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仕事をやめるたった一つのやり方~12話

第12話 国家安全保障局第七班・戦略捜査室

『カクヨム』ミステリーランキング20位でした。

読んで下さったみなさんありがとうございます!

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kakuhaji.hateblo.jp

 第一話はこちらから読めます ↑

 

「――全員集まっているな?」

 

 東京某所。

 

 円卓の置かれた会議室では、十名を超える男女が席に付いていた。室内には幾つものモニタやスクリーンが設置され、各モニタには地図やグラフなどが表示されている。

 

「この会議には内閣総理大臣首相補佐官防衛省と警察庁の幹部も参加することになっている。不備のないようにしてくれ」

 

 会議室でただ一人立ったまま男性が、手を叩きながら言った。

 

 巌のように角ばった堀の深い顔をした中年の男性で、短く刈り揃えた髪の毛には白いものが混じっていたが、老いや衰えはまるで感じさせなかった。

 

 敷島國臣しきしまくにおみ

 

 この『戦略捜査室』の室長を務める上級職員である。

 

『戦略捜査室』とは、正式名称を『国家安全保障局第七班・戦略捜査室』と言い、主に国内のテロ対策部門を専門に受け持っている。

 

『NSI』――National Security Investigatio――や『セクション7』の通称で呼ばれる。

 

『国家安全保障局』とは、内閣総理大臣を長として各政策や政治的決断の補佐を行う『国家安全保障会議』の事務局のことであり、情報収集や分析などを行う諜報機関の側面も持ち、各関係省庁とのパイプ役をも担っている。

 

『――敷島室長、首相補佐官鴻上こうがみだ。準備は整っているかね?』

 

 会議室に声が響き、スクリーンの一つに見事な禿げ頭の男性が映った。

 首相補佐官の鴻上が頭を光らせ、大きな金縁の眼鏡越しに尋ねた。

 

「はい、補佐官。こちらの準備は整っております」

 

 敷島が補佐官に頷いた。

 

『それでは、首相にご同席頂こう』

 

 モニタにもう一人の人物が映し出された。

 

『お忙しいところこのような時間を設けて頂き、ありがとうございます。首相の葛城素子です』

 

 現内閣総理大臣である葛城素子かつらぎもとこが、厳しい表情のまま謝辞を述べた。彼女の肩口で綺麗に整えられた濡烏の黒髪と、彼女のトレードマークである赤いスーツが美しいコントラストを描いていた。

 

 そんな日本憲政史上初の女性総理大臣は、会議に集まったメンバーを小さく見て頷いた。凛とした黒の瞳の奥では、強い覇気の炎が揺らめいていた。

 

『この会議には警察庁と防衛省にも参加して頂きます』

 

 別のモニタには、それぞれの組織の制服を来た人物が映し出されている。

 そして会議に出席した全員が顔を強張らせ、緊張を滲ませていた。

 

『敷島室長、話を本題へと進めてください。まずは、我が国にテロの脅威があると報告を受けましたが?』

「はい。我々の予測では、かなり高い確率で明日、我が国にテロによる攻撃が起こると見ています」

『かなり高い確率とは?』

 

 首相の問いを受け、敷島は席に座っている女性の捜査官に水を向けた。

 

「首相、捜査官の響直海ひびきなおみです。予測に関しては私の方から報告させていただきます」

 

 長い髪の毛を一つにまとめた背の高い女性捜査官が立ち上がり、モニタに情報を表示させた。

 

『お願いします』

「戦略捜査室の情報部門による分析の結果では、八十パーセントを越える確率で明日テロが起こると見ています。これは国家安全保障局でも同様の分析です」

 

『戦略捜査室』は元は国家安全保障局内部の一班だったが、現在は局から独立しており、独自の裁量と権限で捜査方針を立てて捜査活動を行っている。その為、国家安全保障局と戦略調査室とで違った分析や見解を出すことがあるのが、今回の件では完全な一致を見ていた。

 

『どのようなテロ攻撃が行われると考えていますか?』

「我々の予測では大規模なサイバー攻撃と見ています」

『具体的には?』

「恐らくは国家のインフラシステムへのハッキングではないかと」

『インフラですか? と言うと……公共機関を一時的に使用不可能な状態にするなどという事ですか?』

「それも考えられます」

『それでは、半年前のような直接日本国民が攻撃されるというものではないのですね』

 

 会議に集まった全員が、半年前に六本木ヒルズで起きた銃乱射事件とその後の爆破未遂事件を思い浮かべた。

 

「首相、一概にそうとも言えないのです」

 

 敷島が答えた。

 

「どうやらテロリストたちは、日本国民に多くの血を流させるのが目的のようです」

『血を流させる?』

「はい。おそらくは交通管制システムや原発など、大規模な被害を引き起こせるシステムへの侵入、または乗っ取りが行われるのではないかと考えています」

『そんな――』

 

 その先を言いあぐねる首相を見て、響が口を開いた。

 

「驚かれるのも無理はありません。各関係省と危険度の高い機関や施設には、すでにファイヤーウォールの更新や、システムの調査を通達してあります。後、実際にテロが起きた場合の被害予測を立ててありますので、そちらもご覧ください」

 

 モニタに被害予測が公表され、首相は息を呑んだ。

 最大規模の死傷者数で三十万人という結果が表示されていた。

 

『響捜査官、敷島室長、話しに割ってすまないが……この被害予測は正確なものなのかね?』

 

 補佐官が首相の代わりに尋ねた。

 

「予測自体は正確です。しかし、被害の規模によって大きく変動する可能性があります」

『なるほどな』

 

 響の報告を受けた補佐官は、額を指で押さえながら渋い顔をした。

 

