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青い春をかける少女~13話

青い春をかける少女(完結済み) 小説

13 男の子

 

kakuhaji.hateblo.jp

 第一話はこちらから読めます ↑

 

 私と一之瀬君は、園内のボート乗り場でサイクルボートに乗ることにした。

 一之瀬君は“自分が誘ったんだからボート代は自分が出す”と言ってくれたけど、私は“同い年なんだし、おごったりおごられたりはよくないよ”と首を横に振った。

 

 私たちのそんなやり取りをボート乗り場のおじさんが微笑ましそうに見ていて、私は少しだけ気恥ずかしかった。

 

「ちぇ、少しぐらいかっこつけさせろよ」

 

 ボートに乗ってペダルに足を置いた一之瀬君が残念そうに言った。

 

「じゃあ、後でジュースをおごってもらおうかな? それだったら一之瀬君のかっこもつくし、わたしの良心もそんなに痛まないし」

 

 私は一之瀬君の隣に座った。

 

 私の席にはボートを操作するためのハンドルがついていた。屋根のあるボートの中は手狭で、お互いの肩が触れ合う近い距離に私はドキリとしてしまった。

 

「わかったよ。あとで何でも好きなジュースをおごってやるよ。それじゃ、俺がめいいっぱい漕ぐから、セイシュンはしっかりボートを運転しろよ」

「うん、わかった。でも安全運転でお願いね」

「いくぜー」

 

 そうして私たちのボートは出発した。

 ボート乗りは心地よく気持ちよかった。

 私はほとんど漕いでないんだけど。

 

 夏の爽やかな風が頬を撫で、濃い自然の香りが鼻をくすぐる。カモメの群れやアヒルの親子が私たちのボートのわきをのんびりと通過して、そんなのどかな光景に私の心の中ものどかになった。

 

 最近いろいろあって緊張気味だった私の心の中が、ゆっくりとほどけて広がっていくみたいだった。

 

「きみたちはいいね。今日のご飯の心配だけしてれば毎日のんきにくらせるんだから。それに空も飛べるし。ほんと素敵だよ」

 

 私は湖面を撫でながら、少し離れたところにいるアヒルの親子に話しかけた。

 

「なんだそれ?」

「え? ううん……なんでもないの」

 

 一之瀬君に指摘された私は、何を言っているんだと我に返って赤面した。

 私のとりとめもない言葉の続きを、一之瀬君は静かに待っていて、その真剣な表情にまたしても私の胸がドキリとした。

 

 穏やかな夏の風にのって男の子の匂いがした。

 

「えっと、あのね……最近急に受験のこととか将来のこととかを意識して、何だかちょっぴりナーバスになってたみたいなの。だから気ままに生きているアヒルの親子を見たら、少しだけうらやましいなって思っちゃって……へんだよね?」

「べつに……変じゃねーよ」

 

 私が言い終わって俯くと、一之瀬君は私の言葉をきっぱりと否定した。

 

「俺も将来のこととかよく分かんないし、受験っていわれてもピンとこないしさ。だから俺の頭で入れる適当な高校を受験して、高校入ったら野球続けて、それで甲子園でも目指そうかなって思ってる。俺もセイシュンと大して変わらねーよ」

「そっか、私たち似た者どうしなのかもね?」

 

 私は嬉しくなって言ったけど、私の人生に甲子園はなかった。

 一之瀬君は急にそっぽを向いて帽子を深くかぶった。

 

「セイシュンは、高校入っても吹奏楽続けるのか?」

吹奏楽部?」

 

 私は言われて考えた。

 

「うーん、今のところ考えてないけど……楽器は続けて行こうと思っているから、音楽系の部活動はするかもしれないね」

吹奏楽部続けろよ。もったいないぜ?」

「そうかな?」

「うちの中学じゃさ、一年生の頃からピアノはずっとセイシュンが弾いてるだろ? それに吹奏楽部ではラッパで一番目立ってるんだからさ」

「べつに……そんなことないよ。ピアノの伴奏者になったのは、たまたまそれまで伴奏者をしていた先輩が自分の楽器に専念したかったからだし、確かにサックスは吹奏楽部の花形の一つだけど、私はそこまで上手いわけじゃないし……けっきょく地区予選どまりだったし」

