青い春をかける少女~14話

14 ラムネ

 

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 独特な形の青い瓶。

 

 瓶の頭を押すとプシュと小気味いい音が鳴って、炭酸の中でビー玉が揺れた。シュワシュワと音を立てた小さな気泡が浮かび、まるでビー玉のまわりをたくさんの星が踊っているみたいだった。

 

「あー、炭酸がこぼれちゃう」

 

 私は〝ラムネ〟の瓶に慌てて口をつけた。

 懐かしい味を一年ぶりに楽しんだ。

 

「ラムネも久しぶりに飲むとうまいな」

「うん、だよね」

 

 一之瀬君は約束通りジュースをおごってくれた。園内の売店でラムネを二本購入して、私たちはそれを飲みながら公園の出口に向かっていた。

 

 花を散らし終え、緑色の葉をつけた桜の木が並ぶプロムナードを、男の子と二人で並んで歩く。

 先ほどまでラムネ色だってた空の色は少しずつ茜色に染まり、空の高いところは色々な色が交じり合って黄金色に輝いていた。

 

 その色は、どことなく私に蜂蜜を思い浮かばせた。

 

「セイシュンがラムネ好きなんて……意外だな。もっとかかわいい飲み物が好きそうなのに」

「かわいい飲み物ってなに?」

「たとえば、ミルクティとか苺牛乳とか?」

「えー、なんだか一之瀬君の考える女の子っていかにもって感じだね。それで好きな食べ物は苺のショートケーキとかの甘いもの。小食で、髪の毛が長くて、色白で、スカートしかはきません、みたいな感じがタイプなんでしょ?」

「違う、そんなんじゃねーよ」

 

 一之瀬君は困ったような顔をして慌てて言った。

 私はくすくす笑った。

 

「ラムネはね、夏になったら必ず飲むの」

「なんで?」

「これを飲むとね、夏に向かって行くんだーっていう気持ちがしてね、私の気持ちも炭酸みたいに弾けるんだ」

「セイシュンって本当に不思議な奴だよな?」

「そうかなあ?」

「そうだよ」

 

 一之瀬君は私の目を真っ直ぐに見て続けた。

 

「一年の頃はぜんぜん知らない奴だったけど、ピアノの伴奏とかで顔は知ってたんだ。男子の間ではピアノがうまい女子がいて、その子がけっこうかわいいぞって話題になったりしてたんだ」

「嘘? 私ぜんぜん知らない。それに私のピアノなんてぜんぜんうまくないよ」

 

 私は俯きながら首を横に振った。恥ずかしくして一之瀬君の目を真っ直ぐに見てられなかった。それに男の子に面と向かって〝かわいい〟と言われてしまった。

 

 変な汗がでてきた。

 

「男子には男子の外に漏れない秘密のネットワークがあるんだよ」

「そ、そうなんだ」

「それで、二年になったら急にハチミツと仲良くなっただろ?」

「うん」

「はじめはハチミツにパシリにでも使われてるんじゃないかって、男子はの間では話題になってたんだぜ?」

「うそー、ひどい。ハニーはそんなことしないのに」

「不良一歩手前みたいなハチミツと、いかにも温室育ちって感じのセイシュンじゃ雰囲気が違い過ぎるだろ?」

「そうなのかなあ? たしかに初めてハニーに話しかけられた時は……私もすごくビックリして少し怖かったのは覚えているけど」

「だろ? セイシュン、その頃ぐらいから、ハチミツを通して俺たち男子とも話をするようになったじゃん?」

「うん、そうだね」

 

 中学二年生に上がって同じクラスになったハニーと仲良くなると、ハニーは同じクラスメイトなんだからと、私に幼馴染の一之瀬君や他の男の子を紹介してくれた。

 

「初めはなにを話でもぜんぜん会話に乗ってこなくて、いつも顔を真っ赤にしてたけどな」

「だって、私直ぐに緊張しちゃうし、男の子と何を話していいのか分からないんだもん。それに男子みんなで私の名前が〝青瀬春〟だから〝セイシュン〟だってからかうし、恥ずかしくて死んじゃいそうだったよ」

「悪かったよ。でも楽器を演奏する時はあんなに立派なんだよなあ。大胆っていうか、堂々としてるっていうかさ。それにお昼の放送ではめちゃくちゃ饒舌だし」

「楽器を弾いてるときは別だよ。真剣だもん。あと、お昼の放送の話はしないでよー。それハニーにも言われてすごく恥ずかしかったんだから」

 

 私は顔を真っ赤にして抗議した。

 

「ハチミツと二人でよく話して笑ってるんだよ」

「えー。笑ってるってなにを?」

「セイシュンは楽器を弾いている時とマイクの前では別人になるって。それにセイシュンのお昼の放送、どのクラスでもけっこう人気なんだぜ? 今日の〝DJセイシュン〟は何を言うんだろうって、みんな楽しみにしている」

「きゃー」

 

 それを言われた時、私の恥ずかしさは頂点を迎えた。

 そのまま宇宙にまで飛び出してしまいそうだったし、穴があったら入りたかった。

 

「やめてやめてやめて。お昼の放送の話はしないでー」

 

