「二人組の社員をこの路地まで連れてきてくれ」
「……二人組の社員? どうやって?」
「やり方は任せる。とにかくやってくれ」
「分ったよ……」
一郎は渋々と言って歩き出した。
「イチロー、出来れば男二人組にしてくれ」
一郎は「分った」と頷いてマトリクス社のある通りを歩きだした。
通りは帰宅ラッシュ時と重なって人通りが激しかった。
汐留駅の周囲には大きな道路が幾つも走っている為、車の往来も多く、都市は喧騒に包まれていた。
「あ、あの――」
一郎は緊張しながら二人組の男性に声をかけた。
「マトリクス社の……社員ですよね?」
「そうだけど?」
「何か?」
振り返った二人の社員は、不思議な様子で一郎を見た。
「あの……俺もマトリクス社の社員で、それで少し困ったことがあって……助けてもらいたいんです」
特に理由が見つからなかったため、一郎は曖昧な言葉を並べて説得にかかった。
その際に社員証を見せると、二人を大きく頷いた。
「同僚か?」
「俺たちにできることなら手を貸すぞ?」
二人は快く同意し、一郎の後について来てくれた。
営業部の社員で爽やかな雰囲気の二人組だった。
「ここなんですけど――」
裏路地に連れていくと、鈍い音と共に一人の社員が地に崩れた。
一郎が気付いた時には、衛宮はもう一人の男性社員を後ろから羽交い絞めにしていた。チョークスリーパーと呼ばれる首を絞める技で、完全に頸動脈が極まっていた。
「大丈夫だ。ゆっくり目を閉じろ。いいか? 一つ、二つ、三つ――」
「おいっ、何してるんだ?」
首を絞めた男性の耳元で数字を数えている衛宮に向けて、一郎は怒鳴り声を上げた。
「静かにしろ。良しっ。気を失った。イチロー、そっちの男から社員証を取り出せ。その後で、このテープで手足を縛っておけ」
一郎は衛宮に渡されたガムテープを受け取りながら、信じられないと目の前の光景を見た。
「何をぼけっとしてるんだ?」
二人の男性が地面に転がっている。
それを行った衛宮は素早く二人の社員証を手に入れると、何の迷いもなく二人をガムテープで拘束し始めた。
「おい衛宮、これは一体何なんだ? お前は……何をしてるんだ」
「お前と僕がマトリクス社に入るには、社員証が二ついる」
「社員証? 俺の社員証がある」
「お前の社員証を使えば、こっちの動きが知られる。それに、お前の社員証はすでに失効しているだろう。これは必要な措置だ」
「必要な措置? この二人は何も関係ないんだぞ?」
「明日この国でテロが起きれば――何十人、何百人、もっと多くの人が死ぬかもしれない。お前の命だってかかってるんだぞ?」
「それは、そうだけど? だからってこんなやり方――」
一郎は路地の隅に横たわった二人の社員を見て胸が痛んだ。
「行くぞ」
衛宮が歩きだし、一郎はその背中を追った。
「あの二人は大丈夫なんだろう?」
「心配ない。しばらくすれば目を覚ます」
「お前……いつもこんなことをしているのか?」
「必要なことは何でもやるさ」
迷いなくそう告げた衛宮を見た一郎は、自分はとんでもない人間に助けを求めたのかもしれないと思った。
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