっかりしていた――何って、自分自身に。

「そうなの? でも、私はあの人にこう言ったわ――“私のほうこそ、よろしくお願いします”って。それは嘘じゃないと思うし、その後で“ありがとう”って返してくれたあの人の顔も、嘘じゃなかったと思う」

 僕はそれ以上何も言えなかった。

 自分自身がひどくちっぽけで、つまらないもののような気がした。

「ねぇ、これに乗っていけないかしら?」

 フィンが巨大なLAVを眺めながらそう提案した。

「無理だよ。免許もっていないし、こんなの運転できないよ」

「じゃあ、これはどうかしら?」

 フィンはLAVの後ろに隠れていた小さなスクーターを指していた。

丸みのあるフォルムをした赤い卵のようなスクーターは、その隣に聳え建つ壁のような乗り物と比べるとだいぶ頼りなかったけれど、その頼りなさが僕にはちょうどいいような気がした。

「これなら何とかなりそうだけど、でも鍵がなきゃ動かないよ」

「壊せばいいんじゃないかしら?」

 物騒なことを言い出したので、僕はとりあえず鍵がついていないかスクーターの周りを回ってみた。すると、鍵はご丁寧で不用心に挿しっぱなしだった。あれこれスクーターを弄ってみて感触を確かめた。自転車の速度の速いものだと考えれば何とかなりそうだ。

メットインを開けると、ヘルメットが一つ入っていた。

 僕はヘルメットを取り出してフィンに渡した。

「あなたは?」

「僕はいいよ。あぶなっかしいフィンがかぶってくれなきゃ気が気じゃないし」

「どうやってつけるのかしら?」

「貸してみて」

 僕は彼女の頭に半球形のヘルメットをかぶせた。

「顎上げて」

 僕は彼女の顎の下でヘルメットの紐を調節して固定した。

 僕はエンジンをかけずにスクーターを押して歩き、フィンがスクーターの後ろに回ってお尻を押した――ぜんぜん力が入っていなくて、前に進む役には立っていなかったけれど、たったされだけのことで、僕の足は力強く前に進んだ。まるで、僕の背中を押してもらっているみたいだった。

 桜の樹の下をくぐり、桃色の斑模様を描く地面を二人で踏む。凪いだ風が桜の樹を撫でるたびに、開いたばかりの花びらが散っていく。

そんな光景が、ひどくやるせなかった。

 正門は僅かに開いていた。

 僕たちは静かにその門を抜けた。

 スクーターのイグニッションを押してエンジンを点火させる。エンジンが震えだしたので、ブレーキをかけたままゆっくりとスロットルを回した。マフラーから白い煙と一緒に焼けたガソリンの匂いがして、フィンがその匂いを珍しげに嗅いでいた。

 フィンはスクーターのタンデムシートになかなか上手く乗れずに苦戦していたけど、何度か指示を出して根気よく取り組むことで、ようやくスクーターの後ろに収まることができた。

「しっかりつかまっていてよ」

「ええ」

 フィンが僕の腰に手を回し、僕の背中に体を密着させた。

 僕はブレーキを離してゆっくりとスロットルを回した。

 スクーターは施設の門の前を流れる大きな国道を進みだした。

「ねぇ、私なんだかこういうのってすごいわくわくしちゃう。ものすごくスピードを出してほしいな」

 抑揚がなく、平坦に言われたその言葉を聞いて、僕も何だかとてもわくわくしていた。

筏に乗ってミシシッピ川を下るみたいに――

 

 ――まるで、ハックルベリー・フィンの冒険をなぞっているみたいだった。

 

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