 

 私の所属する吹奏楽部の夏は短かった。

 

 確かに強豪校でもない中学校の吹奏楽部が、地区予選を突破することなんてまずないんだけど、それでも練習をサボってたわけじゃないし、みんなで必死にがんばってきた。だから地区予選で敗退した時は落ち込んだ。

 

 私は一年生の頃から国歌や校歌の伴奏を任されてきた。

一之瀬君に説明した通り――それまでピアノの伴奏をしていた先輩が、自分の楽器に専念したいからという理由で、伴奏者を変わってほしいと言われたのが切っ掛けだった。

 

 小学六年生から中学一年生になって、吹奏楽部に所属した私の希望はサックス奏者だった。だからサックスの練習に打ち込みたいという気持ちはあったけれど、伴奏の曲自体はどれも一度楽譜を見れば空で弾けるような曲ばかりだったので、私はその役目を承諾した。

 

 私自身、もう一度音楽と向き合いたいと思っていたし、今度は別の向き合い方をしてみたいと思っていたので、伴奏者を任されるのは良い機会だと思うことにした。そして今年の夏に吹奏楽部の後輩に伴奏者を交代するまで、一生懸命にこなしてきた。

 

「でも、今こうやって振り返ってみると……いろいろ中途半端だったのかもしれない。もっとちゃんとできたのかもしれないな」

 

 ふと吹奏楽部での三年間を振り返ってみた私の総決算は、今口にした通り中途半端だった。

 別の形で音楽と向き合ってみたいと思って始めた吹奏楽部だったけれど、もしかしたら多くの意味で実りのある活動ではなかったのかもしれない。

 

 そう思うと、何だか気が滅入ってきた。

 私は、やっぱり自分には何もないんじゃないかって、本当に空っぽなんじゃないかって思えて、底抜けに落ち込みそうだった。

 

 結局この三年間も、私は月に手を伸ばしていただけなんじゃないかって思ってしまった。

 

「そんなことないだろ」

「え?」

「セイシュンの演奏は、めちゃくちゃよかったよ。ピアノも、ラッパもすごくうまかった。でも勝負の世界になったら結果が出るかはさ、別の問題だろ?」

 

 一之瀬君は必死に声を振り絞って私に語りかけた。

 

「俺だって毎日必死こいて練習して、球投げて、バットをふったよ。毎日ゲロ吐きそうになったり、もうやめてーって思ったりして、それでも踏ん張って練習したよ。それでも結果ってやつが毎回ついてくるわけじゃない。それが勝負の世界だろ?」

「うん」

「だからさ、結果がついてこなかった奴らのことを中途半端だって思うのは、違うと思うんだ。そんなこと言ったら、世の中には中途半端な奴しかいなくなる。必死こいてやって、一生懸命やって、ベストを尽くしたけど、それでも結果が出なかった。それは、半端じゃなくて本気だよ」

 

 私は、じっと一之瀬君の顔を見つめていた。

 言葉が出てこなかった。

 

「悪い、こんなこと言うつもりじゃなかった。何マジになって語ってるんだ俺は? 死ぬほど恥ずかしい」

 

 赤面してしどろもどろになる一之瀬君を見て、私はくすくすと笑った。

 嬉しいような泣きたいような気持を隠すために、私はたくさん笑った。

 一之瀬君は私と似た者同士なんかじゃなかった。私なんかよりももっとずっと眩しい人で、私なんかよりも一生懸命な人だった。だって、結果が出なかった時に、悔しい時に、自分はベストを尽くしったって胸を張って言えるんだから。

 

 私は、どうだろう?

 自分自身に胸を張って、私はベストを尽くしたんだって言えるのかな?

 

「頼むから……今のは忘れてくれ」

「わかったよ。ジュースおごってくれたら忘れてあげるね。それと、私の演奏してる楽器はラッパじゃなくてサックスだからね」

 

 私は微笑んで言った。

 

 

 なんだか、男の子ってかっこいいんだなって思った。

 

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