 私は耳を塞いで叫んだ。

 まさか私のお昼の放送が、そんな楽しまれかたをしていたなんて恥ずかしすぎるよ。

 

 私は、少しでもジャズとかの音楽を楽しんでもらえたらって頑張って選曲してたし、少しでもDJっぽくなるように海外のラジオとかたくさん聴いて勉強したのに。

 

 それに〝DJセイシュン〟って、かっこ悪すぎる。

 

「ごめんごめん」

 

 一之瀬君んが笑いながら集まった。

 

「もー、この話はなしだよ」

 

 私は頬を膨らませて抗議した。

 

「ようするにさ、俺は一年の頃からセイシュンのことを知ってるんだけど、こうやって話をするようになっても、やっぱりセイシュンのことがよくわなからなくて不思議な奴だなって思ってるってことだよ」

 

 一之瀬君は、急に蜂蜜色の空を眺めて感慨深げに言った。

 その遠くを見つめる眼差しは、どことなく何かの意を決しているようにも見えた。

 

「それに俺、もっとセイシュンのことが知りたいって思ってるんだ」

「え?」

 

 一之瀬君は立ち止まり、私は思わず振り返った。

 私はこのとりとめもなかった私たちの思い出話が、いったいどこに向かって行くのかを何となく察してしまった。その緊張をふくんだ、今にもひび割れそうな声と、その言葉の意味を理解するのは、さすがの私にだって難しくなかった。初級のピアノの楽譜を読み解くくらいには簡単だった。

 

 夕日に照らされた真剣な表情はものすごく緊張していて、その緊張は直ぐに私にも伝わった。

 

「……セイシュン」

「はっ、はい」

 

 私の心臓がものすごく跳ねた。がむしゃらに吹いたサックスみたいに、キーを外してただただ大きく鳴った。

 

「俺さ……セイシュンのことが好きなんだ」

 

 私の胸が大きく弾けた。

 

「こんな時期に……受験勉強で大変な時になに言ってんだって思うかもしれないけど、俺、セイシュンのことが好きなんだ」

「あの、えっと……一之瀬君、あの、その――」

 

 その直接的過ぎる男の子らしい告白は、正直に言ってしまえば私の心を思いきりに揺さぶった。思いきりに鍵盤をたたいて綺麗な和音を鳴らしたように、私の胸を心地よく打って大きく震わせた。

 人生ではじめて男の子から好きと言われ、告白をされて、私は思いきりにときめいていた。

 ものすごくドキドキしていた。

 

 けれどそれと同じくらい、私は激しく動揺していた。困っていた。

 だって、こんな急に、こんないきなり、こんな突然に――

 私が返事に困っていると、一之瀬君は苦しそうな顔をした。とても傷ついた顔した。

 その切なそうな表情に、私自身も傷ついた。

 

 私は何か言わなくちゃと、頭の中で必死に言葉を探したけれど、言葉は一向に出てこなかった。言葉を忘れてしまったみたい、言葉を失ってしまったみたいに。

 

 私の中の楽譜から音が消え、五線譜の中から全ての音符がこぼれてしまったみたいだった。

 

「セイシュン……俺のこと嫌いか?」

「きらいなんて、そんなこないよ。そんなことぜったいない」

 

 私は慌てて言った。

 

「セイシュン、今日楽しくなかった」

「楽しかったよ。でも――」

「じゃあ、他に好きな男がいるのか?」

「…………」

 

 私は直ぐにラムネ色の異性のことを思い浮かべて、一之瀬君にその人を重ねた。

何だかものすごく最低なことをしている気分になって、私はまともに一之瀬君の真剣な顔を見れなかった。

 

 これ以上、夕日が照りつける真っ直ぐな瞳を見つめていられずに俯いてしまった。

 

「べつに今直ぐ付き合おうとか、俺のことを好きになってくれとか、そうじゃない。ただ俺、ずっとセイシュンのことを見てて、気がついたら気になってて、好きになってて……だから少しでも俺と一緒にいて楽しかったと思ったなら――」

 

 その誠実すぎる言葉に顔を上げた私は、その瞳に映ったものの姿に驚いた。

 

「……ハニー」

 

 私は思わずそう呟いた。

 

「ハチミツ?」

 

 私の言葉に驚いて一之瀬君が振り返った。

 そこに立っていたのは制服姿のハニーだった。

 今にも泣きそうな顔で立っていた少女は、私と一之瀬君を交互に見合わせた。

そして体を震わせた。

 

 一瞬、とても気まずそうに顔を歪めて、ハニーは振り返って走り去っていった。

 

「ハチミツ」

 

 一之瀬君は訳が分からないと言った感じでハニーの名前を呼んだ。

 

「ハニーッ」

 

 ふと我に返った私はハニーの背中を無心で追っていた。

 けれどハニーに追いつくことはできなかった。

 それどころかハニーは電話にも出てくれず、メッセージを送っても返事を返してくれなかった。

 

 その夜、私は眠れずに朝を向かえた。

 眠れない理由を必死に蒸し暑さのせいにした。



 夏休み前――最後の登校日だった。

 

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