『一つ聞きたいのだが……なぜ事態がこのように切迫するまで、テロの脅威に気づくことができなかったのだろうか? それも、明日など言う直近になって判明するなど』

 

 補佐官のその言葉に、この場に集まった戦略捜査室のスタッフ全員が強張った。

 その言葉は――「お前たちは、しっかり仕事をしているのか?」と言う意味と同義だった。

 

「お言葉ですが補佐官、我々の捜査活動には大きな枷があります。先日、国家安全保障局局長から提出させていただいた政策レポートに在りますように、まずは国家が我々の積極的な捜査活動を認めて頂きませんと」

『……むう』

「我々は現状、発生した事件に対してしか積極的な捜査活動を行えません。それでは後手に回るのは必然かと」

 

 補佐官の言葉に、敷島は自然と厳しい言葉で対応した。

 この時点で、これから起こるテロ事件への主導権争いが始まっていた。

 

『それは分っているのだが……ここで政府の政策見直しの話は止めておこう』

 

 補佐官は一歩引いてこの議論を打ち切った。

 

『それで、テログループに関しては何かつかめているのですか』

 

 再び首相が口を開いた。

 

「はい。テログループの特定は済んでいます」

 

 敷島は響とは別の人物――自分の隣に座った男性に水を向けた。

 

 髪の毛をオールバックにした捜査官が立ち上がった。

 一目で堅気ではないと感じさせる三十代前半の捜査官だった。敷島と比べて痩躯ではあるものの、百九十を超える身長と長い手足を持った男性で、全身が刃物のような鋭さを持っていた。

 

「首相、捜査官の巻波巴まきなみともえです。テログループに関しては私から」

『お願いします』

「今回のテロの首謀者と思われるのはこの男――婁圭虎ロー・ケイフ―です」

 

 巻波は低く重い声と共にスクリーンを指した。

 そこには黒い人民服を身に纏い、どこか猛獣を思わせる顔つきの男が映し出されていた。

 

『この人物の詳細は?』

「首相は、郭白龍かくはくりゅうは御存じですか?」

『中国の軍上層部で、汚職によって失脚したと記憶しています』

「その通りです。婁圭虎は、郭白龍の私兵とも呼べる特殊部隊出身の軍人です」

『中国の軍人が……今回のテロに関係しているというのですか?』

「少し違います。郭白龍が粛清された際、彼の私兵にも粛清の手が伸びたのですが、それを間逃れて闇に潜ったのが、婁圭虎が指揮する『蛟竜こうりゅう』と呼ばれる部隊です」

『蛟竜? そんな部隊が……どうして我が国でテロ起こせるというのですか?』

「郭白龍は、東アジアの利権ビジネスを一手に担っていた軍の重鎮です。その私兵である蛟竜も、裏社会に太いパイプを持っています。特に婁圭虎は北朝鮮やイランなどへの武器の横流しなどで影響力を強め、各国のテロ組織との繋がりも深い。我が国でテロを起こそうと企てたとしても不思議ではありません」

『話は分かりました。この婁圭虎は蛟竜の一員で、我が国でテロを起こそうと企てているのですね? それも明日――』

 

 首相は苛立ったように言った。

 

「はい。すでに国内に潜伏しているという情報を掴んでいます」

『それでは捕まえられるのですね?』

「それは何とも言えません。蛟竜は日本国内の中国マフィアとも深いパイプを持っているため、潜伏されると探し出すのは容易ではないので」

『打つ手はないのですか?』

「手はあります」

 

 巻波の代わりに敷島が断言して続ける。

 

『婁圭虎、そして蛟竜が表に顔を出したところを捕らえます』

「表に出た所?」

『はい。テロ攻撃を未然に防ぎます。そのためには各省庁及び関係機関、諜報・捜査機関も含め、全ての情報を我が戦略捜査室に集約して頂く必要があります。我々の捜査の権限を一時的に拡大し、自由裁量権を与えて頂きたい』

 

 敷島は覇気の籠った眼で首相を見つめ、その返答を待った。

 

『しかし……それは警察権を越えるものではないのかね?』

 

 補佐官が不安を口にした。

 

「いえ、これはテロ関連法案の第十七条――『国内で大規模なテロ事件、または国家の存立的危機が起きる可能性が発生した場合、全ての捜査権は内閣官房及び国家安全保障会議に集約される』という項目に該当します。首相、どうかご決断を?」

 

『テロ関連法案・第十七条』は、半年前に起きたテロ事件の際、警察を含む各省庁、そして情報機関の連携が上手くいかず、さらには捜査の縄張り争いや部署間の綱引きで事件への対応が遅れたことを受けて発議されたものだった。

 

 その後、法案の中見は議会での審議によって骨抜きにされて可決されたが、このような危機的な重大事態の際には、しっかりと機能するように整備されていた。

 もちろん、この法案を使いこなすには内閣総理大臣の強い指導力を必要とする。

 

 葛城首相と敷島室長の二人は、しばらく無言で視線を交わした。

 

『分りました』

 

 首相は会議室のメンバーを見て頷いた。

 

『今この時を持って――今回のテロ事件を『テロ関連法案第十七条』が定める『重大危機事態』とし、全ての指揮命令権を国家安全保障局第七班・戦略捜査室に委譲します。テロ関連法案が定めた自由裁量権を行使して、今後の捜査に当たってください』

「首相、ご決断感謝いたします」

 

 敷島は深く頭を下げた。

 

『しかし、国家の危機に対して最終的な決断を下すのは――この私です。戦略捜査室は内閣への定時報告の他に、総理官邸に直接報告を上げてください。後、そちらか一人連絡官を寄こすように』

 

「かしこまりました」

『敷島室長、必ず事態を掌握し、そして収取してください。テロを未然に防ぐのです』

「分っています。必ずや――ご期待に応えて見せます」

 

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